第12話 2人の時間

『センパイ、デートをしませんか?』


仮初の恋人になるという話から2日経ったテスト最終日の朝。朝ごはんを済ませて、これから学校に向かおうとしていたとき、愛花からメッセージSNSでそんな連絡があった。


「デート?」

『恋人ならデートして当然ですよね?センパイもテストは今日までって言ってましたよね?』


一昨日、恋人として1週間振る舞ってほしい、という愛花のお願いを叶えることになったのだが…。確かに恋人らしさと言って、まずまっさきに思いつくのはデートだろう。


電話越しの声は、少し恐る恐るという感じだったがこちらとしても断る理由はない。彼女の素直な言葉はとても嬉しかった。


「そうだな!テスト終わりなんだから、思いっきり遊ぶとするか。今日、愛花は何時に学校終わる?」

『2時間目で終わりますから10時半には学校を出られます』

「俺は3時間目までだから、12時少し前くらいになるかな?」


愛花の学校は、隣の板橋区にある。環八を通るバスを使えば、だいたい30分もあれば移動できる距離だが…。


『じゃあ、そーきセンパイのところに私が迎えに行きますよっ!そのあと池袋にでも行きましょう!』

「良いのか?だいぶ面倒だろ?」

『ふふ。でも、彼女が学校まで迎えに行くって、なんかよくないですか?ちょっと萌えるシチュエーションですっ』

「わかった。楽しみにしてるよ」


最後のテストを前にして楽しい約束が出来た。テストの方は、もちろん全く問題ないはずだ。準備も万端で抜けはない。


愛花の方も、テスト勉強をバッチリ見たので、問題ないと思う。ここ数日見ていたが、彼女はなかなかに飲み込みが早いのだ。


靴をひっかけ、外に出る。またきらりが因縁をつけに来るのではないかと内心、びくびくしていたが、誰もおらず、ほっ、とした。


だが、安心したのも束の間、きらりの家の前に差し掛かったとき、待って、と声をかけられた。


「蒼紀ちゃん…5分だけいいかしら?」

「輝子さん…」


声をかけてきたのは、きらりの母親、星空輝子さんだった。輝子さんは、俺の亡くなった母親と仲が良く、それで互いの家の交流があり、きらりとも幼馴染となったのだ。


「いいですよ。5分なら余裕ありますから」

「良かった」


輝子さんは、きらりとは真逆の温和な人だ。目は鋭いし、背は高い、浅黒くて、怒り肩。パッと見には威圧感たっぷりだが、中身は全くの逆だ。俺の母親が亡くなった後も何かと気を使ってくれたのはこの人だ。


輝子さんは俺の顔をみると、まず頭を下げてきた。


「まずね、蒼紀ちゃんに謝りたいのよ。きらりは何度も蒼紀ちゃんに助けられて、優しくしてもらったのに、随分とひどい言い方をしていたみたいでね」

「輝子さんは何も悪くないです」

「いいえ、私の教育が悪かったわ。ほかの男の子と付き合うのはそれはそれだけど、それにしてもこれだけ気にかけてくれていた蒼紀ちゃんに、ひどい言い方をしていい理由にはならないわ」


もう一度深々と頭を下げた輝子さん。大人の人に真剣に謝られるのはさすがにバツが悪い。


「もういいですから…」

「情けない娘でごめんなさい」

「いえ。本当に大丈夫です。俺も俺で、もう吹っ切れましたから」

「そう。でも蒼紀ちゃんがうちに来なくなっちゃうのはさみしいわね…」

「それは…」

「ごめんなさい。そんなこと蒼紀ちゃんに言っても仕方ないわね…それでね…」

「…本題はなんですか?」


ただ謝るだけで、朝の時間帯に俺を引き止めるとは思えない。輝子さんはそれ以外に何か俺に言いたいことがあると、踏んでいた。


「…蒼紀ちゃん…やっぱり頭がいいわね。あの、これは図々しいかもしれないけど…1つだけ蒼紀ちゃんにお願いをしたいの…」

「なんでしょう?」

「蒼紀ちゃんは、これまできらりのこと何度も助けてくれたでしょう?」

「ええ…まぁ」


テストだけでも、何回赤点から救ってやったかわからない。宿題、課題も幾度となく手伝った。


勉強以外にも、何か困ったことがあれば泣きついてくるきらりを助けたことは、両手両足の数じゃとても数え切れない。


「あと…3回…いいえ2回…もし本当にきらりが困ったことになったら…あと2回だけ…あの子のことを助けて上げてくれないかしら…3回目は見捨てて構わない…仏の顔も3度までと言うから…」

「……」

「図々しいって言うのはわかってはいるわ…でも蒼紀ちゃんにずっと助けられてきたあの子が…これから蒼紀ちゃんなしで…」


つくづく、きらりの母親なんだなと思った。


急に空手部のゴッツイのと付き合い出したなんて聞いて、娘が心配で仕方ないのだろう。


きらりはギャルっぽい見た目だが、実はこれまで男友達の1人すらいなかった。


まともに話していた年の近い男は俺くらいだったからこそ、親からしたら不意打ちみたいに思えたのかもしれない。


「わかりました。2回だけ、ですよ…輝子さんには母が亡くなったとき何度も救われましたから…その恩返しです」

「…ありがとう…」


※※※※※※※※※


テストが終わり、ようやくテスト漬けから解放される。これから冬休みという長期休暇に入るということで、クラスメイトたちはみな浮かれて、何をして遊ぶかという話ばかりをしていた。


俺も俺でこれから愛花とデートだ。そういえば、これまできらり以外の女の子と出かけたことはない。


きらりと出かけるのも、デート、というよりも召使いに扱いが近かったような気がする。それでも当時は喜んでいたんだから、思い返すに俺ってば重症だったんだなぁ、としみじみ思う。


「そんな呪縛からも解放された!いざ!」

「蒼紀ッ!」


うきうき気分で教室を出たのに、きらりが待ち構えていた。面倒なやつに捕まったと、上がったテンションが急激に下がっていくのを感じる。


「なんだよ…きらりか…何か用?」

「今日、放課後時間ある?」

「ない。約束があるからな」


テスト終わりの最高な気分で過ごしたい時間を、今さら、きらりと過ごしたいとは思わない。そもそも先約があるのだから、どうにもならない。


「じゃあ…」

「明日も明後日も来週も来月も来年もない。山田に見つかったら面倒だからな…じゃあな」


まだ何か言いたそうなきらりの機を制して、言葉を重ねる。そう、今までならともかく、これからは山田に見つかったら、何をされるかわからない。きらりと会うことはすでにリスクを孕む行為なのだ。


「着いてくるなよ…」

「た、たまたまよっ!」


どこか『たまたま』なんだよ。


俺はきらりと時間が被ると嫌だから、これからどうするかの予定に沸くクラスメイトを避けて、早々と下校をしたのだ。


さっきも「じゃあな」と手を振り、わざわざ遠回りをしながら、下駄箱に向かっている。


それなのにいつのまにか後ろにいて、俺の後ろについてきていた。意味のない遠回りしたんだから、着けてきたのは間違いないだろう。


「テストも終わったんだから俺なんか構ってないで彼氏の山田と遊んでこいよ」

「それは私の勝手でしょ」

「ああそうかい。俺は予定があるからな」


下駄箱で靴を履き替えても、きらりはまだついてくる。いい加減にしてくれよな…。


いくら文句を言ってもついてくるので、完全に無視を決め込むことにした。


運動部もテスト終わりの今日は部活をしないのだろう、ガランとした校庭を抜ける。


正門の近くに来ると、そこにポニーテールの少女が立っているのが見えた。


愛花が早く来て、待っていてくれたみたいだ。俺が声を掛けるよりも先に気が付いた愛花が、ブンブンと精一杯、両手を振ってくる。


「センパーイ!お疲れ様でーす!」

「愛花、早かったな、待たせたか?」

「いーえ!全然待ってませんよっ!」


嬉しそうテトテトと駆け寄ってきた愛花は、その勢いでギュッと俺の右腕に抱きついてきた。


「!!!!!」


たしかに恋人になるとは言ったが、1度もきらりがしてこなかったような、あまりに大胆すぎる行動に俺は緊張でガチガチになる。


何か、ふにふにと右腕に女の子の身体の柔らかい感覚が伝わってきて、やばい。


「センパイ、もしかして緊張してますか?」

「あはは…それは…そう…だね」

「ふふ。私もです…ちょっと大胆過ぎました?」

「あ、その、いやっ、嬉しいけどっ」


お互いガチガチになってしまうのは、まぁ付き合いたてのカップルだから仕方ないのだ。


だから俺もすっかり忘れていた。面倒な幼馴染も後ろからついてきていたことを。


「そーきぃぃっ!!」


悲鳴のような絶叫が響く。耳がキンキンとするほどの声にいやいや振り返るとやはり、きらりだった。


「なんだよ、きらり」

「その女から離れてよぉっ!」

「うるさいな。愛花は俺の恋人なんだよ。関係ないきらりに何かを言われる筋合いはない」

「こ、恋人?」

「ああ」

「そんなのウソよっ!キモヲタ蒼紀に恋人なんて」


何だよその言い方。この女、失礼すぎるわ。


「えーきらりさん、本当ですよ!この前からお付き合いしてます、センパイの恋人の中野愛花です」

「ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソオオオオオオオオオオッッッ!!!」


きらりから獣のような絶叫をしたその瞬間だった。


声に合わせて、見えない音波か電波のようなものが頭の中を通り過ぎたように…感じた。感じただけで、特に何も起きないが…。


「蒼紀ィィ!!どう!?気持ちいいでしょ!?」

「は?なんの話だ?」

「え?なんで?」

「?」


目が尋常ではないきらり。気持ちいい?一体、何の話をして切るんだ?


「なんで!?なんで、蒼紀には効かないの!?」

「よくわからないけど…用事があるから行くわ」


髪を振り乱し「なんで!?」を連呼する不気味な様子のきらりを放置して、俺たちはその場を急ぎ離れることにした。


「あの人…きらりさんでしたっけ?なんだか、相変わらずすごいですね」

「なんか、またすごいもの見せちゃってゴメンね。あいつ、彼氏がいるはずなのに、妙に俺に執着するんだよね…向こうから話し掛けるなと言っていたのになぁ」


きらりの目的がわからない。


もしかしたら、状況が自分の思った通りにいかないからと、ヒステリーを起こしている可能性は考えられる。きらりは昔から感情的になりやすいからな。


まぁ、確かに俺に彼女がいれば、俺に対していわゆるマウントが取れなくなる。きらりからすると、それが不快なのだろう。


俺はきらりから見て下に見る存在でなくちゃ、彼女に都合が悪いのだろう。


「その…大丈夫ですか?」

「ああ。こちらこそ、愛花に変なもの見せちゃってゴメンな」

「いいえ!ぜーんぜん構いませんっ!それよりテスト終わりですよ!早く遊びにいきましょー!」

「そうだな」

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