第13話 強がるな

 自然と涙が、頬を伝ってしまう。どうしたら、ルークはお前みたいに笑ってくれるんだ。


「笑顔が見たい」


 たったそれだけだ……他には、何も望まない。ルークの笑顔が見れれば、俺はそれだけで生きていく希望が持てる。

 裏庭へと続くドアが開いて、ルークが入って来たようだ。直ぐに涙を服で拭って、声をかけた。


「どうしてここが」

「あの……何となくです」

「そうか……」


 ルークはアイザックの墓に気がつくと、跪いた。両手を合わせて、目を閉じる。

 何故か静かに涙を流していて、俺まで辛くなってしまった。後ろから抱きしめると、久々の体温に芯から暖まるような気がした。


「僕よりも、家族に渡して欲しいです」

「分かった……相変わらずだな」


 欲しいものがあるのなら伝えて欲しい。自分のことよりも、家族を優先していた。アイザックもそうだったな。

 いつも自分よりも、俺のことを優先していた。だからこそ、吸血鬼化のことを相談できなかったのだろう。


 だからこそ、今回はなんでも相談できる間柄になりたい。お前の不安を全て、取り除きたい。


「こんな感じでいいだろうか」


 ルークが食事をしている間に、荷物を全部運んでおいた。少しでもルークの負担を減らしたい。

 食堂に行くと、家事をしたいと言ってきた。そんなことはしなくても、いいんだ。


 ルークは俺の言葉に、何やら傷ついている様子だった。どう声をかけるべきか悩んでしまった。

 そのうち、部屋に戻って行ってしまった。無理はしないで欲しいんだ。


 アイザックは、無理をしすぎて手が赤くなっていた。埃にも弱くて、咳き込んでいた。


「吸血鬼化もあっただろう」

「お気持ちは分かりますが。ジェイデン様は、言葉が足らないです」

「そうか……謝ってこよう」


 トレイターに言われて、俺はルークの部屋へと向かう。入ると静かに寝ているようで、そっとベッドの脇にある椅子に座った。

 前までは、アイザックの部屋だった。いつまでも、アイザックに囚われてはいけない。


 そんなこと、あいつは望んでいない。それは分かっていても、あの笑顔を思い出してしまう。

 頭を撫でると、嬉しそうにしている。笑顔も、こういうふとした仕草も同じだ。 


 だけど、違う人間なんだ。分かってはいるが、どうしても重ねてしまう。

 気がつくと寝てしまったようで、視線を感じた。目を開けると、ルークが泣きながら俺を見ていた。


「起きたか……何故、泣いている」

「あっ……なんでもなっ」

「私の前では、強がるな」


 優しく目元を拭いて、抱きしめた。類似点も多いが、それでもアイザックとルークは別人だ。

 そのことを、しっかりと肝に銘じておかないといけない。同じように接しても、同じには捉えない。


「……もう、僕なら大丈夫ですから」

「そうか……もう少し、休んでいろ」


 おでこにキスをすると、嬉しそうに微笑んでいた。優しく寝かして、そのまま部屋を後にした。


 大丈夫か……アイザックも、よく大丈夫って言っていた。今思えば、大丈夫なんかじゃなかったのだろう。

 あの時の俺は、そのことに気がつかなかった。きっとアイザックなりの、救援信号だったのに。


「目元が腫れていたな」


 目元の腫れを引く方法を、トレイターに教えてもらった。お湯を沸かして、水で少し薄める。

 布を入れて、絞って目元に置くそうだ。アイザックが、好きだったスープの作り方も教わった。


「世話が焼けますね」

「迷惑をかける」

「今更ですよ」


 相変わらず毒舌だが、しっかりと教えてくれた。匂いはいいのだが、味の方はどうなのだろうか。

 人間の食べるものは、吸血鬼は食べれないからな。味見もできないから、確認のしようがない。


 トレイターが良いというのなら、美味くできたのだろう。トレイターはそそくさと、キッチンを後にした。

 するとそこに、ルークが不安そうに入ってきた。気まずそうにしていたから、俺は声をかけることにした。


「あの……ぼ」

「座れ」


 椅子を引いて、座るように促した。座ってくれないのだろうか……両手を合わせて、モジモジしてしまう。


 もしかして、また俺は言い方を間違えたのだろうか。不安に思っていると、座ってくれた。

 よかった……大丈夫だったみたいだ。嬉しくなってしまって、舞い上がってしまう。


「目を瞑れ」


 俺が言うと、静かに目を閉じてくれた。適正温度のお湯に、布を入れて絞る。

 目に置くと気持ちよさそうにしていた。しかし油断が禁物だと思い、おそるおそる聞いてみる。


「……どうだ」

「気持ちいいです」

「……そうか」


 よかったと、安堵のため息を漏らしてしまう。これで少しは機嫌が、良くなると良いんだが。

 それはそれとして、この口だけ見えている状態は非常にまずい。口付けをしたくなってくる。


 自然と顔が近づいてしまうが、直ぐに離した。ダメだ……アイザックとは恋仲だったが、ルークとは違う。

 伴侶とは言ったが、あくまでも俺の一方通行だ。ルークの気持ちを考えて、我慢しないといけない。


 見つめていると、何やら微笑んでいた。笑顔を見せてくれて、俺は嬉しくなってしまう。


「いいことでもあったのか」

「えっ……」

「笑っていたから」


 布を取ると、目元の腫れは引いていた。目元を優しく触って、微笑んだ。

 目が合うと段々と、ルークの顔が真っ赤になった。目元を温めて、血行が良くなったのだな。


「……腫れは引いたな」

「えっ……」

「泣いている顔よりも、笑ったほうがいい」


 お前にはずっと笑っていてほしい。作り笑顔じゃなくて、本当に心からの笑顔が見たい。

 スープを注いで目の前に置くと、喜んでいるようだった。多くの笑顔を、見せてくれるようになったようで嬉しい。


「これを飲め」

「いい匂い……」


 熱くないだろうか……少し経ったから、ちょうどいい温度になっているはずだ。


 味見ができれば、一番いいのだが……。飲まないのだろうか、見ているだけで飲んでくれない。

 スプーンを手に取ってくれて、飲んでくれた。表情的には、微妙な顔をしている。


「美味いか……」

「お、いしいです」

「そうか」


 思っていたよりも、美味くできたようだ。飲み干してくれて、嬉しくなってしまった。

 それと同時に、謝るべきだと思った。酷い言い方を、してしまったようだったから。

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