君をあの自転車に乗せて

須波 まりか

第1話

 自転車にそっと触った。赤い、変則機能もない、黒いカゴに荷台がついているシティサイクル-いわゆるママチャリ?-

とりあえずわたしの愛車に、そっと触った。秋の虫の声が鳴き始めている。日はとっくに落ちたというのに蝉が鳴いていて少しうざったい。気温が高いせいだ。彼らなりの事情というものがあるのだろう。


 乗るのはまだ怖いけど、乗らなきゃだめな気がしたから、自転車で自宅から10分ほどの公園に来てみた。

 ベンチの前で自転車を撫でる。スマホを見たら、可愛くて大好きでちょっと危なっかしい女の子のインフルエンサーがライブ配信を始めたところだった。

 わたしはイヤホンをしてその子に「こんばんは!」とコメントをして配信を見ながら、自転車を撫で続けた。


 「危なっかしい子のライブ配信見てるなぁ、でも可愛いなぁ」


 雄太と一緒に配信を見た時、彼は正直にそう言っていた。わたしの好みを一才否定しない、でも危ないことは注意してくれる。大好きな彼氏。雄太が誕生日プレゼントに買ってくれた自転車。


 配信では緩くてセンスのいい曲が流れて、わたしは少し眠くなる。公園で配信見てたら眠くなっちゃった、とコメントしたら、憧れの彼女は「わたし遠いから助けに行けないし! 家帰って寝るんよ!」と言ってくれた。嬉しくて、ありがとう、とコメントして配信を流しながら自転車に乗った。画面は見ない。ただでさえわたしの自転車運転は危なっかしいんだから。


 雄太は自分の、お気に入りの自転車に乗ってる時に事故って死んじゃった。

 帰ってくるって行ったのに。

 時が止まったはどれぐらいかわからなかったけど、とりあえず雄太が自転車を買ってくれた日から1年が過ぎて、わたしはまたひとつ年をとるらしい。


 帰ったらまだライブ配信が続いていたので、「みよちゃん帰ったー」とコメントした。みよちゃんはよかったよかった! よく休めよ! と言ってくれた。


 この時までは普通に時間が流れていたんだ。

 時空が歪んだのはこの後すぐのことだった。

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君をあの自転車に乗せて 須波 まりか @reinepeche

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