第53話

「公爵とスカーレット嬢は相性がぴったりだったみたいだね。2人にはこれからも仲良くしてもらわないと。僕もリリカ嬢と婚約出来て幸せだよ。ふふふっ、まさかリリカ嬢にこんな特技があったなんてね」

レイリックはリリカが作った残りのクッキーを嬉しそうに見つめながらそう言うが、決して特技などではない。

「本当に可愛いなぁ、リリカ嬢は」

レイリックはほんのり顔を赤らめながらクッキーを渡すリリカの姿を思い出して、思わず甘い笑みを浮かべる。普段は王太子としての振る舞いを心掛けており、いかなる時でも冷静で柔和な笑みを浮かべているレイリックだが、リリカのこととなると自然と表情が豊かになっている。

「……な、なあ。お前はさ、リリカ嬢にはっきりと伝えないのか?」

「なにを?」

「いや、その……気持ちをさぁ。ほら、そういうのって、言葉にしないと分からないだろ」

レイリックは元来の性格上、思っていることをはっきりと口にする部分があり、リリカにもよく平気な顔をして“可愛い”だのなんだの言ってはいるが、きちんと想いを伝えたわけではない。

ロベルトの言葉を聞き、一瞬目を丸くし、驚いた表情をしたレイリックだったが、

「まだ伝える気はないかな」

と即答した。

「なぜだ?」

「それは……怖いんだよ。もし伝えて逆に避けられるようになったらと思うと」

「だがそんなことあるわけがっ……」

「ないって言い切れる? あのリリカ嬢だよ。他の女性たちとは違う。自分を良く見せようとアピールしてくるようなタイプじゃない。それに僕たちは所詮契約関係でしかない」

「っそれは……」

ロベルトはレイリックの考えを聞き、納得する部分があった。レイリックもそうだが、ロベルトも名門伯爵家の嫡男で、かつ王太子の侍従長という立場から数多くの女性からアプローチを受けて来た。それも身分を問わずだ。そのようなアプローチを仕掛けてくる女性なら喜ぶだろう。そういう意味でいうと、リリカの行動は全く予想がつかない。

「珍しいな、僕にしては。怖れなんて感情抱いたのは初めてだよ」

「……だが伝えるべきことはちゃんと伝えておいた方が良いぞ。これは親友としてのアドバイスな」

「……考えておくよ。でもね、そもそも軽くキスしただけで倒れるような子なんだよ。そんなこと伝えたら、また倒れるかもしれない。うん、きっとそうだよ。だから、今はまだ早いかな」

レイリックは早口で言い訳を並べていく。

これは今はというか、しばらく言う気ないな。

そう感じたロベルトだったが、口には出さなかった。

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