第31話 初めましてクラスメイトのみんな

不動先生が焼き肉弁当の漬物にタレをかけた翌日。


今日は高校の入学式だ。いや、厳密には式などなく入学したという事実確認をして、クラスの顔合わせだけをするらしい。


高校…と言っても1クラス、10人しかおらず校舎はない。2年生の11人、3年生の10人を足しても合計31人しかいないのだから、仕方がないことではある。


「ふう、しかし、ギリギリだったな」

『高校デビューだからと張り切って、ご主人様は髪型のセットに予定よりも326秒、余計にかけましたからね』

『うるせぇわい』


寮を出て、警察庁が入っている中央合同舎2号に向かう。教室はそこにあるらしい。


徒歩数分で見えてきた巨大なビルの入口で、不動先生に渡されたパスを見せる。警備員が敬礼をしてきたので、軽く頭を下げてその横を通り抜けた。


事前に不動先生から、ここから先の行き方は聞いている。かなり入り組んだビルの奥にひっそりとある鉄製の扉。この扉の中に、霞が関高校がある地下5階へ繋がるエレベーターがあるそうだ。


『表向きの資料で中央合同舎2号は地下4階までになっています。つまりは霞が関高校は、秘匿された場所なのでしょう』


静脈認証式の鉄扉を開けた先にある小さなエレベーターホールにいたのは俺だけだった。そういえば、今日は入学日?なので、ほかの学年はいないらしい。


地下5階へ直行したエレベーターが止まって扉が開くと、そこはかなり広い空間となっていた。


恐らく3階層分はある吹き抜け、正面は中庭の様になっていて、芝生や噴水まである。


中庭の向こうには、校舎らしき3階建ての構造物があった。3階の上は天井…要するにその上は地下4階とつながっているはず…と一体化しており、逆算をしていくと、今立っている場所は実質、地下7階とも言える。


「はー。地下によくこんな施設を作ったもんだな」

『恐らく地下という圧迫感を減らすためでしょう』

『表にしづらい施設だから仕方ないよな』


芝生を踏みしめ、校舎の中に入る。


入ってすぐ横の扉に『1年教室』とプレートが貼ってあった。ドアに手をかけて、深呼吸。


「おはようございます」


最初は、声は軽めに、言葉遣いはやや丁寧な挨拶をしながら、扉を開けて様子を見る。


開けてから挨拶だと丁寧すぎるし、おはよう、も馴れ馴れしすぎる気がするので、このラインだ。


扉の中は10メートル四方ほどの教室のような部屋になっていて、何人かの男女の姿が見えた。


黒板に席順らしきものが見えるので確認をしようとそちらに目を向ける前に、開けてすぐの正面にいた男が話しかけてきた。


「貴様もこのクラスの人間なのか?」

「ああ」


俺が軽く頷くと、彼は勢いよく立ち上がり、腰に手を当ててのけぞった。身長は俺よりも5センチは低いそうなので迫力にはかけるが…。


髪の毛をすべて逆立てたまるで野菜の国の王子のような髪型のこの男は、何とも野性的で牙が幻視できそうな笑みを浮かべていた。


「ということは、お前が、最後だから空いている席の………うむ!序列9番だな?顔は悪くないようだからな。序列1位、火焔かえんほむら様の下僕1号として使ってやろう」


黒板に序列とそれに合わせた席順が書いてあったので、それを確認した火焔は俺にそう言い放った。


「あー…えーと?」


いきなりすぎる申し出に、俺は次にどうリアクションすれば思いつかず固まってしまった。


うむ。突然の意味不明な会話で脳神経製の計算機シナプスカリキュレーターを一時的にでもフリーズさせるとは中々にやるな、こいつ。


『ご主人様、面食らって意味不明なことを考えていないで、この俺様キャラに何か返しましょう』

『おう。そうだな』


だいたい上級国民やら下僕ってなんだよ。


「どうした?んん?この上級国民で序列1位である火焔様の下僕になる機会など、下級民である貴様にはそうそう来ないぞ!」

「あー。悪いが、誰かの下僕になるつもりはないからほかを当たってくれ」

「ははは!俺様の勧誘を断るとは所詮は無能な下級民、そして序列9位か…2度は誘わんからなっ!後悔するなよ!」


それだけ言うと火焔は席についた。確かに不動先生がやべぇのがいると予告していたが、何かもうこの時点で先が思いやられる…。このまま回れ右して帰りたくなってきた。


「さて、気を取り直して…俺の席は…と」


再度、黒板を見て席次を確認する。序列9位は窓際近く、奥の方の席だった。再び黒板から目を離して教室の方に向き直る。


するといつのまに近づいてきていたのか、3ヶ月ぶりに見るあの女が立ちはだかっていた。


見たくなかった顔を見てしまったことに、俺は思わず深いため息が漏れてしまう。


「きらり…何か用か?」

「ふふん!私は何と、序列4位よ!敬いなさい!蒼紀は9位?また昔みたいに私へ尽くせば悪いようにはしないわ!」

「お前…3ヶ月も軟禁されたのに、性格が少しも改善されてないんだな…がっかりだよ」

「な、なんで知ってるのよ!」


一応、ユイのアドバイスに従い無視はしないが、話したい訳ではない。


「あのクソ教師!私を3ヶ月もあんな狭い部屋に軟禁して!最悪よ!課題もめんどうだからぜーんぶさぼっちゃったし…あ、そうだ、蒼紀やっとてよ」

「俺はやらないし、お前の面倒は一切見ない。あの3ヶ月前の事件でお前への情はかけらも残らず失せたんだよ」


ダメだな。話しているうちに怒りが湧いてきた。これ以上話すと殴ってしまいそうだ。


シャーロットや優美(一応リサ)のお陰で、気持ちに整理がついたと思っていたが、まだまだマグマのように心の底に溜まっている怒りがあるらしい。


『仕方ありません。心の傷が癒えることと、怒りの感情はまた別のものです』

『みたいだな。無視はしないが、こいつとは極力関わらないようにするさ』


俺は、片手でしっしっと追い払う仕草をして話を強引に切り上げる。「ちょっと!まだ話がっ」とか喚いているきらりに背を向ける。


「キミ、ずいぶんと顔が整ってるようだね。ふふふふふ…でもこのボクちゃんには敵わないよ!」


すると、次に俺に声をかけてきたのは顔がやたら整っていて俺よりも線は細いが、背は高い男だ。


「ええと、よろしく?」

「んんん?なんだぁ?その気のない挨拶は!このボクちゃんが誰だかわからないのかい?流星のごとく現れたモデル界の新星・池名成志のことを知らないとは…山にでも籠もっていたのかい!?」

「池名成志…ああ…」

「思い出したようだね」


池名成志という名前は聞いたことがある。悠里さんが、なかなか面白そうな中学生モデルが出てきたもんだと、話していた気がした。


そのとき悠里さんは面白い理由をなんて話していたかな…えーと……ああ、そうだ!


「俺は叔父が芸能関係で仕事をしていてね。『いつも場の空気を読むのが得意だから、これから売れるかもしれないなぁ』と話していたよ」

「へー?ボクちゃんは、キミの叔父さんとは仕事を一緒にしたこともあるようだね。それより…『これから売れる』…ふふふ…キミの叔父さんは、人を見る目があるようだねぇ」

「あはは…」


悠里さんの名前までは出したくないので、俺は適当に笑って誤魔化す。こいつもあまり話したいタイプでは無いので、そこそこで話を切り上げようと思ったのだが…。


俺が何かを言う前に、池名の肩に不意に野球グローブのように巨大な手が置かれた。


「おい。チャラ男どけ」

「え?なに?」


巨大な手の持ち主の男は、そう言って戸惑う池名の肩を軽く払う。すると池名はろくな抵抗すらもできず、椅子や机を巻き込んで教室の端まで転がっていった。


『白目を剥いて気絶しているな』

『池名の異能は戦闘関係ではないのでしょう』


池名を転がした男は手に見合う巨体の持ち主で、山田が可愛く思えるほどの筋肉搭載量だ。身長は178センチある俺より、頭ひとつ分も高い。


転がした池名のことは見向きもせず、その巨体の上についた角刈りにした頭から見下ろすようにして俺を睨みつけてきた。


「んだてめぇ…ッスぞぉッ!」


初めて話すのに、何故、いきなり喧嘩口調で威嚇をしてくるのかは全くもって不明だ。というか日本の標準語から大きく乖離してて何を言っているのかわからない。


『ご主人様、またフリーズしてますよ?』

『いや…えーと。この人、何て言ったの?』

『申し訳ありません、ご主人様。ゴリラ語の翻訳をするにはデータが不足しています』


相変わらず口の悪い生成AIだな。ま、今回は俺も同意するが…。


「くはは!ビビったか!雑魚め!」

「いや…特には…というか意味がわからない」

「ならよぉ!今すぐビビらせてやるよっ!」


そんな言葉とともに、巨漢はやはり脈絡もなく拳を後ろに大きく振りかぶる。


『もしかして…俺を殴ろうとしている?』

『はい。その通りです。重心や姿勢などから推測するに99.86%の確率で殴りかかってくるものと思われます』

『話の流れが少しもわからないんだが…』

『ご主人様。ゴリラの行動パターンに関するデータが不足していて私にも解析不能です』


俺(とユイ)が混乱していると、ユイが予想した通り、振りかぶった拳に体重を乗せるような大振りのパンチを繰り出してきた。


『ご主人様、筋肉量から推測される体重と筋力、それと踏み込みの速度が合っていません。推測ですが異能∶ヘラクラーン系統による身体強化がされています』

『足の曲げ方とか拳の速度から演算できる?』

『はい。99〜101倍程度、筋力が強化されています。骨格も筋肉の張力に耐えられるよう強化されていると仮定。すぐに『戦闘プログラム∶操気術』を適用します』


俺はユイの体質改善プログラムにより、視力が大幅によくなっている。視力検査をすれば10〜11はあるはずだ。


動体視力も比例してよくなっている。神経系も強化されて神経伝達速度は通常の人間より遥かに速い。


そのため、こうした攻撃的な動きの観察は、以前と比較にならないほど得意になっていた。


ちなみに、戦闘プログラムを使った武術というか格闘術というかの名前は気などを操るため『操気術』と実に地味なものになった。ユイが提案してきて反対もなかったので受け入れたが…。後から俺の名前に引っ掛けていることに気がついた。


ちなみにこのゴリラ男の踏み込みを確認してから、ここまでの脳内の会話など含めて0.01秒ほどしか時間は経っていない。


そんな感じでたっぷりの余裕を持って、筋肉ゴリラの右拳が到達するのを確認する。


『射程に入りました。プログラム、実行』

「…ッ」


掴みかかってくる右の手の甲にこちらの右手を軽く添える。すると半自動戦闘セミオートモードで演算されたプログラムが、俺の手をクルリと返した。



「操気術・雨露うろ



手の返しに合わせて、まるで弾かれたように筋肉ゴリラの身体が、俺の横をすり抜けるようにすっ飛んでいった。まもなくゴンという鈍い音をさせて、筋肉ゴリラは教室後ろの壁に激突する。


操気術の中では比較的、基本であり、合気道寄りの技でもある『雨露うろ』。


自分に向かってくる力の流れを操って相手を吹っ飛ばす返し技だ。今回は、殴りかかってきた力をそのままにゴリラの身体を飛ばす力に変えている。


ゴリラのような巨体はまるでギャグ漫画のように全身が壁にめりこんでいるが、それが彼のパワーを物語っていた。


「まじかよ…」

『自動車との激突とほぼ同程度の威力ですね』


それは…肉体はごく普通の俺からすると、当たったら即死してもおかしくない威力だ。それをいきなりけしかけて来る、ということは殺しに来ていたのも同義である。


あの頭の悪さからして、さっきの攻撃に殺す意図まで含まれていたのか、本人的には宣言通り単なる威嚇に過ぎなかったのかすらも分からない。


とにかく、こいつも要注意人物だ。


『席から見るとナルシストが序列3位、筋肉ゴリラが序列5位ですね』

『とんでもない奴らばっかりだな…』


頭の中でぼやきながら、それ以上は絡まれることもなく、ようやく俺は自分の席にたどりついた。


俺の席のすぐ隣では、そこに座る女子生徒と、その前の席の女子生徒が向かい合って話している。よほど話が盛り上がっていたのか、ゴリラが壁にめり込んだことにも気がついていないようだ。


近づいてから少しトーンを落として、驚かさないように「はじめまして」と声をかけたのだが…。


振り向いて見えてきた顔に、俺の方が絶句してしまった。


何故なら…。


「おー私は飯田優美だよ〜よろしくよろしくって、おいおいおいおいおいおい!蒼紀っちじゃん!え?うそ?まじ?」

「優美?え?ホンモノ?」

「まじもまじ。蒼紀っちもホンモノだよね?」

「あ、ああ。じゃあ、もしかして…隣の子は…」


俺の顔を見て、目を丸くしているマシュマロボディな金髪碧眼少女は…ここ2ヶ月ほど毎日楽しく電話をしていた…。


「シャーロット…」

「蒼紀くん?え?」

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