第7話 宝物

 歩いていく後ろ姿を見ると、耳まで真っ赤になっていた。僕が差し伸べられた手を、拒んだと思ったのかな。


 ――――可愛いな。


 街中に入っていくと、人混みが凄かった。吸血鬼は珍しくないので、特に気にも留められていない。

 それにしても、歩くのが早くて着いていくのがやっとだ。身長も僕と比べて、頭ひとつ分以上違うから。


「あっ……すまない」

「だっ……はあ……いじょうぶ……で」

「無理はするな」


 僕が無理をしているのに、気がついたようで止まってくれた。僕が息を整えるのを、待ってくれている。

 落ち着いたのを確認すると、優しく微笑んでいた。とある露店の前に行って、色々と見て回っていた。


「ふむ……」


 色々な品物を見て、僕を見てまた見ている。変な人だな……そう思って、辺りを見渡した。


 するとアメリアに、似合いそうな白い洋服を見つけた。その隣には、母さんに似合いそうな髪飾りを見つけた。

 値段を確認すると、僕には絶対に買えない金額だった。諦めるしかないか……ため息をついた。


「……それとこれをくれ」

「それって……」

「必要なものなのだろう」

「ありがとうございます」


 僕が見ていた商品を、何も言わずに買ってくれた。僕が素直にお礼を言うと、顔を真っ赤にしていた。

 他にも色々な品物を買ってくれた。少しでも僕が遠慮しようとすると、シュンと項垂れてしまう。


「有り難く頂戴しますね」

「無理はしなくて……いい」

「僕が欲しいんです。ですが、程々にしときましょう」

「……何も変わらないんだな」


 嬉しそうに言うが、瞳には憂いが滲んでいる。僕を見ているようで、他の人を見ている。


 アイザックさんのこと、考えているのかな。胸が痛くなってしまって、泣きたくなってしまう。

 それでも、必死に笑顔を取り繕う。代用品でもいいから、貴方の隣にいさせてください。


「ルーク」

「行きましょう……」

「そうだな」


 僕から手を繋ぐと、照れくさそうに頬を掻いている。月灯りに照らされて、より一層幻想的に見えた。

 馬車に戻る時。終始無言だったけど、僕の歩幅に合わせてくれた。手から伝わってくる温もりが、暖かかった。


 それと同時に、代用品だと突きつけられているように感じた。彼が僕を見る時の、瞳はキラキラ輝いている。


 ――――それがより一層、心を傷つけてしまう。


「今日は帰ったら、休め」

「……分かりました」


 馬車に乗り込んで、屋敷へと帰る。その道中、僕は色々なことを考えてしまった。

 不器用ながらも、真っ直ぐに見てくれる。怖いという感情は、いつの間にかなくなっていた。


 むしろ、まだ出逢って日が浅いのに。こんなにも、惹かれている自分がいる。


「はあ……ふう……」


 帰るとジェイデンさんに言われて、お風呂に入れられた。こんな素敵なお風呂、初めて見た。

 久しぶりだったからか、自然と声が出てしまう。そういえば、最後に入ったのいつだったっけ。


 昨年に、疫病の流行があった。その影響で、お風呂に入るのが一年に一回になったんだよね。

 そもそも庶民は、お風呂なんて入れないけど。次に入れるのも、いつになるか分からない。今日は思う存分、入ろうと思う。


「税金も高くなって、それどころじゃないから」


 母さんとアメリアへのプレゼント、渡したいな。でも、こんな早くに帰るわけにはいかないよね。


 僕はお湯で気づかれないように、涙を拭いた。拭っても拭っても、止まってくれない。

 吸血鬼が怖いんじゃない。アイザックさんの代用品で、あると言う事実が悲しいんだ。


「服でも、直そう」


 お風呂から上がって、僕は着替えた。部屋に行って、自分の荷物から裁縫道具を取り出した。

 自分でも驚くくらいに、丁寧にできた。袖を通してみると、上手くできたようだ。


 ――――あの人から貰ったこの服は、一生の宝物にしよう。


 椅子に座って、抱きしめて心に誓った。眠くなってきたから、僕は服をクローゼットに掛けた。


「ふわあ……寝よう」


 ベッドに横たわると、質がいいせいか直ぐに寝てしまった。なんか、とても暖かい。


「アイザック……」

「ジェイデン……愛してる」

「俺もだ」


 夢の中でジェイデンさんと、顔がぼやけている人が抱きしめ合っていた。直感的に、アイザックさんだと分かった。

 胸が締め付けられるはずなのに、何故か心が暖かくなった。そこで夢から、目が覚めてしまった。


「んっ……」


 目が覚めるとジェイデンさんが、僕を後ろから抱きしめていた。心臓が煩いぐらいに高鳴っていて、ドキドキしている。

 後ろを向くと、間近に顔があった。僕が寝顔を見つめていると、優しい声色で呟いた。


「愛してる……アイザック……」


 僕のことじゃない……ジェイデンさんは、アイザックさんのことが忘れられないんだ。

 そんなことは初めから、分かってたじゃないか……。泣くな……僕は、前を向いて静かに目を閉じた。


 それでも溢れ出てくる涙を、抑えることができない。背中から伝わってくる温もりを、手放すこともできない。


「ルーク……泣いているのか」

「あっ……欠伸したからですかね」

「そうか……よかった」


 安堵のため息を漏らして、愛おしそうに呟いた。泣いていることは、悟られないようにしないと。

 それから暫くして、僕たちは食事をした。相変わらず、ジェイデンさんは食堂では食事をしない。


「出掛けるぞ」

「何処に」

「いいから、行くぞ」


 僕がコクリと頷くと、僕に手を差し伸べてきた。僕がおそるおそる手を掴むと、嬉しそうにしていた。


 その笑顔が綺麗で、僕の心臓は高鳴ってしまう。勘違いするな……彼は僕のことなんて、どうも思っていない。

 馬車に揺られて、向かった先は僕の家だった。僕は嬉しかったけど、勝手に降りるわけにはいかない。


「降りないのか」

「おっ……ります」


 手を差し伸べられて、僕は迷うことなく手を取った。家に行くと母さんも、アメリアも喜んでいた。

 二人にお土産を渡して、元気な姿を見られた。それだけで、僕は幸せな気持ちになれた。


「ルーク……」

「お兄ちゃん!」

「元気そうでよかった」


 家族を守るためにも、僕が我慢するんだ。この契約を反故にされないように、僕が犠牲になるんだ。

 家族のためにも、僕自身のためにも。ジェイデンさんが、他の人のことを見ていても構わない。


 エメラルドの瞳に、漆黒の綺麗な髪。少し不器用で、口下手なところも全部好きなのだから。

 でも少しでもいいから、僕自身を見てくれると嬉しい。少しずつでも、貴方の役に立てるように努力する。


 例え、アイザックさんの代わりだったとしても。抱き合っている僕たちを見て、微笑んでくれている。

 そんな優しい貴方の隣に居させてください。

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