第5話 アイザック・ロードナイト

 墓石には『アイザック・ロードナイト』と彫られていた。何処かで、聞いたことのある名前だな。


 僕は墓石の前に座って、両手を合わせて目を閉じる。

 すると何故か、心が暖かくなったような気がした。それと同時に、悲しくなってしまった。


「ルーク……泣くな」

「えっ……なんで」


 自分でも分からないけど、何故か涙が止まらない。後ろから抱きしめられて、背中から温もりが伝わってくる。


 この温もりも、優しい匂いも知っている。でも僕じゃなくて、遠い昔に感じたことがある。

 自分でも不思議だけど、そんな風に感じてしまった。外で寒いはずなのに、不思議と寒くなかった。


 ――――とても、暖かい。


「プレゼント、気に入らなかったのか」

「その……すみません。僕にくれたものだって、思わなかったので」

「……そうだったのか」


 僕がそう言うと、安堵のため息を漏らした。その息が僕の耳にかかって、かなりくすぐったかった。


「んっ……」


 変な声が出てしまって、途端に恥ずかしくなった。それでもジェイデンさんは、僕を抱きしめることはやめなかった。


「何か欲しいものがあったら、直ぐに言え」

「僕よりも、家族に渡して欲しいです」

「分かった……相変わらずだな」


 意味が分からなかったけど、嬉しそうだったのは明白だった。少し寒くなってきたけど、この温もりを手放したくなかった。


 静かに立ち上がって、直ぐに屋敷の中に連れて行かれた。食堂に行くと、トレイターさんが朝食の準備をしてくれていた。

 暖炉の前に座らせられて、シーツを後ろからかけられた。僕が不思議に思って見上げると、優しく微笑んでいた。


「あのっ……」

「脆弱なのだから、ここにいろ」

「ジェイデン様。言い方」

「……体が冷えていたから」


 ジェイデンさんの言葉に、僕が一瞬傷ついてしまう。しかし直ぐに、トレイターさんに言われて訂正してくれた。


 心配してくれているのかな……。そうならいいな……。僕がそう思っていると、食事ができたようだ。

 僕が椅子に座ると、ジェイデンさんは何処かへ行ってしまった。するとトレイターさんが、教えてくれた。


「吸血鬼の世界では、教会でプロポーズをして了承すると婚姻関係になるんですよ」

「そ……なんですね」


 アイザックさんに、教会でプロポーズをしたってことなのかな。急激に悲しくなってしまう。

 そこで僕は気になってしまって、トレイターさんに聞いてみる。泣きたくなる気持ちを、必死に抑えこんだ。


「その……アイザックさんって、ジェイデンさんにとって」

「宝物とおっしゃっていました」


 宝物……他のところはお座なりなのに、中庭だけは綺麗だった。きっと暖かくなれば、もっと素敵な光景なのだろう。

 見てみたいな……だけど、僕には見せてくれないだろう。あの人にとって、あそこは聖域だろうから。


「ジェイデン様は、色々なことをお一人で抱えていらっしゃいます」

「そう……なんですか」


 トレイターさん曰く、あの人は二百歳を越えているらしい。アイザックさんは、たった一度だけ本気で愛した人間だったとのこと。

 とある理由で亡くなってから、あの人は抜け殻のようになっているらしい。それも百年以上になる。


 吸血鬼にとっての、百年ってどれぐらいなのかな。僕には到底、分からない数字だよね。

 でも、そんな長い間苦しんでいる。それだけ、アイザックさんはあの人に愛されていたんだ。


「羨ましいな」

「大丈夫ですよ。ルーク様も、等しく愛されています」

「ありがとうございます」


 例え、その場の慰めでも嬉しかった。あの人がどんな意図で、僕を連れてきたのか分からない。

 だけど、僕は僕なりに役に立ちたい。急いで食事を済まして、僕は掃除をし始める。


 結構埃が溜まってるみたいで、掃除のしがいがあった。トレイターさんには止められたけど、僕は必死に頑張っていた。


「無理はするな」

「無理なんて、してないです」

「人間は脆弱なのだから」

「……はい」


 僕は手を止めて、ジェイデンさんの横を通り過ぎる。部屋に戻る道中に、トレイターさんとすれ違った。

 軽く会釈をして、部屋に入る。荷物が全部運ばれていて、賑やかなことになっていた。


 何も考えたくなくて、僕はベッドに突っ伏した。僕は何もしないほうが、良いのかな。


 ――――余計なことはするな。


「そう言うことだよね」


 自然と涙が溢れてしまう。僕の存在意義って何なんだろうか。

 血を吸うことも拒まれて、掃除すらもするなと言われた。僕がここに来た理由って、一体何なんだろうか。


 あの人の考えていることが、全くもって理解できない。僕を何で、伴侶にするなんて言ったのかな。

 好きだからって訳でもない。吸血鬼って好きな人の、血を吸いたいものじゃないの?


「意味が分からない」


 ここに来てから、僕は泣いてばかりだ。どうすれば、受け入れてくれるのだろうか。

 煌びやかな宝石や、装飾物なんていらない。僕は只々、平穏に静かに暮らしたいだけだ。


「母さん……アメリア……会いたい」


 気がつくと寝てしまったようで、かなり時間が経ってしまっていた。

 目を開けると、ジェイデンさんがベッドの横の椅子に腰掛けていた。静かに寝息を立てていて、その姿すらも美しい。


 ――――貴方にとって、僕は一体何なんですか。


 起き上がって、その光景を見つめる。何度見ても、綺麗で洗練された容姿をしている。

 聞きたい……知りたい……もっと、貴方のことを……。今でも、アイザックさんのこと愛しているのか。


「起きたか……何故、泣いている」

「あっ……なんでもなっ」

「私の前では、強がるな」


 優しく目元を拭いてくれて、抱きしめてくれた。この温もりも、落ち着く匂いも……。

 僕だけに、向けてくれればいいのに。僕以外には向けて欲しくないのに。


 色々と、聞きたいことがたくさんあった。それでも只の代用品でしかない、僕には何も言えない。

 僕はアイザックさんの、代用品なのだろう。もしかしたら、それ以下なのかもしれない。


「……もう、僕なら大丈夫ですから」

「そうか……もう少し、休んでいろ」


 そう言って、僕のおでこにキスをしてきた。優しく寝かしてくれて、そのまま部屋を後にした。

 僕がおでこに両手を置いて、顔が真っ赤になったのを感じた。体の熱が、そこに集中していくような感じがした。


「もう訳が分からない」


 暫くして、泣いて寝てばかりじゃよくない。そう思って、洗面所で顔を洗った。

 食堂へと向かうと、そこにはジェイデンさんの姿しかなかった。トレイターさんは、掃除にでも行ったのかな。

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