加速∶異能者たち(高校1年生)

最初の試験(高校1年生1学期)

第30話 序列

あの忌まわしい事件から3ヶ月半、そしてシャーロットや優美(あとリサ)たちとの出合いから2ヶ月半経った。


今日は4月1日。


事前に不動さんから聞いていた話では、明日が高校の入学初日である。ほかの高校は8日頃スタートが多いが、諸都合で早くカリキュラムを始めたいかららしい。


言われた通りの準備などを進めて、明日に備えていたある昼下がり。そろそろ昼飯でも買ってこようかなどと思っていたところで、部屋のインターホンが鳴った。


この家を知っている知り合いは少ない。


宅配業者の配達は外の宅配ボックスだからインターホンは押されない。インターホンのカメラに映ったのは見知った顔…不動さんだった。


手には何かコンビニ袋らしきものを持っている。


「河合、おはよう。明日の説明があるから扉を開けてもらってもいいかな?」


拒否する理由もないので、俺はエントランスのオートロックを解除する。1分ほどして、玄関の方のインターホンが鳴ったので、扉を開けると相変わらずガタイのいい不動さんが立っていた。


「不動さん、おはようございます」

「おはよう。一応、明日から正式にお前の学年を受け持つことになった。つまり『不動さん』は今日まで。明日からは不動先生だなガッハッハ…あ、これは昼飯な」


手に持っていた袋をそう言って渡してきた。


「ありがとうございます…2つありますけど?」

「河合が好きな方を取れ。俺もここで頂いちまう。説明は昼飯食いながらになるが構わないよな?」

「もしかして10人全員いちいち訪問して説明しているんですか?」


そう。明日から始まる高校で同級生は10人いるらしい。それ以外の情報は機密、とのことで知らされていない。


「ああ。星空きらりほどではないが、要注意人物も何人かいてな。人格的にほぼ無制限で外へ出ていいぞと言えるのは、お前を含めて7人。そのうち1人は制御がまだ甘くて自主的に謹慎している。きらり含む3人はなんというか…まぁ…そういうことだ」


不動さん…不動先生は、珍しく苦笑いをしながら事情を説明してくれた。


彼は、いわゆる異能対策部隊センチネルの隊員の1人で、年は28。見た目は、30以上なので、フケ顔である。ちなみに既婚者で、奥さんは1つ上の上司らしい。


曰く、どうしても秘密が多い仕事場なので、職場内でくっつくことが多いとか。仕事柄互いに背中を預けることもあり、信頼関係が育まれることもあって既婚者の大半が職場内である。


職場内でなくても、残りの大半以外もすべて警察関係らしい。特に外部との結婚やらを禁止をされている訳ではないのだが、なかなかに狭い世界である。


「河合は、ちゃんと課題も提出して中学生の単位もこなしたので、明日から予定通りに高校生として出席してもらうよ」

「了解しました。あの…河合『は』…とは?」

「ああ。そうだな…どこから説明するか…」


不動先生は、俺が選ばなかった焼き肉弁当を開けて付属のタレをかけながら、明後日の方向を見て、うーん、と唸った。タレ、肉じゃなくてその横にある漬物へかかってるけど…。


「明日から来てもらう高校…霞ヶ関高校は、お前たち異能使い向けの専門カリキュラムと、通常の高校カリキュラムを同時に行う、特殊な高校だ」


大学への進学もあるのだから、当然だろう。別に霞ヶ関高校に限らず、通常のカリキュラムに加えて特定のカリキュラムを学べる高校もある。


当然、特定のカリキュラムの分だけ普通の高校よりも授業の数が多くなるのだが、早い段階で専門的なことを学べる意義は大きい。


「もちろん、カリキュラムの都合から異能使いしか通わない高校にはなるが…追加カリキュラムの数がかなり多い。課外授業や、実務などの実習もある」

「給料をもらってやるだけのハードさは当然あるわけですね」

「そういうことだ。成績次第で給料も増やす。だからこそ必死に取り組んでほしい」


わかりやすく、餌をぶら下げているわけだ。


「異能使いが通う高校は東日本にはここしかない。あと西日本に1つだな。異能使いは見つけ次第ここかそっちに通ってもらう。そのため、霞ヶ関高校の入学に一般的なカリキュラムにおける成績は考慮されていない」

「つまり、あまり成績のよくない生徒が入る可能性がある…ということですか」

「そういうことになる。河合の幼馴染、星空きらりにもなかなか苦労させられているよ…」


きらりは成績が良くない。これまではテストの近くになると俺がノートを見せて上げたり、一緒に勉強したり、テストに出るところを集中的に教えたりでぎりぎり中の下くらいを保ってきた。


全く手を貸さなかった2学期末は当然、悲惨だったろう。普段から課題や宿題も俺任せだったから、3学期期間の課題もろくにこなせていないだろうな。


うん。俺はある意味、罪深いのかもしれない。手伝いをし過ぎて、きらりをよりダメ人間にしてしまった気がする。


『ご主人様の助けがなかった場合、星空きらりは82%の確率で単なる落ちこぼれになっていました』

『82%って…。あー、でも、それってつまりは18%は可能性があったってことだろ?』

『いえ。18%はご主人様以外の寄生先を見つけてご主人様にしていたことと同じことをします。星空きらりの能力は彼女のもので、ご主人様という大きな補助輪を外さなかったのは彼女の意志です。客観的に見て、ご主人様に責任はありません』


ユイが珍しく慰めてくれている…のかな?


『ご主人様が反省すべきは、そのスケベ心の割に積極的にきらりを口説かなかったことですね』

『…おい』

『愛花のときのように、口をぽけーっと開けていれば美少女がやってくることはそうそうありません。今後、気になる女の子はさっさと口説いて、押し倒して、既成事実を作る勢いでいきましょう。シャーロットとか優美とかリサとか』


やだ、このAI…怖い…。


慰めてくれているのかと思ったら、あっという間に話が変わって、非紳士的な言動の推奨をしてきたんだけど。


そんな頭の中で行われる高速会話に不動先生が気づくわけもなく。


焼き肉のタレを漬物にかけたことにようやく気づいた不動先生は、一瞬だけ、眉をしかめる。そして漬物を焼き肉にこすりつけて、少しでも事態の回復を図ろうとしていた。


「不動先生、冷蔵庫から焼き肉のタレを出しましょうか?メバラの白銀のタレならありますよ」

「いや…大丈夫だ。塩分を取りすぎるのも良くないからな…うむ。で、話を戻すと…今度の20期生10人では河合が圧倒的に優秀だ。恐らく異能がなくてもな…」


はぁ、と不動先生は深い溜息をついた。


「明日、顔を合わせるんですよね?」

「ああ。国家機密なので、明日のその瞬間まで顔やら名前やらは明かせないけどな」

「ずいぶんと…その…なんというか癖が強そうな同級生ですね」

「全員が全員という訳ではないぞ。さっき話した外出許可が出せるメンバーは比較的性格についてもまともだし、課題もキチンと出す傾向だからな」


逆に外出許可を出せないやつは、どんなおかしなやつなのか。きらりみたいなやつがクラスの3分の1もいるかと思うと気分が憂鬱になる。


「あとこれは…」


不動先生は、懐から折りたたまれた紙を1枚出してきた。受け取ると、不動先生の指についていただろう焼き肉の脂が、指紋の形でところどころに染みになっていた。


不動先生、焼き肉弁当に向いてないな。


そんな言葉を飲み込んで紙を広げながら尋ねる。


「この紙はなんですか?」

「センチネルの研究班による河合の現時点での異能に対する評価だ。目を通しておいてくれ」



※※※※※※


異能名『脳神経製の計算機シナプスカリキュレーター

分類:ESP

・瞬間仕事量:計測不能 判定:否

・最大射程:0M 判定:否

・効果範囲:0.0013立方M 判定:否

・費用換算:1兆円 判定:肯

・連射性能:常時発動(消せない) 判定:肯

初期序列:9位


※※※※※※



「これは?」

「これまで何度か検査があっただろ?」

「あーありましたね」


検査協力費やら、交通費やら、食費やら、支給されて至れり尽くせりの検査や調査をしてきた。


スパコンとの性能比較をするために、プライベートジェットで、数日海外に足を運んだこともあった。海外の研究者に、表から裏から残ってくれとめちゃくちゃオファーを受けたが、すべて断った。


俺、日本文化が好きなんだよねぇ。海外が悪いとかではなく、水が合わない。


「で、これだがな、能力の応用とかそういうのは一切抜きにして、測ったスペック順に暫定的な序列というのを付けたもんだ」

「序列9位ということは、下から2番目ということですか…」


脳神経製の計算機シナプスカリキュレーターの評価は低いんだな。ちょっと残念だ。


『ご主人様の異能を出力やら効果範囲やらで評価すること自体が無能ですね。この評価書いた研究者はクビにすべきだと思います』

『最初の評価なんて低いほうが楽だよ。高いと期待値も高くなって面倒だろうに』

『なるほど!評価が低いはずの俺様が本来の能力で逆転してやるぜ的な、最近のネット小説で流行りのあれですね』


そんなメタな発言はいいから。でも最初は評価が低いやつが、上手くやる方が周りのウケはいいのは事実だからこれでいいと思う。


「序列はな、異能使い専用の追加カリキュラムをやる際、出力差があるペアやチームを作らないための参考値だな」

「たしかに、差が大きいとおんぶに抱っこにとなってしまいますからね」

「それもあるし、怪我を防止する意味もある」


怪我か。つまり、そんなバカ出力の異能使いがいるってことだな。国会図書館で関係者以外は閲覧禁止の資料で確認したのだが、いわゆるサイコキネシスとかテレポーテーションのようないかにもな超能力的な異能使いもそれなりにいるようだ。


残念ながら、その資料にもすらも詳しいことは書かれていなかった。


「2年に上がるときに、成績を鑑みて、序列は変わる。とは言え、2年の序列は1年の序列とは意味が変わるがな」

「それは…」

「基準は言えない。他の同級生にも話さない。ま、2年に上がるときを楽しみにしていてくれ」


焼き肉弁当を食べ終わった不動先生が、ゴミここに捨てていいか?と聞いてきたので構いません、と返す。


席から立ち、ふぁーあ、とあくびをした不動先生は少しだけ声のトーンを落とした。


「正直、この序列を決めるステータスも20年使って古臭くなってきたら、変えるべきだと俺は思っているんだがね」

「どういうことです?」

「実は異能の6割は分類で言うところのサイコキネシス系が占めている。だから、この基準も所詮、サイコキネシス系の測定方式に合わせているんだよな…さっきのパラメーターでも瞬間仕事量なんてサイコキネシス系以外はあまり測定されないしな」


国会図書館で調べた限り、異能は大きくサイコキネシスとESPに分類される。


『サイコキネシス』は念動などと訳される通り、念じて何か物理現象を起こす異能を指す。


『ESP』は壁を見通したり、心を読んだりなど、物理現象を起こさない異能を指す。


異能研究の界隈ではESPの中でも心を覗いたり操作するのを『テレパシー』と呼んで区別する。


ほかにもケガの治療などに特化したサイコキネシスを『ヒーリング』、移動など空間の操作に特化したサイコキネシスを『テレポーテション』と別名をつけている。


さらには自らの肉体を強化させたり変化させたりするようなサイコキネシスにもESPにも含まれない異能を『ヘラクラーン』、他の異能に対してのみ作用する異能を『アンチサイ』と名付け、計7つに異能を分類している。


そのため『仕事量』などという、ものを動かさないESP系では測定できない方式に不動先生は、古いと言いたいのだろう。


不動先生の異能は、精神に働きかけ神経伝達を遮断して動かなくする、という分類としてはテレパシーにあたる異能だ。もしかしたら、この測定方法のお陰で、嫌な思いをしたのかもしれないな。

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