第6話 笑った顔がいい
何やらいい匂いがして、食欲がそそられた。涎が出そうになるのを堪えて、話しかける。
「あの……ぼ」
「座れ」
いきなり椅子を引かれて、座るように言われた。僕が固まっていると、僕の方を見て不安そうにしている。
両手を合わせて、モジモジしている。僕が座ると、明らかに嬉しそうにしている。
――――なんか、可愛い。
「目を瞑れ」
言われるがままに、目を閉じた。すると目の上に何やら、暖かいものが置かれた。
これって、布だよね? よく分かんないけど、暖かくて気持ちいい。
「……どうだ」
「気持ちいいです」
「……そうか」
声が少し震えていたが、僕の言葉で安堵しているようだった。この人って、不思議な人だよね。
吸血鬼って怖いって、漠然と思っていた。それなのに、僕の言動の一つ一つに一喜一憂している。
トレイターさんが、相当な口下手だって言っていた。本当にそうなのかもしれない。
「いいことでもあったのか」
「えっ……」
「笑っていたから」
そう指摘されて、僕は自分が笑っていたことに気がついた。それと同時に、ジェイデンさんがどんな表情をしているのか気になった。
アイザックさんのことも、気になってしまう。何でこんなにも、気になってしまうのかな。
会ったこともなければ、どんな人なのかも分からない。それなのに、胸が締め付けられる。
僕の目元を優しく触って、微笑んでいる。その笑顔に僕は、嬉しくなってしまった。
「……腫れは引いたな」
「えっ……」
「泣いている顔よりも、笑った顔がいい」
そう言われて、顔を上げてみた。ジェイデンさんは、綺麗な微笑みを浮かべていた。
愛おしそうに見つめてきて、煩いぐらいに心臓が高鳴った。それと同時に、この表情を他の人にも見せていた。
そう思うと、悲しくなってしまった。泣きたいのを必死に堪えて、僕は笑った。
この人が、僕の笑った顔がいいと言ってくれたからだ。ああ、何でここで気がつくんだろう。
――――僕はジェイデンさんが好きなんだ。
「お前に飲んで欲しいものがある」
そう言って、キッチンの方に行った。この人の本心が分からない……他の人を見ているのに、僕にとてつもなく優しい。
言葉はキツイけど、そこには確かに優しさもある。だけどその優しさを、僕以外に見せないで欲しい。
自分勝手な想いだって、分かってる。この縁談には、意味なんてない。だから、期待するのはやめよう。
僕が我慢していれば、家族が平穏に暮らせる。例え、彼の最愛の人の代用品だったとしても。
「これを飲め」
「いい匂い……」
僕の目の前に置かれた器には、スープが入っている。色は変だったけど、いい匂いのするスープが入っていた。
まただ、僕の言動を見てソワソワしている。顔には出ていないけど、分かりやすい。
僕がスプーンを手に取っただけで、嬉しそうにしている。口に含むと、かなり個性的な味がした。
「美味いか……」
「お、いしいです」
「そうか」
ぶっきらぼうな返答だったけど、声が完全にワントーン高かった。分かりやすいな……。
僕は何だか、嬉しくなってスープを飲み干した。相変わらず、個性的で独創的な味だった。
「その、先ほどはすまない……何か、気に触ることを言ったのなら謝る」
「……大丈夫ですよ。ありがとうございます」
別にいいのに、気にしていたみたい……。頬を赤く染めて、照れている。
僕のことを、愛おしそうに見つめている。エメラルドの瞳で見つめられると、体の熱が高まっていくみたい。
急に僕のおでこに、おでこを重ねてきた。頬を触られて、近距離にジェイデンさんの顔があった。
間近で見ると、更に美しい。切長の瞳が、より美しさが増している。
僕が呆気に取られていると、直ぐに離れた。両手で顔を覆って、真っ赤にしている。
「熱はないようだな」
「えっと……あ、あの」
「すまない……顔が赤かったから」
僕のことを、考えてくれているようで嬉しかった。こっそりと盗み見ると、耳まで真っ赤になっていた。
その姿が可愛くて、つい微笑んでしまう。僕が見つめていると、その視線に気がついたようだった。
目が合ってしまい、僕らは暫く見つめ合った。アイザックさんのことが、過ってしまう。
僕は目を逸らして、立ち上がった。少しジェイデンさんが、悲しそうな表情を浮かべていた。
「……片付けますね」
「手伝おう」
「ありがとうございます……」
二人で並んで、食器類を片付けた。そういえば、血液をグラスで飲んでいるのかな。
いつでも、僕の血を吸ってもいいのに。そのために、僕のこと呼んだと思っていたのに。
「……出かけないか」
「何処にですか」
「買い物にだ」
洗い物をしていると、僕に提案をしてきた。またもや、僕の言動が気になっているようだ。
こっちを何度も何度も、チラ見してくる。その様子が可愛くて僕は、微笑みながら答えた。
「もちろん、いいですよ」
「そうか」
ぶっきらぼうな返事だったけど、鼻歌を歌っていた。聞いたことがない歌だったけど、もの凄く懐かしい気分になった。
鍋を洗っている間も、歌っていた。この音楽を聴いていると、幸せな気持ちになる。
洗い物が終わると、笑顔のジェイデンさんに声をかけられた。
「さて行くか」
「あっ、はい」
手を拭き終わると、ジェイデンさんに手を差し伸べられた。僕が不思議に思っていると、悲しそうに引っ込ませた。
そのまま何も言わずに、スタスタと歩いて行ってしまった。その後ろ姿は、見るからに落ち込んでいた。
理由が分からなかったけど、黙って着いて行った。馬車に乗り込んで、ジェイデンさんが馬を操作した。
「あのっ……僕がやりましょうか」
「しなくていい」
「分かりました」
何処となく、怒っているような気がした。僕が何か、気に触ることしてしまったのかな。
そのまま何も話さないまま、馬車が走った。既に陽が落ちていて、雪も舞っていた。
母さんとアメリア、元気にしてるかな。二人が恋しい……。だけど、二人を守るためにも僕が頑張らなくては。
家事や他のことも、するなと言われてしまった。血を吸うことも、拒まれてしまった。
「着いたぞ」
「はい……えっと」
馬車が止まって、降りようとした。すると手を差し伸べられて、僕は困惑してしまう。
悲しそうな表情を浮かべて、引っ込ませようとした。繋いだ方がいいのかな? と思って、手を繋いだ。
すると分かりやすいぐらいに、顔が華やいだ。そんなに僕と手を、繋ぎたかったのかな。
「行くぞ」
「はい」
チラ見してきたから、微笑むとそっぽを向いてしまった。そのまま静かに、馬車から降りた。
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