第10話 婚姻関係
「アイザック……愛してる」
「なあに? 突然」
「俺の素直な気持ちだ……嫌か」
「嬉しい……俺も、ジェイデンを愛してるよ」
俺たちは目を見て、微笑み合った。俺はしゃがみ込んで、そっと口付けをした。
幾度となくこの行為をしているが、アイザックはいつだって恥ずかしそうだ。
「ゴホッ……」
「最近、咳が多いな」
「うーん。なんだろ? 大したことないでしょ」
「何かあったら、言えよ」
「……うん」
俺の言葉に一瞬アイザックは、目を逸らした。直ぐに俺を見て、首筋を見せてきた。
これは血を吸ってもいいとの、無言の合図だ。俺が首筋を舐めると、愛らしい声を出した。
「んっ……早く」
「いくぞ」
アイザックが頷いたのを確認してから、俺はかぶりついた。他の誰の血よりも、甘美で優雅な味がする。
アイザックは静かに、涙を流していた。痛いのかと思い、涙を舐める。
流れに身を任せるままに、体を重ねあった。今まで、幾度となく夜を共にした。
この時のアイザックは、いつもと少し違うように見えた。
――――今思えば、この時の違和感に気づくべきだった。
「ゴホッ……」
「またか……医者に見せるぞ」
「いい……よ……医者は嫌いだ」
「しかし」
あれから二度の年が開けて、今は凍てつくような寒さだ。アイザックの体調は、悪くなる一方だった。
毎日のように咳をしては、食事の量も減っていた。健康的な状態に、やっとなったと思っていた。
しかしまたもや、出逢った頃みたいに痩せてしまった。最近では、寝込むようになった。
人間の時の流れと、我々吸血鬼は違う。もしかして、血を吸うことがよくないのではないか。
そう思った私は、吸うのを我慢していた。非常用の血液もあるため、それで代用していた。
「ジェ……イデン」
「寝ていろ」
俺は食堂で、一人で非常用の血液を飲んでいた。するとそこに、顔色が悪いアイザックがやってきた。
よろけてしまって、俺は慌てて抱きしめる。最近、益々衰弱しているように見える。
医者に見せようとしても、頑なに首を縦に振らない。無理に見せようとすると、暴れてしまう。
アイザックは俺の首に、腕を回してきた。嬉しそうにしていたが、目の焦点が合っていない。
綺麗なサファイアの瞳が、赤く充血している。それどころか、瞳自体が赤くなっているようにも見える。
そこで母のことを思い出した。死期が近いのだと、瞬時に理解した。
「お願い……教会に連れて行って」
「それは、聞いたのか」
「うん……婚姻関係になりたい」
吸血鬼の世界では、教会でプロポーズをして了承すると婚姻関係になる。意味としては、吸血鬼は十字架が嫌いだ。
それでも相手のために、我慢して永遠の愛を誓い合う。身の焦げるような激痛に襲われるが、愛のために成し遂げるんだ。
俺は優しく抱きしめて、泣きそうになるのを我慢した。歩くこともままならないアイザックを、連れて教会へと向かう。
「着いたぞ……アイザック?」
「あああ! 血を」
急に叫び出したかと思うと、血と言い出した。こんな時にも、吸えと言ってくるのか。
俺はひとまず教会の中に入った。それだけで、身の焦げるような感覚がしてくる。
何事かと、中にいた人たちが見てくる。俺はゆっくりと座って、抱きしめる。
「病気か何かかな」
「おそらく……」
「吸血鬼ですよね。ここに長居しては」
「俺はいい……アイザックが」
司祭に声をかけられて、心配してくれているようだった。流石、神の遣いとでも言うべきか。
胸元には、綺麗なエメラルドのブローチが付いていた。
慈悲深いようだ。そんなことよりも、アイザックの様子が明らかに、おかしい。
顔色が悪いだけでなく、息も荒くなっていた。よく見ると、小さな八重歯があった。
綺麗なサファイアの瞳は、紅く濁っていた。この症状はまさか……。
――――吸血衝動か。
「お連れ様は、吸血鬼ですか」
「バカを言うな! 人間だ」
「しかし……とにかくここは」
「うわあああ! 血を血を!」
司祭が近づいてきた瞬間、アイザックが掴み掛かろうとした。俺は必死に抑えこんだ。
間一髪のところで、司祭に怪我はなかった。その様子を見ていた他の人たちが、逃げ惑う。
必死に押さえ込んだが、教会のせいで力が弱まっていた。このままだと、本能のままに人間を襲ってしまう。
「アイザック! 目を覚ませっ!」
「うあわああ! 血を血を飲ませろっ!」
「なんで、こんなっ!」
司祭は腰を抜かしたようで、動けずにいた。このままでは、襲ってしまう。
絶対にそれだけは、阻止しないと。婚姻関係を結びたかっただけなのに、何故こんなことになったんだ。
「血を吸われていたことによる、吸血鬼化かもしれないですよ」
「そんなことがっ! うぐっ……」
「耐性がない人間は、そうなるそうです」
司祭の言葉を聞いて、俺は愕然としてしまう。このアイザックの変わりようは、俺のせいだったのか。
必死に抑えこんでいたが、爪で頬を切られてしまう。すると今度は、俺に襲いかかってきた。
馬乗りにされて、凄い力で抑えつけられた。弱まっているせいか、抵抗することができない。
「血を血を! 飲ませろっ!」
「アイザック!」
俺の頬に伝っている血を飲んで、少し大人しくなった。すると少しずつ、目の色が元に戻った。
頭を撫でると、嬉しそうにしがみついてきた。目に大粒の涙を浮かべていた。
涙を舐めると、悲しそうに俯いてしまう。俺に抱きついてきて、静かにか細い声で呟いた。
「ころ……して」
「出来ない! お前を……失いたくない」
「このまま、人間でいられないぐらいなら……殺されるなら、ジェイデンがいい」
「分かった……最後に笑顔を見せてくれ」
俺の好きな微笑みを浮かべてくれて、お互いに見つめ合った。サファイアの瞳が、いつにも増して綺麗に見えた。
自然と口付けをして、頭を撫でる。いつものように、嬉しそうに擦り寄ってくる。
「ありがとう……愛してる」
「俺もだ……幸せをありがとう。永遠に愛してる」
俺は腰に差してあった剣を、アイザックの首筋に突き立てた。鈍い感触と、暖かい血が流れた。
即死だっただろう……。アイザックは笑っていて、俺の好きな笑顔だった。
アイザックを抱きしめながら、俺は後悔の念に苛まれた。溢れ出てくる涙を、止めることが出来なかった。
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