第54話

ウィリアムはロベルトに言われた通りにスカーレットと共に街にデートに出掛けている。スカーレットの弟であるフレディはデートと聞いて、喜んで送り出してくれた。今は家でお留守番をしている。


ウィリアムもスカーレットも初めは普段着で出掛けようとしていたのだが、それぞれ執事と侍女に止められ、着替えさせられた。


ウィリアムは執事に「その格好は何です?仕事にでも行かれるのですか」と怒られてしまった。ウィリアムは普段忙しさのあまり登城以外で外出することは滅多になく、外出用の服などろくに持っていないはずだったのだが、なぜか屋敷に用意されていた見たこともない服をデート用だと言って渡された。


一方、普段子供っぽい雰囲気があるスカーレットだが清楚で落ち着いた大人の女性を彷彿とさせる服装をしている。


スカーレットは内心、(こんな服着たことないけれど似合っているのかしら。変に思われていたらどうしよう)と不安が募っていた。なぜなら、今日は会ってからほとんど会話がないからだ。無言の時間がずっと続いている。かといって、私のことに全く興味がないからというわけでもなさそうだとスカーレット自身感じ取っていた。会話こそないものの、ウィリアムはじっと目を逸らすことなくスカーレットの方を見ている。


「あっ、あのっ」

馬車の中でも一切の会話がなく、無言の時間に耐えられなくなったスカーレットはついに声を掛けた。


「えっ、ああ、どうした?」

「どうしたって……今日の格好そんなに変ですか?」

「え?」

はっ

そう聞かれ、スカーレットから目を離せなくなっていたことにようやく気が付いたウィリアムは慌てて顔を逸らした。


「いや、変ではない……が、その、普段と違うから驚いたというか、なんというか」

ウィリアムは言葉を濁したが、、、

な、なぜ素直に言えないんだ、綺麗だって。 リリカにはいつも言ってるのに。リリカは妹だから言えたのか!? 確かにリリカ以外には1度も言ったことがなかったような……。そもそもそんなこと思ったことすらなかったというのに。どうして、スカーレットにだけ……。

内心かつてないほど困惑していた。


ウィリアムの反応を見たスカーレットは

やっぱり変なのね……

とショックを受けていた。


そうこうしている内に街に到着し、降り立った。

「ここが街……」

思わずといった感じで呟いた。

「来たことはなかったのか?」

「はい。あっ、そういえば昔1度だけ来たことがあります」

「そうか。これからは自由に出掛けてくれて構わない。護衛さえ一緒ならな。次はフレディも一緒に出掛けたらいい」

「そうですね。フレディも喜ぶと思います」

「入りたい店はあるか?」

「えっと、どんなお店があるのか分からなくて……」

「ふむ。なら付いて来てくれ」

「はい」

ウィリアムが向かったのは事前に執事から教えられていた女性に人気だという雑貨屋さんだ。ウィリアムは武器屋には詳しいのだが、他の店は全くと言っていい程知らない。執事はこうなることをある程度見越していたのかもしれない。

「雑貨屋さんですか?」

「ああ。好きに見てくれ」

「ありがとうございます」

「わあっ、綺麗」

スカーレットは雑貨を見て、目を輝かせている。スカーレットからすれば初めて見るものばかりだった。

こんなに嬉しそうなスカーレット初めて見たな。連れて来て良かった。

「欲しいものは見つかったか?」

「はい。ですがやはりお高いですね。私には手が届きそうにありませんし行きましょう」

「待て。どこに行くんだ? 俺が買おう」

「えっ!? で、ですが……」

「婚約者なのだからプレゼントの一つや二つ贈って当然だ」

「今までたくさん頂いていますし」

スカーレットが着ている服は公爵家から与えられている予算で買ったものだ。

「それにお金を使うのは貴族の義務というものだ。我々が使うことで経済が回っていく」

「なるほど……そういうことでしたら、こちらをお願いします」

そう言って栞を差し出す。

「ああ。店主、これを包んでくれ」

「かしこまりました、旦那様」

「ありがとうございます、ウィル」

「いや、他にも欲しいものが見つかったら言ってくれ」


その後、ひとしきり街を見て周ったウィリアムとスカーレットは屋敷に戻った。


「あら? お嬢様、そちらはもしかして」

スカーレットが持っていた袋を見た侍女が声を上げる。

「ええ、プレゼントして頂いたの」

「良かったですね」

「ええ。……でも私、やっぱりこんな恰好似合っていなかったんじゃないかしら」

「どうしてそう思われるのですか?」

「だってウィル、何も言ってくれなかったの」

「えっ、こんな綺麗なお嬢様を見て、ですか!? 信じられない。きっと素敵すぎて言葉が出なかっただけですよ」

「そう、かしら?」

「ええ、そうですよ。そうじゃないなら目が節穴ですね。うちの旦那様は」

「ふふっ、ありがとう」

「いえ、では私はこれで」

そう言うと侍女はそのままの足でウィリアムの元へと向かった。


〜ウィリアムの執務室〜

「旦那様、いかがでしたか?デートは」

「ああ、そうだな。リリカの話しじゃなくても意外と会話が出来るものだな」

「それが普通なのですけどね」

バンッ

「失礼します」

「こら、ノックをしなさい」

執事が注意する。


「すみません。ですが旦那様に申し上げたいことがあって来たんです」

「なんだ?」

「どうして……どうしてお嬢様に何も仰ってくださらなかったのですか!?」

「何の話しだ?」

「お嬢様のあのお姿を見て、何とも思わなかったのですか!?」

「ん?まさか旦那様、何も褒めて差し上げなかったのですかな?」

執事も一緒になって迫られる。

「っそれは……確かに綺麗だとは思ったが……」

「ほほう、そういうことですか」

何かを察したような目で見られている。


「そういうことは一言でもいいですので、きちんと言葉になさらないと。それだからお嬢様も不安がるのですよ?」

「同感ですな」

「なに?」

「今まで女性とまともに接したことないですからね、旦那様は」

「まあ、それは否定しないが……」

「とにかく今からでもお嬢様にお伝えください」

「……分かった」


ウィリアムはスカーレットの部屋へと向かった。


コンコン

スカーレットの部屋に到着したウィリアムは扉をノックした。

「はい」

カチャ

中から声が聞こえ、扉が開いた。


「えっ? ウィル? どうされました?」

「……」

今は見慣れた普段通りの格好だからか特に異変はないな。良かった。

「その、今日の格好、良く似合っていた。綺麗、だった」

「!? あっ、ありがとうございます……」

「あ、ああ、じゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」


変じゃなかったのね。良かったわ。

ずっと不安がっていたスカーレットは一安心した。そして、同時に嬉しさが込み上げて来て、思わず座り込んでしまった。

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