第20話

「ははっ。お前からあんな言葉が出てくるなんてな、後ろで吹き出しそうになったぞ」

先程の会話が聞こえていたらしい。レイリックがジュリアンに対し、リリカのことを「可愛い婚約者」だと言ったことだ。

「……リリカ嬢も素直に受け取ってくれたらいいのにね」

「なに、お世辞だとでも思われたってことか?」

「お世辞というか別方向の勘違いされてる気がするんだよね」

「ふーん。にしてもあのお前が可愛いとはね」

「まだそれ言う?」

レイリックは口を尖らせる。

「だって今まで何に関しても無関心だっただろ、レイは」

「まあ、確かにそうだね。本当に不思議だよ。彼女といると知らない感情が溢れてくる。リリカ嬢がジュリアン皇子と一緒にいるのを遠目から見かけたとき、なぜか心がもやもやして、ああ言わずにはいられなかったんだ。……それに、あの笑顔は反則だよっ。ジュリアン皇子にも見られてしまったし」

レイリックはあの笑顔を思い出し、頬を赤らめている。

「へぇ〜」

ロベルトはにやにやして、レイリックを見ている。

「なんだよ」

これは本当に面白いことになってきたな、とロベルトは思った。

「嫉妬したんだろ、ジュリアン皇子に」

「……これが嫉妬、か」

良い傾向だな、とロベルトは思った。

レイリックは次期国王として周囲から常に完璧な王太子という姿を求められ、育てられた結果、同年代の子供相手にも冷めた態度で接していた。ロベルトが初めてレイリックに会ったときもそうだった。何にも興味がないという様子をすぐに感じ取った。そのことを国王陛下も王妃様も心配されていた。だから、幼馴染の俺を異例の10歳で侍従長に任命した。通常は正式に公務が始まる15歳のときに侍従長が決まる。

「まあ、頑張れ」

そう言うと苦笑いしている。


「それはそうと、帝国がまさかジュリアン皇子を送って来るとはね」

「ああ。それに関しては議論になっているな」

「個人的にはジュリアン皇子でもリチャード皇太子でも良かったんだけどね」

エスフィート帝国でも悪魔の象徴と言われている黒髪黒目を持つジュリアンが送られて来たことが問題なのだ。ジュリアンは先代王妃の息子で本来皇太子となるべき存在だった。いや、昔は皇太子はジュリアンだったのだ。しかし、前皇帝が亡くなってすぐに、容姿を理由にその後に産まれたリチャードを皇太子にと現皇帝が指名したのだ。これはエスフィート帝国民はもちろんのこと、他国民でも誰もが知っている事実だ。

「以前リチャード皇太子とも話したことはあったけれど、ジュリアン皇子の方が優秀だという印象だね。リチャード皇太子は余程甘やかされて育ったのか王族としての自覚がまるでなかった。今は改善されていることを祈っているけどね」


もし、優秀さがゆえにリチャードではなくジュリアンを送ったというのなら、まだ皆も納得出来ただろう。しかし、表舞台に一切出て来ない、国内でも腫れ物扱いされている皇子をこのような場に送り出すなど王国に対する侮辱だ。だからこそ、議論が紛糾している。


「僕としては公務に全く興味がないリチャード皇太子よりジュリアン皇子の方が話しやすい。話して嫌な気持ちになるのなんてあのときが初めてだったよ」

あれは今から7年前のこと、アルマーニ王国とエスフィート帝国との国同士の交流を目的としたパーティーが開かれた。リチャードとは歳が近いこともあり紹介され、挨拶を交わした後のこと、

『父上〜暇だから外行きたい』

と皇帝の着ていた服の袖を引っ張りながら駄々をこね出したのだ。

内心、は?と思った。王族として交流しに来たのならそれに相応しい立ち居振る舞いをすべきだろうと。周りの大人たちもぽかーんとしていた。そして、皇帝はというとパーティーの場でこのような醜態を晒しているにも関わらず、なぜか顔を綻ばせた。何が嬉しいのか全く持って分からない。そして、

『分かった。外に行ってもよい。レイリック王子、息子を頼む』

と言われた。

え……と思ったが帝国との関係を考えると拒否するのは得策ではない。そう思い、引き受けた。庭園まで案内し、この花は何かなど色々と質問され返答し、詳しい説明をしようとしたが、『そういうことは興味がない』とばっさり。何なんだ、この皇子は……。正直、もう関わりたくないタイプだ。


「それならある意味ではジュリアン殿下が来てくださったのは良かったってことか」

「それは、そうだね」

苦笑いを浮かべている。

「何も問題が起きなければいいけど」

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