第4話 ギフテッドの性能
部屋に入って数時間。テスト勉強の範囲を完璧に終えた俺は、桜子さんが用意してくれた晩ごはんを食べ、風呂に入り寝る準備を整えた。
風呂から出て、七海の部屋を覗くと…すーすーと、寝息を立ててぐっすり寝ていた。可愛らしい額に手を当てて見ると、熱はもう下がったらしい。
子どもはすぐ病気になるが、すぐ治ってしまう。実に現金なものだ。特に問題がないことに胸を撫で下ろして、俺は部屋に戻ることにした。
「寝るまでの残り時間は、このギフテッド…」
ギフテッド、というのも何とも味気ない。どうせ誰かに教えるのでもないのだから、名前でもつけてあげることにするか。
「そうだな。仮にとして…
ネーミングセンスはあれかもしれないが、語呂もいいし、わかりやすいからこんなもんだろう。
思いついた候補はいくつかあったのだが…
逆に
「で、この
脳は人格すらも超えて人を支配している。つまり人の意志ですら、脳はコントロールを受け付けないことがあるのは周知の事実だ。
例えば、心筋などの不随意筋の動き。
これは自律神経が動かしていて、本人の意思によるコントロールを受け付けない。しかし、自律神経は脳の視床下部の支配下にあるため、つまりは脳が不随意筋を支配していることになる。
例えば、睡眠時のあらゆる動作。
睡眠時に人格は眠っているが、身体は動く。ということは、もちろん本人の意志とは無関係に、脳の指令で身体が動かされている。
例えば、脳が出してくる様々な欲求。
性欲、睡眠欲、食欲、知識欲、権力欲、金銭欲、嫉妬、羨望、渇望、苦痛、快楽…こうしたものに、本人の意志が曲げられることは多々ある。
その、人格すらも超える脳の性能がギフテッドによって格段に上がったのだ。単にお勉強ができるようになった、それだけで済むとは思えない。
だから
「そうだな…どこまで何ができるか確認するということは、逆説的にできないことを探す必要もある…うん。少し極端なことをしてみるか」
そうは口にしたものの、特に具体的な案があるわけではない。はてさて、限界を見極められる極端なことというとなんだろうな?
「俺が苦手なことでもしてみるとか…かな?」
俺の苦手と言えば、真っ先に運動能力関係が浮かんでくるが、どうだろう。
脳は神経を通じて指令を出すことで、身体を動かしている。ならば運動に関しても
「できるようになれば、俺の場合、目に見えて効果があるからな…やる価値はあるかもしれない」
何せ、俺はひどい運動音痴だ。
もちろん身体に筋肉がついていない、体脂肪率もそれなりに高い、身体はそこまで硬くはないが、フィジカルの問題点は多数ある。
が、何より思ったように身体を動かせていない、つまり脳…それも運動を司る小脳の指令がうまくいっていない、というのが運動音痴の原因の1つでもあるのだ。
身体を動かすように指令を出すのは小脳だ。小脳が適切に指令を出せていれば、筋肉が少ないなりに適切な動きはできるはずである。
「運動なら、書籍を見るよりも動画サイトで動きを見た方がいいかな?」
俺は運動が本当に出来ない。授業には真面目に参加しているし、積極的でもあるから、一応お情けで成績表でも『3』はつけてもらってる。
だが、能力だけを見れば落第ギリギリというところだろう。小学生で出来るはずの『逆上がり』すら確実には出来ないのだから。
「しかし、逆上がりじゃあつまらないな。コツの本とか読んだら、
俺が絶対にできないこと…そうだな、逆立ちとかどうだろうか?逆立ちなら、バランスの問題がかなりのウェイトを占めている。
逆に出来ないなら出来ないで、
カチカチとパソコンのマウスを握ると、ブラウザを立ち上げて『逆立ち やり方』と検索窓に入力して動画の検索してみる。
「逆立ちのやり方…っと、おお…山ほど動画がでてくるな…みんな逆立ちをしてみたいんだな…」
何本か動画を観てみたが、実際にやりながら方法を教えるものから、身体の筋肉の動きまで解説してタイミングを説明するものまである。
5本ほどやり方の解説動画を見ると、頭の中に動きのシミュレーションが3Dモデルみたいに流れてくるようになった。
少なくとも正しい動きは理解できた気がする。
「うーん。正しい動きを理解出来たけど、さすがにこれだけで運動神経が良くなったとは思えないよなぁ…いや、少なくとも見た通りに身体を動かせるようになっているかな?」
わからない。さすがにこれだけじゃ、上手くなったからわからない。椅子から立ち上がり、そしてまたしばらく悩んでから、漸く意を決する。
「むむむ。試してみるか…」
ベッドの上にあるマットを床に敷いて…さらに押入れの奥にある夏物のマットも出してきて、床に敷いた冬物マットの上に重ねる。
「これなら倒れてもそんなに痛くない…はず!」
勇気を振り絞って、手を床に付いてから、尻を、足を上げてみる。一瞬だけ逆立ちの姿勢にはなる。何とか身体が、バランスを取ろうと抵抗するがそれも僅かな時間で、勢いが付きすぎた足が頂点で止まったのはほんの一瞬だった。
少しデカ目の尻が作り出す遠心力に、腕だけでのバランスが耐えられず、ドン、大きな音を立てて背中側から倒れてしまう。
「ぐおおおお…やっちまった」
マットを厚めに敷いていて良かった。背中が痛いと言えば痛いが、起き上がれないほどではない。
だが音が大きかったせいか、一階にいる桜子さんがパタパタと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「ちょ…ちょっと!?蒼紀くん!なんかすごい音したけど大丈夫!?」
「あ、桜子さん…す、すみません、夜遅いのに」
扉の前から声をかけてきたので、こちらから部屋の扉を開けて、頭を下げる。さすがに夜におおきな物音は迷惑だったな…うかつ。
「それは良いんだけど…一体どうしたの?」
「あーそれは…その」
桜子さんは責めるというよりは、単に心配で声をかけてきたみたいだ。うー、ふざけたことをしていたのは俺なのに…罪悪観…。
「俺、体育の成績が悪いじゃないですか?だから体育に関する動画を見ながら…少しでもできるようになれないかな…って…試しちゃいました」
「はぁ…もう驚かせないでね」
ということで素直に白状した。桜子さんは、肩を撫で下ろすと、ポケットからキーケースを出して、その中の一つを外して渡してきた。
「これ、地下あるダンススタジオの鍵。夜は誰も使わないから、そこで練習しなさい」
「え…あの…」
言い淀む俺の背後をちらりと見て…。
そして、明らかに不自然に重ねられたベッド用のマットを見つけて、事情をさらに察したらしい。
「部屋でやると思わぬものにぶつかったりして危ないからね…運動するならちゃんと広いところでやりなさい。マットなんかも布団じゃなくて、運動用のがあるからそれを使って…」
「あ…ありがとうございます!」
「無理はしないで、怪我をしないようにね」
桜子さんは本当に優しいな…。
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