第2話 体の熱

 すると一緒に来た吸血鬼の方々も、同時に跪いた。僕は直ぐに我に返って、思うがままに口に出した。


「ジェイデンさん! 顔を上げて下さい!」

「ジェイデン・ロードナイトの名において、其方を伴侶として迎えに来た」


 意味が分からずに、只々驚いてしまう。とにかく返事をしないといけない。


「あのっ……伴侶って、冗談ですよね」

「皇子の言葉を、冗談だと言うとは!」


 僕の言葉を聞いた吸血鬼の一人が、冷たい目を向けてきた。怖くなってしまい、僕は震えてしまう。

 腰につけている剣に手をかけていて、身震いしてしまう。ジェイデンさんが、僕に優しく微笑んでくれる。


 それだけで、僕は恐怖が嘘のように薄れていった。ジェイデンさんが、マントを広げて静止する。


「やめろ」

「しかし……」

「二度は言わん」


 ジェイデンさんが、一喝したら吸血鬼は震えていた。只々僕は何が何だか、分からずに困惑してしまう。

 するとジェイデンさんが、僕の左手を握った。優しく微笑んでくれて、エメラルドの瞳が輝いている。


 そのまま薬指に口付けをされて、上目遣いで見られる。心臓が煩いぐらいに、高鳴っている。

 体の熱が、全部集中しているように感じた。その瞳で見つめられると、何も言えなくなる。


「もう一度言おう。ジェイデン・ロードナイトと伴侶になってほしい」

「でも……僕は男で」

「構わない。私は、ルークがいい」


 そんなことを、キラキラな宝石のような瞳で言われたら断れない。それでも、人間と吸血鬼なんて一緒になれない。

 でもそれをそのまま伝えるのは、よくないだろう。そう思ったから、僕はやんわりを断ることにした。


「その……気持ちは嬉しいのですが……家族のことが心配ですので」

「分かった……こうしよう。私と伴侶になってくれたら、家族の身の安全は保証しよう」


 ――――きっとこの人は、一歩も引かない。


 なんとなくだけど、そう感じた。母さんもアメリアも、心配そうにこっちを見つめている。

 他の吸血鬼は僕のことを睨んでいる。ジェイデンさんは、僕を見て少し悲しそうにしている。


 僕の手を握っている手が、震えている。緊張しているのか、汗ばんでいる。強引なやり方だけど、僕の意思を尊重してくれている。

 この人なら、信じることができるのかもしれない。根拠はないがそう思えて、僕は答えることにした。


「分かりました……行きます」

「ルーク! いいのよ……私たちのことは、気にしないで」

「大丈夫だよ。僕なら」


 僕が精一杯の笑顔を向けると、母さんは泣いていた。そんな顔しないで、僕なら大丈夫だから。

 正直、不安しかない。だけど、父さんと約束したんだ。何があっても、二人を守るって。


「では、明朝同じ時間に迎えにくる。準備をしていてくれ」

「分かりました」


 僕が答えると、ジェイデンさんたちは暗闇へと消えて行った。

 胸元にある父さんの形見のブローチを、握りしめる。アメリアの不安そうな顔が目に入ったから、立ち上がって近くに向かう。


 優しく抱きしめると、今にも泣きそうだった。幼いながらも、何が起こっているのか分かっているみたいだ。


「ルーク……今からでも」

「いいんだよ。悪い人じゃないし」

「でも、吸血鬼よ! 酷いことされないなんて、保証ないじゃない!」


 母さんが堰を切ったように、泣きじゃくってしまう。その場に倒れ込んでしまって、両手で顔を覆ってしまう。

 その姿を見て、心が傷んでしまう。それでも、二人を守るためには僕が行かないといけない。


 ――――僕一人が、犠牲になればいいんだ。


 僕の腕の中で、不安そうにしているアメリアを見て微笑む。母さんの元に行って、三人で身を寄せ合った。


「泣かないで、母さん」

「うぐっ……ごめんね。ルークにばかり、負担をかけて……ダメな母親で」

「そんなことないよ。僕は父さんと母さんの息子に、生まれて幸せだよ。アメリアとも出会えたし」

「ルー……ク……生まれてきてくれて、ありがとう」


 不安な気持ちの方が大きいし、どんなことが待っているのか。怖くて怖くて、堪らない。

 何でもない日常が、どれだけ素晴らしいことか再認識した。それでも、僕は家族を守るんだ。


「本当に行くのか」

「うん……」


 その日のうちに、フラッシュに事の顛末を話した。すごく驚いていて、この世の終わりのような顔をしていた。


 その表情に心が傷んだけど、僕はジェイデンさんの元に行かないといけない。家族のためだけど、この感情の意味も知りたい。

 いきなりフラッシュに抱きしめられて、僕は何が何だか分からずに呆然としてしまう。


「行くなよ……」

「えっ……」

「俺はお前がずっと、好きだった」


 突然の告白に、僕は驚いてしまう。フラッシュは静かに泣いていて、どうしたらいいのか分からない。

 僕にそんな感情を抱いていたこともだけど、泣くところを初めて見たからだ。


 こんな風に、弱音を吐いたことなんてなかった。いつも元気なのに、今日はとても弱々しい。


「フラッシュ……僕は」

「分かってる……お前のことだから、自分が犠牲になるとか思ってんだろ」

「そ……れは」


 図星だったから、何も言い返すことができない。分かってるんだ……こんなことは、よくないってことも。

 だけど、家族を守るのは僕の使命だから。でもそれ以上に、ジェイデンさんに感じているこの感情の意味を知りたい。


「僕のこと、好きだって思ってくれてありがとう。だけど、僕はフラッシュのこと……」

「いいよ、分かってる。いつも頑張っている姿も、何があっても家族を守る姿も……俺には、眩しいんだよ」


 本気の告白をされても、僕にはフラッシュに特別な感情を抱くことができない。

 ジェイデンさんにされた時の方が、何百倍も心が躍った。こんな感情初めてで、自分でもよく分からない。


 本気で言ってくれているのに、他のこと考えているって僕って最低だ。それでもフラッシュは、涙を浮かべながらも笑ってくれた。


「何かあったら言えよ……俺だって、お前の家族なんだから」

「フラッシュ……ありがとう」


 僕は泣いている彼を置いて、その場を後にした。後ろから啜り泣く声が聞こえてきた。

 だけど一度も振り返ることなく、家に帰った。その日は家族三人で、身を寄せ合って就寝した。


 こんな風に寝たの、何年振りだろう。とても暖かくて、気持ちのいい夢を見た。

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