第3章 幸せの形
第15話 必要なのでしょうか
季節が巡って、夏になった。暗くなってきて、涼しい風が入ってきた。
その間も、ジェイデンさんとの仲はそんなに進展しない。何度か顔が近づいてきたけど、何もされない。
僕が勝手に好きになっただけだ。心では分かっていても、辛くて悲しいものだ。
「ゴホッ……」
最近、咳き込むことが増えてきた。そのせいか、ジェイデンさんが前以上に期待をしなくなった。
相変わらず、血を吸ってくれない。吸ってほしいわけじゃないけど、それでも少しは頼ってほしい。
家事をすることも、全て拒否られてしまう。今だって、ベッドに横たわって寝ているだけ。
「僕の価値って、なんだろうか」
口下手だけど、優しいあの人の役に立ちたい。約束通りに家族に会わせてくれる。
それだけじゃなくて、僕の嫌がることはしない。言葉には出してくれなくても、大事にしてくれている。
だけど、何かが違う。来る日も来る日も、ご飯を食べて寝るだけだ。たまに街に買い物に行ったり、中庭でのんびりと過ごした。
でもそれに何の意味があるのかな。ジェイデンさんは、僕が笑うと嬉しそうだ。
逆に僕が泣いていたり、悲しんでいると辛そうにしている。だけど好きとは言ってくれない。
「伴侶って言っていたけど、教会にも行かない」
何をするにも、全て制限されている。トレイターさん曰く、心配していると言っていた。
だけど、こんなの心配なんかじゃないよ。ただ単に縛り付けているだけだ。そこでいきなり、部屋にジェイデさんが入ってきた。
「ルーク、出かけるぞ」
「……はい」
「具合が悪いのなら、無理に行かなくていい。だから、泣くな」
おでこに口付けをしてくれて、抱きしめてくれた。僕が辛い思いをしていると、思うと直ぐに抱きしめてくる。
「笑ってほしい」
優しく微笑むエメラルドの瞳には、誰が写っているのですか。僕以外を見ないでほしい。
僕が何も言わずにいると、何度も何度も僕の顔を見てくる。いつも、僕の顔色ばかりを窺っている。
それが何よりも、可愛いんだよね。そう思う反面もう少し思っていることを、伝えてほしい。
貴方がどんな風に思っているのか、分からない。それなのに、僕から何かを言うことはできない。
「具合悪くないので、出かけたいです」
「そうか……支度をしてくれ」
僕はシャツを掴んで、顔を見上げて笑顔で答えた。すると悲しそうな顔が、一瞬で笑顔になった。
相変わらず、ぶっきらぼうな返答だった。それでも僕が着替えることを、待っているようだった。
僕が服を脱ぎ始めると、顔を真っ赤にして後ろを向いた。いつもこうなんだよね。
耳まで真っ赤になっていて、僕は気にせずに着替えた。薄手のエメラルドの長袖を着た。
ズボンは黒色で、通気性も抜群だ。こんなに素晴らしい服を、着られるなんて夢にも思わなかった。
「あの、終わりました」
「そうか……行くぞ」
手を差し伸べられたから、僕は手を取った。すると嬉しそうに、僕を見つめてくる。
馬車に乗り込もうとすると、頭を撫でられた。僕が驚いて見上げると、優しく微笑んでいた。
「今日は、歩かないか」
「分かりました」
月明かりに照らされた夜道を、手を繋ぎながら歩いた。外は暑くて、虫の鳴き声が聞こえてくる。
少し汗ばんでいる手を、離すことができずにいる。心臓の鼓動が速くなってくる。
ジェイデンさんは、僕といる時ドキドキするのかな。しないよね……アイザックさんが、好きなんだもんね。
「何かあったのか。泣いている」
「あっ……大丈夫です。目にゴミが」
立ち止まって、抱きしめてくれた。僕は胸元に手を置いて、衝動的に見上げた。
腰を支えてくれて、より一層身を寄せ合った。体温をいつもよりも、より一層感じることができる。
心配そうに、エメラルドの瞳で見つめてくる。心臓がバクバク言って、自然と顔が近づいてくる。
目をギュッと閉じると、おでこに口付けをされた。静かに目を開けると、少し悲しそうに微笑んでいた。
「行こう」
「……はい」
もう一度手を取って、無言のままに歩き出した。まただ、口付けをするのかと思った。
それなのに、絶対にしてこない。僕じゃやっぱ、代用品にもなれないのかな。
僕は一体何のために、この人の隣にいるのかな。家族のためとはいえ、こんなの辛すぎる。
いっそのこと、血を吸われて痛い思いをした方がマシだ。只の道具として扱われる方がマシだ。
「着いたぞ」
「牧場……ですか」
「馬は嫌いか」
僕が首を横に振ると、肩を抱き寄せてくれた。咄嗟に見上げてみると、僕を見て微笑んでいた。
月明かりに照らされて、エメラルドの瞳がいつもよりも綺麗だった。
僕が思わず手を伸ばすと、掴まれた。嫌だったかと思い、引っ込ませようとした。
「どうした? 触らないのか」
「あっその……嫌なのかと」
「何故だ」
真っ直ぐに見られて、僕は急激に恥ずかしくなった。腰を支えられていて、体が密着している。
触わるわけには、いかない。僕はアイザックさんの、代用品でしかないのだから。
今となっては、それすらも怪しい。使用人というわけでも、血を吸うわけでもない。
――――貴方にとって、僕は必要なのでしょうか。
「僕は……だいよ」
「お二人さん、そんなところにいないで。乗らないのかい」
牧場の方に声をかけられて、僕は言葉を紡ぐのをやめた。ジェイデンさんが、訝しげに見ている。
それに気がつかないふりをして、僕はニコリと微笑んだ。すると、直ぐに笑顔になって見つめ合った。
馬に乗ることになって、準備を進めた。考えてみたら、乗ったことがないから不安だ。
「乗らないのか」
「あっ……僕はいい」
「来い」
先にジェイデンさんが乗って、早く乗るようにと言われた。僕が断ろうとすると、手を差し伸べられた。
その手を取ると、ヒョイっと引っ張られた。怖くて目を瞑ってしまったが、背中から伝わってくる体温が暖かい。
「目を開けろ」
「で……も、怖いです」
「私を信じろ」
耳元で囁かれて、息がかかってくすぐったい。おそるおそる目を開けると、遠くの景色まで見渡せた。
夜ということもあり、街灯の灯りが綺麗だった。僕が景色に見惚れていると、静かに歩き出した。
「怖くないか」
「はい……怖くないです」
「そうか……よかった」
後ろを向くと、僕を愛おしそうに見つめていた。エメラルドの瞳で、見られると心臓が煩くなってしまう。
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