第9話 雪華草
「可愛いからです」
眉毛ひとつ動かさずに、言うものだから何も言えない。ため息が出そうだったが、俺たちは父が用意してくれた屋敷に到着した。
屋敷の前に行くと、水ぼらしい格好をした少年が立っていた。黒色の髪は無造作に伸びていて、靴も履いていなかった。
門の前にいて、遠くの景色を見つめていた。それなのに、何故か心がこの人だと教えてくれた。一目惚れだったのだ。
――――これが、アイザックとの出逢いだった。
「お兄さんたち、ここの屋敷の人?」
「そうだが」
「ジェイデン様。言い方を気をつけて下さい。高圧的にならないように」
「すまない……そんなつもりは」
トレイターに指摘されて、自分が高圧的な態度をとっていたことに気がついた。
しかしこんなにも、誰かに心が奪われることなんて初めてだった。俺たちの言葉を聞いて、少年は笑っていた。
「あんたら、面白いね! 俺はアイザックだ」
「ジェイデン・ロードナイトだ」
「お世話係のトレイターです」
そんな風に自己紹介をすると、アイザックが両腕を摩っていた。俺は寒いのかと思い、羽織っていたマントを羽織らせた。
靴を履いていないからか、両足は赤くなっていた。霜焼けからか、血も滲んでいるようだった。
「ありがとう」
俺を見て優しく微笑んでくれて、心が暖かくなった。それと同時に、血の匂いに少し眩暈がした。
酷く甘美で吸血鬼なら、欲しくなる匂いだった。俺は深呼吸をして、邪念を振り払った。
そして横抱きをすると、顔を真っ赤にしていた。やはり、寒いのかと思った。
「えっ……あっ……えっ」
次の瞬間、アイザックはじだばたと拒否し始めた。俺は突然のことで、驚いてしまう。
「俺を何処に!」
「屋敷の中だ」
「血を吸うのか……嫌だ!」
「ジェイデン様。説明をしなければ」
トレイターに言われて、アイザックが震えていることに気がついた。吸血鬼に連れて行かれるということは、人間には怖いことだ。
失念していた……。そんなつもりは、一切なかった。痛いだろうと、寒いだろうと思っただけだった。
「すまない……ただ、雪が降ってくるから」
「はあ……寒いから暖を取るように。だそうです」
「ああ……俺としたことが、勘違いを」
「勘違いさせるようなことをしたジェイデン様が、悪いです」
散々な言いようだったが、トレイターの言う通りだと感じた。俺が困っていると、アイザックが俺のことを見上げていた。
そのため、不思議に思い見つめてみる。伸びている髪で、気がつかなかった。
とても綺麗なサファイアのつぶらな瞳に、まだ幼さが残る顔立ち。
左目の下にホクロがあった。見れば見るほど、美しく見える。
すると段々と、顔が真っ赤になった。雪も降ってきそうだし、寒いのだろう。
体が冷え切っていて、人間には耐えることができないだろう。トレイターに目配せすると、門を開けたようだった。
「一人で歩けるから……」
「いいから、大人しくしろ。これ以上怪我されたら、迷惑だ」
俺の言葉にアイザックは、項垂れてしまった。体を振るわせながら、腕の中にいた。
傷ついた顔をしており、俺はまた間違えたのかもしれない。それにしても、痩せすぎていて心配になる。
「……心配だから、身を任せるようにとのことです」
「ああ……そういう」
俺の口下手は、相当なものらしい。しかし他の者には、こんなことは言わない。
何故か、アイザックを前にすると素直に言えない。家の中は綺麗になっていて、トレイターが整備してくれたみたいだ。
食堂に行くと、暖炉があった。その前に座らせて、シーツを後ろからかけた。俺の靴を適当に履かせた。
「俺、迷惑じゃ」
「外は雪が降っている」
「心配だからここにいろ。だそうです」
トレイターが暖炉に火をつけつつ、解説してくれた。俺は何か温かいものでもと、キッチンに向かおうとした。
すると、俺のズボンを引っ張ってきた。見てみると、心配そうに見上げていた。
俺は愛らしいなと思い、跪いた。すると恥ずかしそうに、そっぽを向いてしまう。
「何か用事か」
「今日だけでも、ここに泊めて下さい」
「ここにいろ」
ぶっきらぼうに言うと、嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔が、とてつもなく光り輝いていた。
アイザックは、自分のことを多くは語らない。誰でも、言いたくない過去の一つや二つあるだろう。
そのため、俺は敢えて聞くことはなかった。過去よりも未来に、目を向けるべきだと思ったからだ。
それから俺たちが、恋仲になるのに時間はかからなかった。冬になって、アイザックと中庭で身を寄せ合っていた。
中庭が大層気に入ったようで、いつもここに来ている。見つからない場合は、必ずここにいるんだ。
「
「せっか……そう?」
「冬の間だけ、咲いている花なんだよ」
アイザック曰く、珍しい花だそうだ。白く輝いていて、宝石みたい。
百年に一度だけ咲くらしく、幸運を呼ぶと言われている。伝説上のもので、なんでも一回だけ願いが叶うらしい。
「ちょっと! どこに行くの!」
「見つけてくる」
「そんなのいいよ。いつ咲いているのか、分からないし」
「そうか……」
軽く触れるだけの口付けをして、微笑み合った。こんな穏やかな時が、これからも続いて生きますように。
冬が過ぎて、暑い季節が巡ってきた。ここら辺の地域は、冬と夏しかない。
その頃には、俺の口下手にも慣れてきたようだ。最近では、俺の言いたいことが分かるようになったらしい。
「ジェイデン! 屋根裏部屋があるよ」
「見たいのか」
「見たい!」
屋根裏部屋が見たいとはしゃいでいる姿は、本当に愛らしい。俺が頭を撫でると、嬉しそうにしている。
「ゴホッ……」
「具合でも」
「大丈夫! 埃のせいだね」
中に入ると、埃が凄くて咳をしていた。この時は、単純に埃のせいだと思っていた。
二人で掃除をすると、見違えるぐらいに綺麗になった。その頃には、既に外は暗くなっていた。
窓を開けて、窓辺に座る姿は美しかった。俺が見惚れていると、手招きをされた。
近くに行くと、抱きつかれた。頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄ってくる。
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