俺の頭の中さらに強化(中学3年生3学期)

第20話 頭にインストール

2学期の期末テストが返されるよりも早く、俺は国が決めた寮に入ることにした。わずか数日で実現したのは、不動さんが少なからず俺の要望を聞いてくれたからのようだ。


悠里さん、桜子さんは、国の組織の…センチネルの不動さんがした説明に非常に複雑な顔をしていた。


ま、国が言うことなので逆らえたりするわけでもないし、別に理不尽を強いられているのでもない。


待遇も悪くないし、適性次第ではある程度、仕事も決められると話していたから、無理矢理前線に立たされることもないだろう。


2人が渋い顔をしたのは、俺の将来が俺の選択の余地なく決まってしまうことについてだと思う。2人はそれについて力添えできないことに無力感を覚えたのだろう、とことん優しい人たちだ。


「結構、面白そうじゃないですか?将来も安泰で悪くないですよ!」

「そうか。蒼紀がそう言うなら」

「悠里さん、心配してくれたんですよね?ありがとうございます」

「…お前はうちに来たときから、本当に聞き分けが良い子供だったな。これからは大人を利用して、自分の人生を豊かにすることを優先するんだぞ。いいな」


悠里さんなりの激励だろう。昔から悠里さんは『子どもは大人を利用して幸せになれ』と何度と俺に言い聞かせてきた。


遠慮をするな、と言いたかったのだろうが、俺はその言葉が本当に嬉しかった。


「桜子さんもお世話になりました。また余裕が出てきたら顔を出します」

「蒼紀くん、男が道を決めたんだから私は口には何も出さないけど、辛くなったらいつでもここに来ていいからね」

「ありがとうございます。俺も無理をするつもりはありませんから…七海にもよろしく伝えておいてください」


頭を下げた。


不動さんが手配していた業者によって、すでに俺の荷物は積み込み終わっている。あとは俺自身が向かうだけだ。


俺はもう一度2人に頭を下げてから、不動さんの車に乗って、5年間お世話になった家を後にした。


「これから寮に向かうぞ」

「わかりました。そういえば、聞いていませんでしたけど、寮や高校ってどこにあるんですか?」

「河合は警察庁ってどこにあるか知っているか?」


質問に質問で返されてしまったが…警察庁は、全国の警察を束ねる中央官庁だ。つまり財務省やら環境庁やらの省庁の1つなので…。


「霞ヶ関ですよね?」

「その通り。だから、お前がこれからいく高校、霞ヶ関高校も警察庁の建物の中にあるぞ」


まさかの東京のど真ん中だった。


「前にも話したが、正式な学校生活は高校からだ。何歳で見つかってもな。で、それまでは一般の学校に通うのは不可能だから、家庭教師がつくことになっている。その家庭教師は、すでに来年の新入生の担任である私と決まっているがね」


ということで、これも不動さんが事前に話していた通り、冬休みと3学期まるまるを、合法的な、国から認められた不登校ということになった。


不動さんの車に乗って、練馬の家から車で30分ほど移動すると、皇居の南側にあるタワーマンションにたどり着いた。


この虎ノ門タワーという国会議事堂が臨めるようなロケーションのオフィスビルの…その上にある30階の住居が寮らしい。


広さも3LDKの150平米と、1人暮らしには広すぎるどころか、ファミリーでも楽々住めそうな高級な間取りにはさすがに驚いた。


「そういえば、図書館を使わせていただくことはできますか?」

「図書館どころか、河合は今のところ性格的に問題がないから、門限と単位のための課題の締め切りさえ守れば、完全に自由にして構わないぞ」

「そうなんですか?」


正直、半軟禁生活を覚悟していたから拍子抜けだった。この部屋といい、学費を払わず逆に給料がでることといい、かなりの高待遇だから、逆に軟禁くらいは当然あるだろうと思っていたのだ。


「あのなー。国だって異能使いに嫌われたくはないんだよ。まともな性格の異能使いは、世界から引く手あまただからな。河合のような性格なら、可能な限り待遇をよくするさ」

「そんなもんですか…」

「監視だけなら軟禁も要らないしな。あーそれよりお前の幼馴染から、伝言が来ているがどうする?」

「聞きたくありません」


きらりの暴走がなければ、愛花から俺の記憶が消えることもなかった。


愛花とはキレイな思い出のまま別れて、俺は普通の高校生に、愛花は女優の道に、進んでいくことになったはずなのに…。


何よりきらりが愛花を貶めるために出した命令は未遂とは言え、到底許せるものではない。


そしてそれだけのことをしても、彼女は一般的な罪に問われない。


いや、罪に問いようもないというのが正しいか。そもそもきらりは、未成年であることで罪はかなり軽いのだが、さらには異能の行使を裁く法律は存在していないため、どうしようもない。


だから、きらりのこれからを決めるのは表の法律ではなく、裏向きのルール。組織センチネルから軟禁と倫理教育による矯正という形で裁かれることになる。


裁かれ制裁があるからと、きらりを許すつもりはない。もちろん顔など見たくもないし、もし見たら殴りたくなってしまうだろう。


「わかった。お前の心情を考えれば仕方ないかもしれないな。あーで、図書館だったな。それなら、ここから一番近いのは国会図書館だな」

「あそこは18歳未満は入れないのでは?」

「センチネル関係者は裏口から入れるから自由にしろ。裏口からなら閉架図書も自由に見られるぞ」


日本一書籍が揃っている国会図書館が使えるなら、ほかの図書館にまず用はないだろう。


しかも閉架図書…つまり持ち出し禁止で、申請しないと簡単には見られない書籍…まで可能となれば、これは見に行かなくてはもったいない。


「片っ端から記憶していこう…」


思わず口から言葉が漏れてしまった。それを目ざとく聞いた不動さんは、ところで、と前置きして話を振ってきた。


「そういえば、お前の異能の話を聞いたぞ?頭の中に最新のスパコン10台分以上の処理能力があるみたいだな」

「はい。担当の人からはそう言われました」


先日の事件直後から、センチネルの研究チームからいろいろな聞き取り調査をされた。協力費やら交通費やらもちゃんと支給してくれたので、こちらとしても真面目に協力したのだが…。


それで俺も自身の異能についてもいろいろと説明したり、テストをしたりなどをした。結果、俺の脳神経製の計算機シナプスカリキュレーターによる処理能力は、最低でも今ある最新スパコン10台程度はある、と言われた。


記憶能力については、底が知れないとのこと。


「それにしても記憶して計算処理か…」

「はい」

「そうだな。要するにすげぇパソコンが入っているってことだけどよぉ…例えば

「インストール?いや…どうやってですか?」


俺は生身の人間だ。


USBコネクタも、Wi-Fi通信をするためのチップセットも、LANケーブルの穴もついていない。どうやったら、そんなことができると言うのだ。


「そりゃあ、ケーブルを挿したりは無理だろうが、オープンソースのプログラムコードを直接目で見ることはできるだろう?」

「あ…」


それは盲点だった。


目で見て、頭の中に全てのソースコードを記憶すれば、たしかにインストールするのと変わらないかもしれない。俺は興奮を抑えて、まずはオープンソースのOSを検索してみる。


今どきオープンソースのOSなど珍しくもない。画面に表示されたソースコードをマウスのホイールを回しながら、上から順繰りに見ていく。


「あ、できた…」


下まで読んだ瞬間だった。頭の中にOSのGUIが浮かんできた。これまでの記憶とかもデータとして一覧で確認できる。こりゃあ便利だな。


特にBIOSが不要だったのは、端っからハードウェア(脳味噌)とソフトウェア(記憶)の連携が取れているからか。


「端からじゃあわからないが、出来たんだな?」

「あ、はい。できました。確かに不動さんには見えませんもんね…」


不動さんが苦笑いをしているが、俺は楽しくなってしまってあまり構う気がなくなっていた。ほかにも何かをインストールしようかな?


「あ、そうだ。頭の中のデータを効率よく使うために生成AIをインストールしてみよう。うん」

「楽しそうだな…まぁ、あはは…俺はここらへんで失礼することにするよ。また課題を渡すときには連絡する」

「はい。これからよろしくお願いします」


不動さん…いや、不動先生になるのか?は、軽く手を挙げると、部屋から出ていった。1人になり、俺は生成AIのインストールを始めることにする。


ページをめくり、一番下まで読み切ると、先ほどと同じように頭の中にプログラムがインストールされたのがわかる。


『生成AI、返事できるか?』

『はい。蒼紀、よろしくお願いします』


頭の中に男とも女ともつかない、無機質な声が響いてきた。うーん。どうせ誰にも聞こえないんだからもう少し俺好みにしてもいいんじゃないか?


『そうだな。俺のことはご主人様と呼ぶように』

『はい。ご主人様』

『声質は、声優の堀川唯ちゃんがいいな。あと話しかけてくるときは、巨乳で、ロングメイド姿のアバターでするように』

『つまり、ご主人様の性癖に合わせればよろしいのですね?』


おお!堀川唯ちゃんの声だ!すげー!というか会話で俺の意図を勝手に掴むとは、最近の生成AIは優秀だなぁ。


『その通り!』

『ご主人様の記憶から、ご主人様の性癖をリサーチして、アバターを構築します…構築完了しました』


金髪碧眼、小さな丸顔に丸いくりくりとした目、透き通るような白い肌に、ややぽっちゃり気味の愛嬌ある身体と、何とも豊かなバストと、お尻。


にこり、と満面の笑みを浮かべてそのアバターは俺を見た。頭の中で。


『ご主人様、こちらでいかがですか?』

『完璧だ…素晴らしい』


喋り方も妙に柔らかい感じになっている。


『ご主人様がこれまでに使エッチな本36冊と画像652枚、そして、その再使用度、また使用中の興奮度などから推測した結果です♪』

『え?このAI…怖い…』


何だか、データとして性癖を見せつけられると、きらりとずいぶんと違うことに気がつく。どっちかというと顔立ちなんかは愛花と似ている。


『その通りですね。過去のデータから分析すると、きらりそのものにはそこまで性的な興奮をしていないですね』

『……』

『性癖と好き嫌いはまた別ですからね。ご主人様の場合、長年一緒にいた情や思い出の部分が実際には66%を占めています。18%がきらりのご両親からきらりを頼むと言われたこと。14%がきらりの大きめなおっぱい。2%が美人の幼馴染というシチュエーションですね』

『知りたくなかった…』


こう見るときらりそのものはほとんど興味なかったんだな、俺。そう考えると、すれ違ったのも仕方のないことなのかもしれないな。


『情は決してネガティブな要素ではありませんよ』

『そうかな?妥協というか、仕方なし、という感じにはならない?』

『いいえ。例えば結婚生活において情はとても大事なものになります』


そんなものかねぇ。


『結婚して何年か経てば男女関わらず外見は劣化するものです。ですが、それを超える関係が長い年月を共にした情です。例えば25歳から40歳まで時間を共にしたパートナーがいる。40歳で仮に新しく相手を見つけたとしても、その相手とは25歳からの15年間を体験できません。つまり共にした時間による情というのは、絶対に替えが効かないものになるのです』

『確かに…どうやっても40歳からしか積み上げられないもんな』

『その通りです』


たしかにそう考えると情というのは、絆とかそういう言葉にも置き換えられるのかも知れない。


『ちなみに、もう少し心理学のデータ収集があれば精度が上がりますが…』

『ん?』

『現段階では、98.88%の確率で星空きらりはご主人様のことが好きですね。好きというのは、もちろんラブの好きです。つまり、ご主人様の恋人になりたいと思われます』


あの異様な執念から、もしかしてそうなのかとは思っていたが、やはりそうなのか。本当なら嬉しいところなのだが、気持ちが完全に失せた今になって言われても少しも嬉しくない。


『美人で自尊心が高くて、ご主人様が小さい頃からいつも世話を焼いてきたので、結果として、ご主人様はいつもきらりのことについて先回りしてやる存在になってました』

『まぁな。あのときは気を引きたくて仕方なかったからな』

『しかし、恋愛になるとご主人様が奥手になり、向こうはしびれを切らしていろんな手に出たのです。かまってちゃんですね』

『あの執着を考えるとそういう可能性も考えられたが、いまいちわからないのが、なんで別の彼氏を作り『俺に話し掛けるな』なんて言ったんだ?』

『そうすることで、ご主人様が自分に謝り、戻ってきてほしいと懇願する姿を見たかったみたいです。ある程度満足したら、山田とは縁を切ってご主人様と元鞘というつもりではないでしょうか?』


きらり、歪みすぎだろ。


だが、その一端を俺が担いでいるとも言われたみたいで若干だが責任を感じた。

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