第16話 舐めたい
僕は前を向いて、景色に集中する。初めて馬に乗ったはずなのに、この景色覚えている。
二人で乗らずに、一人ずつで乗った。並走して、競走したような気がする。
おかしい……そんなことあるはずないのに。夢か何かを記憶と間違えている。
「ーク……ルーク」
「あっ、はい! うわっ」
「危ないっ! 急に動くな」
「す……すみません」
「私こそ、大声を出してすまない」
違うことを考えていると、不意に名前を呼ばれた。驚いてしまい、体を動かしてしまった。
そのせいで、バランスを崩してしまった。危うく、落馬してしまうところだった。
間一髪のところで、ジェイデンさんが上手く軌道修正してくれた。怒っているようで、謝った。
僕が悪いのに、優しく微笑んでいた。安堵のため息をついていて、息が耳にかかってくすぐったい。
それから優雅に乗馬をして、僕たちは次の目的地へと向かっていた。僕のペースに、合わせて歩いてくれている。
申し訳ないように感じて、俯いてしまう。僕がもう少し、早く歩ければいいんだけど。
「花は好きか」
「はい。人並みには」
「そうか」
会話が少ないけど、僕のためだと思っていいのかな。自惚れかもしれないけど、そうだと嬉しいな。
牧場から少し歩いた先に、庭園があるそうだ。僕たちは手を取り合って、中に入った。
「わあああ……綺麗」
そこには、日常とは違う風景が広がっていた。芸術的に、刈り込まれたトピアリーが見えた。
うさぎやクマや、シカや馬などの動物たち。整然と並ぶ幾何学的な花壇、豪華な見晴らしだった。
「気に入ったか?」
「はいっ! すごーい」
こんな景色初めて見たから、嬉しくなった。笑顔で返事すると、嬉しそうに微笑んでいた。
エメラルドの瞳が、綺麗すぎて直視できない。僕はしゃがみ込んで、ハーブや小花が咲いている庭を見る。
僕の隣にしゃがんで、一緒に見始めた。正直、気温もあってか暑くて集中できない。
指で襟元を摘んで前後に振って、胸元に涼しい風を入れた。するとジェイデンさんに、手首を掴まれた。
「人前ではやらない方がいい」
「分かりました」
顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。耳まで真っ赤になっていて、暑いのかなと思った。
足が痺れてきたから、立ち上がった。するとジェイデンさんも、立ち上がった。
「ゴホッ……」
「疲れたのなら」
「僕はもっと見たいです」
そう言って微笑むと、嬉しそうにしていた。それから僕たちは、噴水や池などを見て回った。
どこも素晴らしく、勉強になるなと思った。お屋敷も中庭だけでなく、木々の手入れもしたい。
だけど、勝手に決めるわけにはいかないよね。居候の身で勝手な行動は、怒られてしまう。
「うわっ!」
「危ないっ!」
僕は足元に伸びていた木に足を、引っ掛けてしまった。そのせいで、転けてしまった。
ジェイデンさんが助けてくれたから、何処も打たずに済んだ。それはそれとして、草木が生えている所に押し倒されてしまった。
顔が間近に合って、唇と唇がくっつきそうな位置にあった。お互いに顔を真っ赤に染めて、違う方向を見る。
「怪我はないか」
「僕は怪我してな……指が」
「ああ、こんなのはかすり傷だ。大した事はない」
指に傷がついていて、血が少し出ていた。自分でも驚くことに、その血を舐めたいと感じた。
しかしそんなのは、おかしい。深呼吸をすると、ジェイデンさんが優しく起き上がらせてくれた。
「ルーク……無事でよかった」
「ありがとうございます」
優しく抱きしめてくれて、安堵のため息を漏らしている。暫く抱きしめ合ってから、僕たちは立ち上がった。
手を差し伸べられて、手を取ると喜んでいた。月灯りに照らされて、お花たちよりも綺麗に思えた。
最後に、バラがアーチ状になっている中を通り抜ける。赤やピンクや白などの色とりどりのバラで、心が癒された。
「ルークは、バラが好きか」
「はい。何故か、昔から見ると落ち着くんですよ」
「そうか……よかった」
言葉とは裏腹に、少し悲しそうにしていた。何となく、ジェイデンさんがいつも言っている言葉の意味が分かった。
――――笑顔の方がいい。
ジェイデンさんには、笑顔でいてほしい。好きだから……同じ気持ちで、いてくれているのかな。
そうだったら、嬉しいな。大量のバラを見て、僕は心の中で呟いた。
「さて、では次に行くか」
「あっ、はい」
僕の歩くペースに合わせてくれて、歩きづらそうにしている。僕が少し早く歩くと、驚いて立ち止まった。
「無理はするな」
「僕なら、だいじょ」
「辛い時や嫌な時に、大丈夫と言うな。俺は言われないと、分からない」
頬を触って微笑んでくれた。いつもは私と言うのに、今俺って言っていた。
何となくいつもと、雰囲気が違って見えた。どんなジェイデンさんでも、僕は好きだと思う。
だけど何となく、今の雰囲気の方が柔らかく見える。僕のことを、考えてくれているのが分かるからだ。
「分かりました。でも僕なら、だいじょ……あっ、えっと」
「無理して口癖を変えなくていい。これから、何十年とまだ時間はあるんだ」
優しく微笑まれて、嬉しくなった。この人は当たり前に僕といる時間を、夢見てるんだ。
――――アイザックさんの代用品なんかじゃないのかな。
目元を手で拭われて、愛おしいものを見る表情で見つめられた。周りに人がいなくて、僕たちだけの空間だ。
静かに顔が近づいてきて、僕は目を閉じた。腰を支えられて、唇が優しく触れ合った。
初めてなのに、この感触を覚えている。とてつもなく、懐かしい感じがした。
「すまない……勝手にして」
「その……謝らないで下さい」
顔を見上げて言うと、急に抱きしめられた。謝らないでほしい……僕はしてほしいって、思ったんだから。
顔が真っ赤になっていたけど、どうしたのかな。夜とはいえ、暑いもんね。吸血鬼って、暑さに弱いのかな?
腕を背中に回すと、ほんのりと汗で濡れていた。暑いのかなと思って、名残惜しかったけど離れた。
「その……暑いので、移動しましょう」
「そうだな」
少し寂しそうな表情を浮かべていた。しかし僕が思ったことを口にすると、嬉しそうにしていた。
頭を撫でてきて、くすぐったい。僕たちは手を取り合って、目的地へと足を運んだ。
宮廷らしく、僕は尻込みしてしまう。気軽に来れる場所でなく、不安に苛まれてしまう。
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