第3話 かかったなリンゼ!
そんなこんなで王都に付いて一晩経ち、温かい暖炉の炎と十分な食事にありついたあと。
「えっと……先輩?」
「殺してくれ」
私は今、床板に頭をこすり付け、リンゼの前に伏せている。
いわゆる土下座というやつだ。
「事情はわかったので、頭をあげて下さい」
「私が頭を上げるのは、首だけになって領民の前にさらされる時だ」
私は私が思っていたよりも生き汚かったらしく、自分で命を絶つことができなかった。
そこでリンゼにお願いしてしまおうというわけである。
今なら、まだ事情を知る知り合いが一人で済む。
ここでなら、まだ誇りのために死ねる。
「……殺せ殺せって、そんなこと言う前に、まず約束を果たしてくださいよ」
「約束?」
はて、何のことだろうか。
「はい、約束しましたよね。無事に帰ってきたら結婚してくださいって」
「ほえ?」
一瞬頭が真っ白になった後、彼の言うことを理解した。
そういえばしてたね、そんな話。
「い、いやいやいや、今は違うだろう!?」
「違いません、先輩は確かに約束しましたし、生きて帰ってきてくれたじゃないですか」
「いやそれは、そもそも行ってないからっていうか」
「どっか行って帰ったならそりゃ生きて帰った判定ですよ」
「それは君の中だけだろう!」
第一、私は君の告白に対してきちんと返事を返したわけじゃないだろう。
そりゃうっかりもちろんとは言ったけど、あれはもちろんダメだとか、もちろん約束できないとかそういう方面にも発展する可能性のある語彙で。
「じゃあ聞きますけど、俺と先輩との約束に他に介入する人が居るんですか?」
「いやそりゃ……お父さまとか」
「お父さま死んじゃったじゃないですか。なんなら昨日国葬でしたよ」
「嘘!? なんで教えてくれなかったんだ!」
「聞かれなかったからです」
心の中に浮かんだ言い訳すら吹っ飛ばす事実を急に伝えてくるんじゃないよ。
要請が届いた瞬間行方をくらませて、親の葬式にすら出ないなんてとんでもない親不孝者じゃないか。
なんならもう部外者じゃないか。
私もう家名名乗っちゃいけないんじゃないか。
いや、だからといってそんなに軽々しくお家を移り住むわけにはいかない。
たしかに君のことはそこまで悪く思ってはいないが、段階をすっ飛ばしてお嫁さんになるわけにはいかない。
そうだな、こういうのは一つ一つ段階を踏んでやっていくべきなんだ。
そうして否定材料を積み重ねていこう。
「だったら……君のお父さまはどうなんだ!? お母さまは! 相手を選べっていわれるんじゃないか!?」
「あ、俺の家平民だからそういうのないです」
「なくても! なんかこう……あるだろ! 伝統とか、両親への挨拶とか!」
「家に帰る度先輩の自慢してたんで、多分好感度マックスですよ? ほら今だってそこのドアの隙間から見てるし」
「えっ!?」
本当だ! ほんの少し開いたドアの隙間から、二段重ねの生首が覗いている!
しかも私と目が合った瞬間一切気まずそうにせずウインクしてきているぞ。
どういうことだリンゼ。君は私の何を彼らに話したんだ。
「まあ、先輩が嫌だって言うなら……しょうがないですけど」
「いや別に、嫌ってわけじゃ……」
まあ確かに、君のことはよく知っているし、頼れないわけではないし、この状況で助けてくれたのが他でもない君であったことは大変うれしく思うけれど……
「まあ!」
「まあじゃない! 見ないでくれ!」
ダメだ、野次馬もいる状況で言い訳を並べてしまったら、ますます焚きつけられてしまう。
私の論に味方する人が存在しないこの場所は、もはや敵地と言ってもいい。
応戦は絶望的。だったら、どうにかして少しでも好条件にもっていかないと。
「それで、どうします? 約束、守ってくれるんですか」
「……いいだろう。だが、条件がある」
「なんでもどうぞ」
なんだその余裕は、私が君の全財産よこせって言ってもあっさり認めてしまいそうな顔は。
そんな顔しても私は容赦しないぞ。
君がそのつもりなら、こっちにもやり方というものがあるんだ。
例え、これから生きていく上でのあてが君のところくらいしかないとしても、私は最後まで自分の誇りを捨てはしない。
「君が騎士になるまでは、結婚は保留にさせてもらおう!」
「いいですよ。では、ひとまずは婚約者ということで」
ふふふ、かかったなリンゼ!
君の騎士学校卒業までは残り二年。
別に私は、お父さま以外に身寄りがないわけじゃないんだ。
親戚や、いっそのこと領地のアイギス伯関係者であればいい。
とにかく、そういう人が私の存在を知れば、まだ生き残っていることを知れば、必ずお家に呼び戻そうとするはずだ。
そうなれば、君との口約束なんてものは、いとも簡単にねじ伏せられてしまうのだよ!
……まあ、もし本当にそうなったら、結構心苦しいのだけれど。
すまないが、これも領民たちのためだ。
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