第11話 無能の皇子

「どうか気を落とされぬように」

「ああ……感謝する」


 司祭の計らいで、屋敷の中庭に墓地を設置することができた。アイザック・ロードナイトと、彫ってもらえた。


 トレイターが、事の顛末を知って酷く落ち込んでいた。俺ほどではないが、二人も仲良さそうだった。


「そんなことがあったとは」

「ああ……」

「ワタクシもその場にいられたら」

「気に病むことはない。全ては、私の責任だ」


 トレイターが微笑んでいたが、特に意味はないだろう。それから俺は、血が怖くなってしまった。


「無能の皇子」


 そう言われるようになった。血を吸うことが嫌いになって、血の味すらも嫌いになった。


 それでも、血を吸わないわけにはいかない。本当は俺も後を追おうとしたが、司祭が教えてくれた。


「輪廻転生があります。貴方様は、吸血鬼です。いつか、生まれ変わって会えるでしょう」


 それまで、辛抱することに決めた。司祭は俺が困らないようにと、代々このことを言い伝えてくれることになった。


 司祭曰く、転生は早くて五年ぐらいらしい。俺にとっては、そんな時間はあっという間だ。


 来る日も来る日も、俺は中庭に通い詰めた。アイザックのことを思い出しては、涙が止まらない。


「アイザック……また、会えるよな」


 俺の問いかけに、答えてくれるものはいない。それでも雨の日も、雪の日もどんな日でも俺は待ち焦がれていた。


 五年なんてものはとうの昔に、過ぎてしまった。何年ぐらい経っただろうか。月日が流れ、我々吸血鬼にとっては一瞬だった。


 しかし人間にとっては、かなりの年月が過ぎてしまったようだ。トレイターの話によると、百年以上だそうだ。


「何かしらの理由で、転生できないんでしょう」


 あの時の司祭の子孫に聞きに行くと、そう言われてしまった。俺は項垂れてしまって、屋敷へと帰った。


「雪華草か……」


 墓石を眺めていると、不意にその名が浮かんできた。探して、願い事を言おう。俺の願いはたった一つだけだ。


 ――――アイザックに会いたい。


「今度こそは、間違えない」


 そうは言ったものの、どこに生えているのか分からない。言い伝えによると、『白く透明な願い』らしい。


 意味は分からないが、俺はとにかく探すことにした。この百年の間に、状況は一変してしまった。


 兄が正式な跡取りになった。俺は最初から、跡を継ぐ気なんてさらさらない。


「さて、探すか」

「気をつけて」

「ああ」


 トレイターに背中を押されて、俺は一人で探すことに決めた。山を歩いていると、山間部から知らない村が見えた。


 なんとなくだが、そこに行くべきだと感じた。雨が降ってきて、そこで吸血鬼に囲まれていることに気がついた。


「何者だ」

「無能の皇子よ。ここで、くたばれ!」


 いきなり攻撃されて、俺は間一髪のところで避けることができた。しかし運悪く足を滑らせて、落ちてしまった。


 ――――アイザック……。


 あの笑顔がもう一度、見たいだけなのに。気がつくと、俺は誰かに上から見られていた。


「アイザック……ん……お前は」

「あっ……僕は、ルークです」

「ここ……は」

「ぼ……くの家です。倒れていたので、お連れしました」


 黒髪じゃなくて、茶髪だ。綺麗なサファイアのようなつぶらな瞳に、まだ幼さが残る顔立ち。

 見れば見るほど、美しく見える。間違いない。間違えるはずがない。


 ――――アイザックの生まれ変わりだ。


 俺は嬉しくなって、微笑んだ。すると顔を真っ赤にして、目を逸らした。

 耳まで真っ赤になっていて、似ている。瓜二つと言っていいだろう。やっと会えたんだ。


 目を閉じると、一生懸命に看病をしてくれていたようだ。薄目で見てみると、顔が真っ赤になっていた。


 ――――可愛くて、涙が出そうになった。


 白湯を、飲ませてくれた。体が芯から暖まる。全てが愛おしく見える。


「すまない……」

「大丈夫ですよ。困った時は、お互い様です」

「んっ……そうか」


 安心したら急激に眠くなって、気がつくと夜も更けていた。目を覚ますと、ベッドの横で寝ていた。


 頭を撫でると、気持ち良さそうにしていた。俺に抱きついてきて、しがみついてくる。


 前髪をかき分けると、左目の下にホクロがあった。

 こんなところまで、一緒なのだろうか。ベッドに寝かせて、おでこに口付けをした。


「痩せている」

「あのっ……」

「俺は帰ります。お世話になりました。また明日、伺います」


 お母様に頭を下げて、家を後にした。屋敷に戻ると、多数の吸血鬼がトレイターと話していた。


「ジェイデン様」

「アイザックの生まれ変わりが現れた」

「それは、本当ですか」

「ああ、間違いない。明朝、挨拶に行く」


 俺は急いで、準備を進める。ルークが住むために、このアイザックの部屋を掃除しないとな。

 この百年間、掃除していた。しかし念には念を入れて、掃除をしないとな。


 生まれ変わりとはいえ、また一緒に住めるのが嬉しくて仕方ない。アイザックの好きだったバラを用意しよう。

 次の日。俺は多数の吸血鬼と共に、ルークの家に向かった。喜んでくれると、思っていた。


「ルーク、迎えに来た」

「えっ……」


 驚いているようだが、俺はルークの前に跪いた。他の吸血鬼も、同時に跪いた。

 ルークは慌てた様子で、俺に声をかけてきた。ああ、やっとこの日が来たんだ。


「ジェイデンさん! 顔を上げて下さい!」

「ジェイデン・ロードナイトの名において、其方を伴侶として迎えに来た」


 途中要らない邪魔が入ったが、そんなことはどうでもいい。俺には、お前さえいてくれればいいんだ。


 左手を握って微笑むと、顔を赤らめていた。そのまま薬指にキスをして、上目遣いで見る。

 心臓が煩いぐらいに、高鳴っている。今回は間違えない。絶対に、お前を幸せにする。


「もう一度言おう。ジェイデン・ロードナイトと伴侶になってほしい」

「でも……僕は男で」

「構わない。私は、ルークがいい」


 即座に、了承してくれるものだと思っていた。俺は覚えているが、ルークは覚えていないのか。


 その方がいいのかもしれない。殺されたなんて、思い出したくないだろう。

 泣きそうになるのを必死に堪えて、俺は必死に懇願する。


「その……気持ちは嬉しいのですが……家族のことが心配ですので」

「分かった……こうしよう。私と伴侶になってくれたら、家族の身の安全は保証しよう」


 これでも、手を取ってくれないのだろうか。俺の一方通行の愛は、ルークには必要ないのかもしれない。

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