第14話 センパイは素材良いと思います
そんな訳で、いかにもデートらしい水族館で楽しんでいたのだが…。何故か、ムーンシャインからほどなく近い美容院に行くことになった。
「…たしかに愛花に並んで歩くのに、あんまりみっともない見た目のは良くないか…」
「みっともないとなんて思ってませんよっ!どっちかというと、もったいない、が近いです」
そう気を使ってくれる愛花は、水族館を回っている間に、美容室の予約までしてくれていたらしい。
1つ年下だというのに、なんてできる彼女…。
ムーンシャインから出て横断歩道を渡り、1つ道路を渡ると、通りの雰囲気ががらりと変わった。
アニメ系のグッツやら、中古のビンテージおもちゃやら、コスプレの衣装やら、ウィッグやらが飾られている店がずらりと並んでいる。
そういえば池袋は、女性オタク、いわゆる腐女子というやつの聖地であり、特にこのあたりは『乙女ロード』とも言われるその本拠地だった。
またムーンシャインではコスプレのイベントを良くやると聞くから、さらにそういうコスプレーヤー向きの店も軒を連ねるのだろう。
「ここらへん、すごいですよねぇ」
「アニメやコスプレは、今や国境すら超えてる日本発カルチャーだからね…」
わざわざそのために来日したり、場合によっては日本に永住する外国人すらいる。それだけ魅力的に映るのだろう。
「あ、センパイ、このビルです」
「へー。なんというか…」
乙女ロードから、さらに1本ほど入ったところにある少し地味な通り。その通り沿いにあるペンシルビルを愛花は指した。
入り口のテナント一覧をみるに、美容院にはこのビルの3階にあるみたいだ。
「よくこの美容室に行こうと思ったね」
「コスプレ好きな友達が良く使ってるみたいで、それで紹介してもらいました」
それっていうことは、コスプレ向きのアニメ的な髪型をやってくれるところなのでは?と思ったが、いくらなんでも普通の髪型もできるだろう。
…できるよな?
2人が並ぶのがギリギリなエレベーターホールで待つ。まもなく、ガコン、とだいぶ古びた音を立てながらエレベーターが扉を開いた。
(大丈夫か、このエレベーター…)
物理的に押しがいのある、やはり古臭い丸い円柱のようなボタンの3と書いてあるのを押すと、ずいぶんとゆっくり閉まり、それ以上にゆっくり上がり始める。
「このエレベーター味わい深いですよね〜」
「味わい深い…たしかに…そうだね…」
オンボロエレベーターを『味わい深い』というポジティブ思考。
なるほど、こういうところが自然と愛花に好感を持っちゃう理由なんだろうなぁ…。もしかしたら悠里さんも愛花のそういうところを見込んだのかもな。
うん。言い方、見習わないと。
3階で開いた扉から降りて、愛花は目の前にある少し飾り付けられた扉を開ける。
ギィ、と重々しい音がして見えてきた店内は意外と明るく、小綺麗な店構えだった。
「あらー愛花ちゃん、いらっしゃい」
そして、俺たちを迎えてくれたのは、小綺麗でおしゃれな店内に似つかない、見るからに濃いキャラクターのおじさん?だった。
男性ホルモンがバッキバキに溢れてそうな肉体と青ひげを持つ巨漢。反して話し方や服装は何とも女性的であって、きっと要するにそういうジャンル、グレーゾーンの人らしい。
1度会ったら、2度と忘れられないタイプだ。
「こんにちは!店長さん、今日もよろしくお願いしますね!」
「よろしく。あれ?でも、愛花ちゃんは、ついこの前、髪の毛をカットしたばかりだと思うけど?」
「あー今日は私でなくてですね〜」
「そちら?もしかして、愛花ちゃんのコレ?」
隣に立つ俺を見てから、親指を立ててきた。
ちなみにこれ、彼女の場合は小指を立てるが、手話で親指が男性、小指が女性を指すことが元らしい。
「はい!私の彼氏さんです!」
「ふーん。バッカスエンターテイメントのオーディションに受かるくらいの美少女な愛花ちゃんの彼氏にしては、何だか普通な感じね」
「ちょっと!店長さんっ!」
「あれ?でも…」
そう言うとグレーゾーンの店長は、グイグイと迫ってくると俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「結構、素材はいいのかしら?磨けばイケメンになりそうね…いいわ…将来のイケメンさん、お名前教えてくれる?」
「河合蒼紀です」
「あら、愛花ちゃんの事務所の社長さんと同じ苗字じゃないの?もしかして偶然かしら?」
「あ、その…叔父です…悠里さんは…」
「ええ!?あの河合悠里の甥っ子?なるほど、それなら素材は良いはずよね?」
「あはは…だと良いんですが…」
悠里さんは、かなり顔がいい。それでいて、プロデュースの才能は天才的だし、ほかにも本を執筆したり、様々な店を経営したりと才能に溢れている。
テレビでも、たびたび『天才イケメンプロデューサー』みたいな取り上げられ方をする。
何せ、独身時代は事務所のアイドルが、みんな悠里さんに片思いしていたというから、その男っぷりが伺えるというものだ。
「ま、じゃあ男っぷり上げてア・ゲ・ル」
「よろしくお願いします…」
席につくと、グレーゾーン店長が優しくネックシャッターをかけてくれる。見た目に似合わない優しく繊細な手つきで髪の毛を梳かしてから、カットが始まった。
途中、愛花があーでもないこーでもないと、髪型に指示を出して、1時間ほどでカットが完成する。
これまで、鬱陶しかったら切りに行く程度の認識で雑に扱っていた、何というか『もっさり』していた髪型から、かなりすっきりしたものになった。
襟足は刈り上げ、もみあげも剃った、いわゆるツーブロックである。
「やっぱりセンパイ、素材いいですよっ!めっちゃカッコ良くなりましたよ!」
「前が、やぼったかったのはよく分かるよ。そもそも、こんなに顔の輪郭を出す髪型にしたのは初めてかもしれない…」
「センパイの輪郭はシュッとしているんで、出した方がいいですよ!」
「ありがとう…今後は気をつけるようにするよ」
そして、今回カットをしてくれた店長にもお礼を言う。何だか知らないが、楽しかったからとずいぶんと割安にしてくれたのだ。
あるいはこちらが中学生だからと、気を使ってくれたのだろうか?
「ふふふ。実はワタシ、あなたの叔父さんの髪の毛何回も切ってるのよ?」
「え?そうなんですか?」
「ええ。大事なイベント前はよく来るわ。貴方も今度から大事なイベント前はここに来なさい」
「わかりました。ありがとうございます!」
店長に改めて礼を言ってから店を出た。
「店長さんクセは強いけど、腕は確かですよ」
「うん。俺もこの髪型、気に入った。また伸びてきたらここで切ってもらうよ」
「絶対にそれがいいですよっ!」
嬉しそうに笑う愛花の頭を撫でる。
「じゃあ、次はムーンシャインの展望台にでも登ろうか?景色見ながら、お茶でもしよう?」
「さんせー!」
60階にある展望台に上り、窓際のカウンターのような席を2人分陣取ると、そこで軽食とお茶と景色をのんびりと堪能した。
景色やお茶を飲みながらだと、少し口が軽くなるのか、愛花とはいろいろな話をした。
稽古のことら殺陣の練習のことはもちろん、学校のこと、友達のこと、勉強のこと、恋愛のこと…そして将来のこと。
まだまだ話し足りなかったが、窓から見える景色にネオンの灯がチラチラ見えるようになっていた。いつの間にか、結構な遅い時間になっていたようだ。
そろそろ中学生2年生である愛花は、家に送らないと健全な交際とは言えないだろう。
「さて、そろそろ帰ろうか。家まで送るよ」
「良いんですか、センパイ?」
「もちろん。遅い時間だし俺は彼氏なんだから、それくらいさせてくれよ」
「わかりました。じゃあ、せっかくなので甘えさせてもらいますね」
愛花の最寄りは都営三田線の志村三丁目駅だ。
以前、うちに来たときや、池袋駅近くならバスで帰るのがいいが、このムーンシャインからだと電車を使うのが早い。
「うーん、都電荒川線の東池袋四丁目駅から新庚申塚で降りて西巣鴨から三田線かな?」
「とでんあらかわせんって使ったことないです」
「路面電車だね…新庚申塚までだと路面区間ほとんどないけど…せっかくだし初体験と行こうか」
「楽しみです!」
都電荒川線は、一両編成のワンマン運転をしている路面電車だ。そこまで利用者が多いわけではない。
そういうこともあるのだろう、ムーンシャインから都電荒川線の東池袋四丁目駅方面に向かうと、極端に人が少なくなる。横断歩道を2つも渡れば、人でごった返す池袋の繁華街だというのに、このコントラストはなかなかに面白い。
人通りのない道を歩いていると、何となく、デート終わりの寂しさというか、物足りなさというか、そういうものと被る。
「その…もう…少しだけゆっくりしませんか?」
愛花が不意にそう口にした。
俺と同じことを考えていたのだろうか?愛花の方を見ると目があって…思わず2人揃って笑った。
「はは…俺も少し寂しいなと思っていたんだ」
「ふふ…気が合いますね♪…あの公園のベンチでお休みしましょうか?」
自動販売機でペットボトルの温かい飲み物を買って愛花にも渡すと、公園のベンチに腰をかける。
視線を空に向けると、ムーンシャインと近くのビルに覆われて小さくなった隙間のような空に、いくつかの星が淡く輝いていた。
「はー。さすがに寒いですねー」
「そうだね…」
愛花も渡したホットドリンクを、手で握って暖を取り始める。かじかむような寒さの中、温かいペットボトルの熱が指先に伝わってきた。
「センパイ、今日はすっごく楽しかったです」
「俺も楽しかった…デートらしきデートって初めてだったから…」
「私もですよっ。デートってドキドキして、ワクワクして、心がたっくさん動きます。こんなにも楽しいものなんですね!」
ベンチで隣に座る愛花を見る。
本当に嬉しそうな、心の底からの笑みを浮かべる愛花の横顔はとても眩しい。
(きらりに連れられて出かけた…あのいつ機嫌を損ねるかキリキリしていた時間と大きく違うよな)
気を使い、気を張り、嫌われないように、機嫌を損ねないように、そんなことばかり考えていた。そしてきらりと出かけたあれは、2人で出かけただけであり、デートではないと確信した。
愛花との時間は楽しくて、過ぎるのが惜しい。また一緒にいたいと思わせるような…そんな…宝物のような時間を貰えた。
不意に地面に視線を戻す。
ムーンシャインからの強烈な灯に照らされた長く伸びた俺の影、そして愛花の影が地面にある。その2人の影の間に、割り込むように、ぬ、と差し込んできた人影があった。
突然の現れた人影から、何故か背筋が凍るような不気味な気配が漂ってくる。その違和感、気持ち悪さに驚き固まっていると…後ろから…その影を作っているだろう位置から…女の声が聞こえてきた。
「そうなんだ!楽しかったんだァァァッッ!」
「「!?」」
振り返ると…そこにいたのは…。
凄絶な笑みを浮かべていたきらりだった。
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