助走∶異能への目覚め(中学3年生)

俺の頭の中強くない?(中学3年生2学期)

第1話 まさかの告白から話は始まる

「私、彼氏が出来たんだ」


ずっと好きだった幼馴染、星空きらり。


いつも通りの放課後の教室。


いつも通り一緒に帰ろうと誘った彼女から放たれた絶望的な言葉に、俺、河合かわい蒼紀そうきの世界は暗転した。


「う…嘘だろ…」

「空手部のキャプテンの山田ね。だからキモオタの蒼紀は私に2度と話しかけてこないでね」

「2度と…それは本気で言っているのか?」

「本気も本気。あんたみたいなのと幼馴染って言うだけで吐き気がするから…今後は近寄らないでね」


彼女の言葉は確かに事実を含んではいる。俺の見た目は、冴えない極めて平凡なものだ。アニメやゲームが大好きで、オタクというのも否定はできない。


だからと言ってだ。


昨日までは普通に接していて、帰り道も談笑して帰っていたのだ。その俺に唐突にそこまで言う必要があるのだろうか?


それとも何か理由があるのか?しかし昨日の会話を思い出してみても、原因は思い当たらない。


「一体…なんで…昨日までは普通に…」

「と・に・か・く!行き帰りに一緒なのは今日で終わり!どう?蒼紀?悲しい?辛い?私に戻ってきてほしい?でも…残念でした!私は別の男のもの。すでに山田とは身体の関係もあるから!どうしても戻ってきて欲しかったら…」

「そうか…わかった…」


俺は、そう言って、きらりの言葉を中断させた。


これ以上、好きな彼女から罵りの言葉なんぞ聞きたくない。言葉を遮った俺は、彼女を視界に収めないように教室から走り出た。


「くそ…」


廊下を走る。


宛てなんかはあるわけもなく、ただ無我夢中で駆けるだけだ。


彼女のことが俺はずっと好きだった。


まだ告白すらしていなかったのに…。


後悔が頭をよぎるが全ては遅きに失した。


オタクである俺はやや太り気味で、さらには運動不足の身体は重い。だから、逃げ出したい心の速度にまるでついていけず、それがさらに俺のイライラを加速させる。


『2度と話しかけてこないでね』


『近寄らないでね』


きらりの言葉が頭でリフレインすると、思わず涙がこみ上げて来そうになる。


誤魔化すように、顔を振って、階段を駆け降りた。


だが、その途中で運動に慣れていない情けない身体は、いとも簡単に悲鳴を上げる。そして足は俺の意思に反して勝手に止まってしまった。


あまりの息苦しさに俯いてしまう。


情けないほどに重い身体に送る酸素を求めて、肺が呼吸を荒くさせた。


ああ、情けない。


何より自分が情けない。


何もできないで後悔ばかりの俺が情けない。


10秒ほど内心で自分を罵りながら、呼吸が落ち着くのを待ち、顔を上げる。


すると、そこには恐らく俺を待ち構えていただろうガタイのいい角刈りの男がいた。ニヤニヤした笑みを浮かべたこいつは…空手部のキャプテン山田…先ほど、きらりに告げられた彼氏ご本人の登場だ。


「山田…」

「あはは、やっぱり来たか。きらりが言ってたとおりダッセェ男だな!振られすらできないで泣いちゃって…キモオタらしいなぁ!」

「山田ァッッッ!!」


安い挑発に、頭に血が上っていた俺は思わず殴りかかってしまう。


だが相手は空手部。勉強ばかりで、運動がろくにできない俺が勝てるわけもない。殴りかかる拳はつかまれ、簡単にいなされてしまった。


「おらよっ」

「ぐッ」


身体が俺よりも人回りは大きい山田は、握りしめた固い拳で俺の顔面を殴りつけてくる。


勢いよく突き刺さる拳に、視界がフラッシュして、同時に、鼻の奥から流れ出る液体を感じた。


カランカラン、と殴られた拍子に吹き飛んだメガネの落ちる音が思いの外、遠くから聞こえる。


(メガネ、結構飛ばされたなぁ)


場違いなことを想っていたその一瞬、山田は、俺を殴った手を引き戻すタイミングで、制服の襟首を掴んできた。


慌てて、自分の両手を使って襟首の手を引き剥がそうとするが、山田の片手すら外せない。


「なんだなんだ、俺の手を掴んで、何がしてぇんだよ?なぁ?」

「は、はずれねぇ」


俺の非力さを嘲笑うかのように口の端に笑みを浮かべると、今度はその手を捻ってきた。


俺は力に負けて、たたらを踏むと、倒れかけた自身を支えるために、階段踊り場の壁に手をつく。その衝撃でコンクリートの床に、鼻から垂れた血が、赤いシミを作った。


「あっはっは!喧嘩売ってきた割にガリ勉くんは、本当によええよなぁ!」

「くっ…そ…」


こいつ、同じ15歳とは思えないほど、腕が太く、そして力強い。


俺のガタイは決して小さい方ではないが、空手で体を鍛えている同級生には勝てるわけもない。


襟首を捻ってくる膂力に負け、地面に押し付けられるようにバランスを崩した。


学校の階段は床がコンクリ敷のため、勢いで転ばされるとかなり痛い。だが、そんな痛みを耐える間もなく、転んだ俺の腹に、山田のつま先が勢いよく突き刺さった。


「っえええっ」


今日は弁当を忘れていたことが幸いして、空の胃には吐き出すものもない。ただ喉を焼くような酸っぱい胃酸だけが、鼻血のシミの上にばらまかれた。


「んだよ、きったねぇなぁ」

「ぐぅっ…うう…」


くの字に折れて、まともに身動きできない俺に、上から跨るように山田は乗っかってきた。さらには両膝で腕が押さえつけられるから、もはや、どのような抵抗もできない。


「おい、きらり、こいつどうする?」


山田がそう言って振り返る。


俺を追いかけてきたのだろうか、いつのまにか階段の上に幼馴染が立っていたのだ。


窓から吹き込む風に乱された金髪をきらりが何気なく掻き上げると、名前の通り星が煌めいたみたいに見える。


つり上がった気の強そうな、でも星のように大きく輝く瞳が収まったアイドル張りの顔立ち。


そして中学生とは思えないほどメリハリがはっきりしててグラビアアイドルも裸足で逃げ出す抜群のスタイル。


全てが、同じ学校に在籍している男子全員の憧れの的である。


いや同じ学校どころか、隣の学校からわざわざきらりを見に来るやつもいるくらいの美少女っぷりだ。


そのきらりは、気だるそうな顔で俺を一瞥してニヤリと微かに笑みを浮かべた。しかし、それ以上は何も言わずにその場から立ち去る。


「あんな淡白な割に、夜の方は結構ヒイヒイ言いやがるんだよな。ま、俺はヤらせてくれるならなんでもいいけどよ」

「…ッ」

「へっ!横恋慕野郎にはキツい話題だったかな?きらりが、ヤるときどんな感じだったか、たっぷり聞かせてやろうか?あーん?」

「…」

「声も出ねぇか…ま、いいや。もう何発か殴ってやるよ」


舌打ちした山田は、その太い腕を振りかぶると、俺の顔面に拳を振り下ろしてきた。


両腕でガードをしようにも、腕を上げられないのだからどうにもならない。仮にガードしても腕すら折れるかもしれないが…。


顔の角度を変えて額で受けることで何とか1発目は奇跡的に凌いだが、奇跡はそう起きない。2発目の拳がモロに顔面へと突き刺さる。


その勢いで後頭部をコンクリートの床に打ち付けてしまった俺は、あっさりと気を失った。


※※※※※※※※※※※


「河合くん?大丈夫?」

「んん…」


俺を呼ぶ声に目を覚ますと見知らぬ天井…ということはなかった。何度か来たことあるが、これは保健室の天井である。


顔面を殴られたからだろう、やや見づらい視界の右端には、保健医の若い女の先生がいた。


「俺…いつのまに保健室に…?」

「私がたまたま通りがかったのよ。鼻血出して、顔を腫らして倒れていたからびっくりしたわ」

「…そうですか…ありがとう…ございます…」


どうやら山田に殴られて気を失った俺は、保険医の先生に保健室まで連れてこられたらしい。


となれば、俺は、彼女に助けられたのだから、当然そのことについてのお礼を言ったのだが…。


殴られて、気を失って、女の人に助けられて…と情けないにも程がある。そんなカッコ悪さへの、反抗心?羞恥心?が、お礼の言葉の歯切れを悪くした。


却って、そうすることの方がカッコ悪いことまで自覚は出来ても、感情や言葉はついてこない。


保険医の先生も、俺の中にあるそんなニュアンスに気がついたみたいだ。だが、彼女はフッ、と軽く鼻を鳴らしただけで、それ以上、何かを追求してこなかった。


「いいのよ。それより、その顔の傷、誰かに殴られたりでもしたの?」

「あーその…」

「もし、イジメだと言うのなら放っておけないわ」


仮にこれが集団で向こうから一方的に殴られたというなら、俺もこれはイジメだと訴えたいところだ。


だが、喧嘩を売ったのは俺だ。


だから、大人の力を借りるなんてもってのほか。むしろ俺が原因なのだから、怪我をしたところで、間違っても被害を訴えることなんてできやしない。


「よ、よそ見をしていたら、階段からすっ転んじゃったみたいで…」

「そうなの?ふーん…」


保険医の先生は、明らかな疑いの目で見てきた。保健医なのだから、殴られた傷か、階段から落ちた傷かどうかなど、判別がつくだろう。


だがそれでも俺は、この嘘を突き通すことにする。


「はい、すみません!気をつけるようにします」

「そ。わかったわ。何か困ったことがあったら教えてね…もう夕方だから動けるようになったら適当に帰りなさい」

「…はい」


確かに、窓から見える外の景色はすでにピークを越えて、やや日が陰ってきている。この時期ともなれば夕方の5時には日が沈むから、今は4時過ぎくらいだろうか。


俺が先ほど山田と喧嘩したのは、放課後すぐ。つまり俺は、1時間ほど気を失っていたということか。


「じゃあ、何かあったら声をかけてね」


保険医の先生は、シャー、と俺が寝ているベッドを囲んでいるカーテンを引くと、向こうに消えていった。


足音で先生が離れたことを確認すると、ぼふ、と音を立てて枕に頭を落とした。


「はー。全く俺は…」


俺、河合蒼紀は中学3年生の男子である。身長はそこそこ、勉学の成績は学年でもトップクラスだが、運動に関してはてんでダメ。見た目も、もっさい。


そんな俺には幼馴染がいて、それが学園のアイドルでもあり、俺が告白する前に俺を振った星空きらりだ。


きらりの両親と俺の両親が親しく、それこそ小学生のころはよく一緒にいたものだ。


中学にあがると徐々に距離が広がっていくのに…俺は焦りを感じた。何故なら、俺はそのときにはすでに彼女のことを好きになっていることを自覚していたからだ。


勉強だけは出来るが、ほかはまったくパッとしない俺は…幼馴染以上に距離を縮められず…。そうこうしているうちについ先ほど、きらりからあの絶望的な言葉をかけられたわけだ。


きらりに彼氏が出来たのもショックだが、話し掛けるな、近寄るなと言われるほどに嫌われていたというのも、かなりの精神的なダメージである。


「ま、だからって、彼氏に喧嘩を売るのは…やりすぎだったな…」


果てにはボコボコにされたんだから、何というかもうダサすぎて目も当てられない。


「くっそ〜。こんなの明日から、きらりと顔を合わせらんねぇなぁ。とは言え、家は隣だし…どーしよっかなぁ…」


あのときの、きらりの冷たい目線。


殴られる瞬間の山田の拳。


目を瞑ると全てが鮮明に思い出される。


「あー。やだやだ…あんなもんが目から焼き付いて離れてないなぁ」


迫りくる山田の拳。


硬くて、デカい。


握られた拳にはいくつもの傷が走っている。


さらに節には皮膚が厚く盛り上がった拳ダコもはっきりと浮かんでいた。この拳になるまで、恐らく、過酷な訓練を積んできたのだろう。中学生だというのにご苦労なこった。


目はというと、かすかに血走っていて、よほど俺に対して怒りを抱いていたことがうかがえる。


ギリ、と音が聞こえなそうなくらい合わされた歯は歯茎までがむき出しにされて、口角には泡が見えていた。


額には、わずかだか浮き出た血管も…。


「って、俺の記憶、細かいなっ!」


勉強が得意なのは、何より記憶力に自信があるからというのが大きい…が、いくらなんでも細かすぎるだろ。


殴られた一瞬のことを、何でこんな写真を見ているみたいに思い出せるんだ?よほど殴られたことが衝撃だったのだろうか?


うん。


もう一度、殴られた瞬間を思い出してみよう。


殴りかかってくる山田だけでない。


何と、その背景すらもくっきり思い出せることに気がついた。


拳を振りかぶっている後ろで、背中を見せて去っていく後ろ姿のきらりのスカートのヒダの数まで数えられる。


さらに背後の窓に反射する、廊下の景色までがはっきりと見えていた。なんなら、廊下に敷き詰められているタイルの数も数えられる。


「いやいやいやいやいやいや…」


いくらなんでもおかしいだろっ?


あんな一瞬のことを、そんなに細かく情景を覚えていられるわけないよな。しかも眼鏡外れていてボヤケてしか見えていなかったのに…。


「本当にどうしたんだこれ!?俺、一体どうなっちゃったんだ?」


もしかして、俺、殴られたせいで頭がおかしくなったのか?

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