第7話 視野
結局、日曜日も土曜日と同じように、過ごすことになった。
朝から愛花の殺陣の相手をして、その後には家庭教師。並行して、自分のテスト勉強をしたり…充実した時間を過ごすことができたのだった。
そして、明けた月曜日。
今日から3日間で期末テストが行われる。期末テストが終われば、その後は冬休みであって、長期休みを前に気持ちが浮かれてしまいそうだ。
(
今度こそ1位を取る。こんなズルいギフテッドを持ったのだ。むしろ1位以外は恥ずかしいくらいの気持ちでテストに向かい合う必要があるだろう。
何より、2学期末の成績は、都立高校を受験する場合、そのまま内申の点数に加算されるから、かなり重要なのだ。
中学は9科目ある。
5段階評価の成績を、国数理社英の5科目はそのまま、実技系音楽・家庭科・美術・体育の4科目は2倍にして合計する。その点数をさらに4.6倍した300点満点が内申点だ。
さらにそれに本番のテスト700点満点を合計した1000点が都立高校受験の点数になる。
一学期の成績は、5科目が5、実技科目については美術が5、家庭科と音楽が4、体育が3だ。2学期の成績表にはこれ以上の評価を付けるため、気は抜けない。特に音楽と家庭科はテストで100を取ることで最低でも4、出来れば5を狙いたいものだ。
都立高校の最高峰と言われている有楽町高校が俺の志望校だ。ここを受けるやつは、みな似たような成績をしている。
だからこそ絶対に落とせない。志望校に入るためにも、ズルい技を全力で使い倒してでも今回の期末は1位を取ると決めた。
両手で自分の頬を叩き気合を入れる。
テスト範囲…どころか、小学1年生から中学3年生までの範囲を全て完璧に覚え直した。特に中学3年生の範囲には2箇所勘違いを見つけてほっ、としたものだ。
さらに今回のテスト範囲については、教科書以外の資料を何冊も当たって記憶までした。
準備は万端だ。
「さっさと学校に行くか」
俺はギリギリに行動するのが好きではない。
必ずしもそうできているとは限らないが、可能な限り、余裕を持って行動するように心がけている。
今日も学校まで10分の道のりを、始業1時間前に出た。
…俺が住んでいる家から、中学までの通学路にはきらりの家がある。出くわすと気まずいし、トラブルの予感もする。そういう意味でも余裕を持って出てきたのだが…。
「あ…」
こういうときは不思議と出くわしてしまうものだ。きらりも俺を見て、思わずと言った感じで声を上げてきた。
しかし、きらりからは話し掛けるな、とはっきり言われている。だから、俺はきらりがいないかのようにスルーして、固まる彼女の目の前を通り過ぎる。
「あんたみたいなキモオタよりも、山田はずっとイイ男だよ?ふふん、私の彼氏になれなくて悔しいでしょ?いまなら…」
俺の背中に向かってきらりが何かを言っている。まだ俺を悔しがらせて楽しみたいのだろうか。全く…趣味が悪いったらありゃしない。
きらりの言葉は聞こえないふりをして、歩を進めることにした。
「ちょっと!キモオタそーきのくせに私を無視するのっ!いい加減にしてよっ!!」
まだ喚くきらりに呆れて仕方なく振り返ることにした。3日ぶりに見たきらりの顔に思いの外、感情が湧いてこない。
そして、その事実に少し遅れて気がついて、自分自身に対してひどく驚いた。
きらりの方はと言うと、俺が振り返ったことがよほど嬉しかったのか、獲物を見つけたといわんばかりに口の端を上げる。
俺はそのきらりの顔を見て内心で歎息したあと、念を押すことにした。
「何か用かよ…話し掛けてくるなと言ったのはそっちだからな?」
「私がほかの男のものになってくやしがるアンタを見たかったのよ。どう?まだ私のことが好きなんでしょ?私と付き合いたいでしょ?勝ち目のない山田に喧嘩を売るほどなんだから、ね?」
サディスティックに醜く顔を歪ませるきらり。確かにそれでもまだ美人とは言えるのだろうが…。
最後に、もう一度自分の気持ちを確認をするために会話に応じてみたものの…。しかし…やはり、俺の気持ちは先週までの気持ちが嘘のように冷え切っている。
何せ、改めてきらりと会話をしてみても、これまでドキドキしていたのが嘘のように、さざ波ほどにも感情が動かないのだ。
先週までは、きらりの一挙手一投足に、言葉に、反応に、いちいち心が躍っていたというのに。
その理由を考えてみて、真っ先に元気で真っ直ぐな空手美少女の顔が浮かんだ。
「愛花の方が可愛いな…」
「は?アイカ?」
「いや、何でもない。じゃあな、学校に遅れるぞ」
思わずポツリと口をついて出た言葉にきらりが反応したが、無視して学校に向かうことにした。
百年の恋も冷める、という言葉がある。
惚れた弱みがあっても、あんな風に言われて、さらには人を小馬鹿にしたような顔までされて…。
そこまでされて、まだ好きだと言えるほど、俺の気持ちはなかったらしい。清々しいほどに、きらりへの想いが消えていたのを再確認した。
全く…俺はこれまで熱に浮かされていたのかもな。
愛花のように、素直で真っ直ぐな美少女がいるなんて知ってしまったら、きらりに固執していた自分がバカらしくなってくる。
別に愛花のことが好きになったからだとか、そういう訳ではない。勉強がいくらできていても、自分の視野が、ひどく狭くなっていたことに気がつかされたからだ。
『世には、良い女が山ほどいるってことだ』
悠里さんはそう言った。
悠里さんは桜子さんという奥さんに会うまでに2度フラレているらしい。そういう経験を経て、自分と合う女性はどういう人物なのか探っていくなかで、最終的に桜子さんへプロポーズしたそうだ。
「何よっ!あ、アイカって誰よ!?アニメのキャラクターか何かでしょ!相変わらずキモい!」
「きらりには関係ない話だろ?」
「あるわよっ!幼馴染でしょ!」
幼馴染ねぇ。今となっては、その幼馴染という言葉に囚われいたことすら忌まわしく思えてくる。
「その幼馴染という関係を『キモオタは話し掛けてくるな』という言葉で、一方的に切ってきたきらりには関係ない」
彼女に近づきたかった。
もっと仲良くなりたかった。
要するに恋人になりたかったのだ。
だが、その気持ちは、今は煙のように消えてなくなり過去のものとなった。ほかならない、彼女が俺を切り捨てる言葉によって。
「ちっ、ちがっ!」
「はぁ?」
俺の言葉に、きらりの表情が変わった。ニヤけていた表情が消えて、真剣な顔になる。
「それはそういう意味じゃなくて…」
「話にならない…するつもりもないけどな」
少なくとも俺には話をする価値はない。何らかの誤解を解くことすら不要である。その時間すらも無駄なのだ。
「俺は試験に遅れるわけにはいかないからいくぞ」
「ま、待ってよ蒼紀っ」
まだ何か叫んでいるきらりを今度こそ無視して、俺は中学に向かう。それ以上追いかけてこないきらりに俺は心底、ほっ、としてしまう。
そのとき、はっきりと自覚した。
きらりへの想い、つまり俺の淡い恋心が、完全に心の中から消え去ってしまったことを…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます