第4話 大切な場所

「ここだよね……えっ」


 食堂の扉を開けると、ジェイデンさんが血液の入ったグラスを飲んでいた。それ自体は、吸血鬼だしおかしくない。


 何に驚いたかというと、凄く嫌そうに飲んでいたことだ。眉間に皺を寄せていて、不味そうにしていた。

 もしかして、新鮮な血液がいいのかな。そう思った僕は、意を決して声をかける。


「あの……僕の血を吸ってください」


 僕が声をかけると、ジェイデンさんは酷く驚いていた。それだけでなく、悲しそうな表情を浮かべている。

 僕はその意味が分からずに、何も言うことが出来ない。目を逸らして、僕の方を見ずに答える。


「いらない」

「僕に構わずに、吸ってください」

「いらない」


 自分の存在意義も、自分を好きになった理由も分からない。むしろ、本当に好きなのか信じることができない。

 伴侶になって欲しいと言われた。だけど、好きとは言われていない。


 意味が分からずに、僕が呆然と立ち尽くしていた。するとジェイデンさんは、僕を抱きしめてきた。


「お前は、私の隣にいてくれるだけでいい。それだけでいいんだ」


 僕の存在価値って一体、何なんだろうか。それから僕は食堂で、自分の食事を作った。

 一人で食べて、片付けもした。その間、ずっとジェイデンさんは何も言わずに僕を見つめていた。


 その日は一日、気持ちが落ち込んでいた。一言も会話がなく、ベッドに横たわった。


「何か、家事ぐらいはしないと」


 まだ朝日も昇っていなくて、外は少し暗かった。やっぱりおかしい……初めて来たはずなのに、掃除道具の場所も知っている。

 それにしても、こんなに大きなお屋敷なのに誰もいない。使用人ぐらい、いてもいいのに。


 もしかして、血を吸ってくれないってことは……。僕のことは使用人として、連れてきたのかもしれない。


 何か物音がして玄関に行くと、ジェイデンさんがたくさんの荷物を運んでいる。

 誰かへの贈り物かな? 綺麗な包装紙や、リボンが巻かれている。


「起きたのか」

「あっ……はい。何か、手伝いましょうか」

「ではここに来い」


 手招きをされて、僕はジェイデンさんの元に駆け寄った。すると荷物の中から、高そうな洋服を取り出した。


 白色のワイシャツとズボン。赤色の上着に、ベストだった。色とりどりの刺繍が施されていて、高級なものに間違いなかった。

 僕と洋服を交互に見て、ニコリと微笑む。その笑顔が綺麗で、直視できずに目を逸らしてしまう。


「着てみてくれ」

「あっ……はい」


 ジェイデンさんに言われるがままに、僕は服を受け取った。服を脱いでいると、ジェイデンさんが段々と顔が真っ赤になった。


 後ろを向いてしまって、僕は不思議に思う。気にしないことにして、僕は服を身に纏った。

 少し大きいようで、腕まくりをしないといけない。ズボンの方はちょうどいいらしく、折らなくてもいいようだ。


「あの……ちょっと大きいようですが」

「……そうだな」


 僕が声をかけると、振り向いて一瞥した。すると顔が真っ赤になって、片手で口を隠している。

 もしかして、僕には似合わないのかな。そう思って脱ごうとすると、両腕を掴まれた。


「……ジェイデンさん?」

「気に入らないのか」

「僕にくれるんですか」


 僕が顔を見上げて聞くと、そっぽを向いてしまう。直ぐに首を縦に振っていて、肯定しているようだった。


 僕にプレゼントなんて……。どう見ても、使用人にあげるような代物じゃない。

 それに大量にあって、僕一人分じゃない。僕の他にも、あげる人がいるのかな。


 ――――急に胸が痛くなった。


「有り難く貰います……他のプレゼントは、何処に運びますか」

「見なくていいのか」

「他の人への、プレゼントを僕が見るわけには」


 僕がそう言うと、ジェイデンさんは悲しそうな表情を浮かべる。そんな顔しないでください。


 何故か、胸の奥が締め付けられた。どうすればいいのかな……。そう思っていると、トレイターさんが入ってきた。


 訝しげな表情を浮かべている。もう既に、朝陽が昇っているようだった。だから、機嫌が悪いのかな?


「ジェイデン様、ルーク様。おはようございます」

「おはようございます……」

「トレイター、この荷物。処分してくれ」


 ジェイデンさんは、冷たく言い放った。そしてそのまま、何処かへ行ってしまった。

 僕が呆然としていると、トレイターさんが話しかけてきた。真顔だったけど、何となく浮き足立っているように感じる。


「ルーク様。何かあったのですか」

「その……」


 僕は今あったことを、軽く説明した。悲しそうな表情の裏に、怒りも感じ取ることができた。

 するとトレイターさんは、深くて長いため息をついていた。何か困ったことでもあるのかな。


「あのですね……ジェイデン様もですが、ルーク様もここまでとは」

「えっと……」

「ジェイデン様は、相当な口下手なのですよ」


 その言葉に、僕は首を傾げてしまう。何となく、そんな気はしていた。

 でも今回のことと、それはどんな因果関係があるのかな。


「用意されたプレゼント、捨ててしまうのですか」

「このプレゼントは、全てルーク様のために用意されたのですよ」


 その言葉を聞いて、僕は自分の過ちに気がついてしまった。この大量のプレゼント、僕に用意してくれたのか。

 それなのに、僕が要らないって言っているように聞こえたのかも。傷ついたよね……。


 怒ってたし、僕に失望したのかな。そう思って落ち込んでいると、トレイターさんに声をかけられた。


「心配しなくても、大丈夫です。ジェイデン様はこんなことで、ルーク様を嫌いになんてならないです」

「で、も……」

「ジェイデン様に、そのままのお気持ちを話して下さい」


 トレイターさんに促されて、ジェイデンさんを探す。行ったことないのに、直ぐにジェイデンさんの居場所が分かった。

 何となくだけど、裏庭にいるような気がした。キキーとドアが鳴って開くと、静かに涙を流していた。


 その姿に酷く胸が、締め付けられる。中庭でも日差しが当たらないように、木々が植えられていた。

 庭の草木は乱雑になっていたのに、ここは綺麗に整備されている。それだけで、ここがいかに大切な場所なのか直ぐに分かった。


 僕が来たことに気がつくと、こっちを見ていた。直ぐに涙を服で拭っていて、痛々しく見える。


「どうしてここが」

「あの……何となくです」

「そうか……」


 僕の言葉に、悲しいような嬉しそうな表情を浮かべている。ジェイデンさんの近くには、綺麗なお墓が立っていた。

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