最終話 結婚式
「夫、リンゼ・アイギスガード」
「はい」
「妻、ユリアナ・シル・アイギス」
「……はい」
「例えこの地が如何なる災厄に見舞われようとも、互いを愛し支え合うことを誓うか?」
「もちろん」
「…………ええ」
どうして、こうなった。
冷静に振り返れ。
あの時は確かに、彼の卒業まであと二年の猶予があったはずだ。
それがどうして、こんなことになっている。
どうして、あれから半年も経たないうちに、豪華絢爛な教会で、結婚式が開かれている。
どうして、ここまでの参列者を集めきってしまっている。
最後尾の椅子まで満席で、立ち見の人々も出してしまっている。
「うう……立派になって……」
「父として誇らしいぞ。リンゼ……」
まだ、あの時切った髪すら、伸びきっていないのに。
どうして、最前列からリンゼのご両親のすすり泣く声が聞こえてくる。
どうして、式場に小さい頃パーティーでしか見なかった親戚方の顔がある。
どうして、お父さまに仕えていた兵や領民たちを始めとした、アイギス領の人々の顔があるのだ。
いや、考えるまでもなく、答えは簡単だ。
私と約束を取り付けたリンゼが、このひと月で騎士になって、アイギスガードなんていう家名を得てしまっただけのこと。
彼が私と約束した直後、アイギス領に向かい路頭に迷う敗残兵や領民たちをまとめ上げただけのことなのだ。
「先輩……いえ、ユリアナ。よくぞここまで、やり遂げてくれましたね」
「……そうだな」
してやられた。
というのも、彼が積極的に私を旗印に掲げてくれるものだから、つい私も調子に乗って、領民たちの指揮をとってしまったのだ。
騎士学校で学んだ兵法や帝王学をフル活用して、つい兵たちの士気を最高潮にしてしまったのだ。
お父さまは領民たちからの信望も厚かったから、敵討ちに燃える領民たちは私たちについてきてしまった。
遅れてきた正当なる血筋の元に、敵軍に浸透されたアイギス領を奪還してしまったのだ。
「では、新たなる夫婦の誕生を祝福するキスをもって、この式典を締めくくりましょう」
うっかりしていた。
そこまでやれば、私のみならずその協力者まで称えられるのはわかっていたはずなのに。
自分が求められたせいか、つい彼の隣で、敵軍を打ち滅ぼしてしまった。
ついうっかり、彼の隣にいすぎてしまった。
「準備はいい?」
「……ああ」
もはや、真っ直ぐと優しくこちらを見据え、首を傾げる彼を止める方法は、存在しない。
少なくとも、私には止められない。
じっとそれを待ち構え、目を伏せてその瞬間を待つしかない。なぜなら……
「その結婚、ちょっと待った!」
私がその瞬間を体験する直前、突如として響いた、扉が開け放たれるような音と共に、式場に強い光が差し込んだ。
その中心に見えたのは、一体の成人男性のシルエット。
「姉さん! あなたほどの実力を持つ人がどうして、そんなどこの馬の骨とも知れない男と結婚するのです! 騎士学校首席で、王族との婚約もかくやと言われていたあなたが、平民の後輩なんかと……どうして!?」
ああ、懐かしい。その声は確か、幼い頃から私を慕ってくれていた彼か。
だがしかし、私はその疑問に対する、純粋でこの上なく協力な答えをもってしまっている。
自分の気持ちに区切りを付けるためにも、ここはひとつ私の口から説明してみせよう。
「すまない、我が弟よ。確かにお前の姉は、期待外れなことをしたかもしれない」
「だったら……!」
「だが」
私はそこで弟から視線を切り、隣に並ぶかつての後輩の、晴天の蒼のように澄んだ瞳をじっと見つめた。
そのまま私は、彼の背中に両手を回して――
「んっ……!?」
「……このように、かつては騎士学校首席だった私も、落ちぶれて後輩のお嫁さんになってしまってな」
ショックを受けたように崩れ落ちているところ悪いが、今の私が対するべきは、隣にいるこの男の方なのさ。
「私はいつも通り、なすべき事を全力でなし遂げるだけだ。もう後戻りはできないぞ?」
誓いの儀式は今、果たされたのから。
そうして、わたしがウインクしてみせると、リンゼはあっけにとられた顔を一気に赤くして、一息置いた後。
「……俺はただ、命を捧げて尽くすだけです。我が君」
気まずそうにしてからそう言ってから、私の方に歩み寄ってくれた。
教会の鐘が鳴り響き、私の意識は口先の甘さに吸い寄せられていく。
==おしまい==
かつては騎士学校首席だった私も、落ちぶれて後輩のお嫁さんになってしまってな ビーデシオン @be-deshion
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