第3話 僕の幸せ

「ルーク、これからは自分の幸せを願うんだ」

「父さん……」

「父さんも母さんも、アメリアも……ルークの幸せを、一番に願っているんだ。自分の決めた通りに、生きなさい」


 目が覚めるとアメリアが、寝息を立てていた。僕の服にしがみついていて、涙の跡があった。

 アメリアの頭を撫でると、嬉しそうにしていた。夢の中で、父さんが言っていたことを思い出した。


 ――――僕の幸せか。


「何だろうな」

「お兄ちゃん?」

「おはよう……アメリア」


 僕がおでこにキスをすると、不安そうにしている。優しく微笑んで、頭を撫でると嬉しそうにしている。


「……今日、行っちゃうの?」

「うん……母さんのこと、頼んだよ」

「お兄ちゃん……無理しないでね」

「ありがとう」


 それから僕たちは、いつものように朝食を取った。他愛のない話をして、談笑する。

 するとジェイデンさんがやってきて、声をかけられた。昨日とは違って、他の吸血鬼はいないようだった。


「ルーク、行くぞ」

「あっ、はい」


 ジェイデンさんが、歩いて行こうとした。僕はその後ろを、着いて行こうとした。


「ルーク、これを」

「これは……」

「昨日、アメリアと作ったのよ」


 母さんに声をかけられて、振り向いた。渡されたのは、緑色の石と貝殻で作られたソウタシエだった。

 ソウタシエとは、貴族の人が胸元につける伝統的な飾りである。もちろん、高級なものではない。

 それでも僕には、この世界の中で一番の代物に見えた。嬉しくて泣いてしまうが、直ぐに笑顔になってお礼を言った。


「ありがとう……一生大事にするよ」

「たまには帰って来てね」

「月に一度、顔を見せに来ると約束しよう」


 ジェイデンさんが、優しく微笑んで言ってくれた。出逢って日が浅いけど、この人は信用できると思った。

 ジェイデンさんに手を繋がれて、家を後にした。優しく微笑んでくれていて、手の温もりが暖かい。


 名残惜しいけど、後ろは振り向かないことにする。ここで振り向くと、決心が揺らいでしまいそうだったからだ。

 ジェイデンに連れられて、馬車に乗り込んだ。向かい合って座ったけど、会話がない。


 ジェイデンさんの隣には、メイド服を着た女性が座っている。金髪のルビーの瞳の、お人形みたいな感じの吸血鬼だ。

 トレイターさんと言って、お世話係をしているらしい。基本的に、三人で住むことになるらしい。家事の全てを担っているとのこと。


「先ほどの、ソウタシエを渡せ」

「こっ……れはダメです」


 いきなり声をかけて来たかと思ったら、僕の大事なものを欲しがるなんて酷いよ。


 思わず僕はソウタシエを握って、首を横に振った。怖かったけど、これだけは絶対に渡せない。

 そう思っていると、トレイターさんが少し怒り口調で言った。


「ジェイデン様。その言い方は、よくないです」

「すまない……言い方が良くなかったな。まじないをかけよう」

「まじない……ですか」


 トレイターさんの説明によると、吸血鬼の世界のまじないらしい。一度だけ、所有者の身を守ってくれるとのこと。


 先にそう言ってくれれば、僕だって警戒しないのに。不器用なのかな……でも、気にしないようにしないとね。

 ソウタシエを渡すと、何やら呪文を言っていた。金色に光り輝いて、美しくなった。


「ではワタクシはこれで」

「ああ」


 僕とジェイデンさんを屋敷に案内してくれて、トレイターさんは行ってしまった。

 ジェイデンさんは、大きな黒い日傘を指している。そうか、吸血鬼は陽の光に弱いから。

 それでも朝に迎えに来てくれたのは、この人なりの優しさなのかな。


「あの、早く入りましょう」

「そうだな」


 お屋敷は僕が想像していた以上に、広くて驚いてしまう。僕の家の農園の何十倍の広さだ。

 それでも庭は手入れされていないのか、かなり荒れ果てていた。西洋のお城みたいな外観のお屋敷。


 暗くて少し不気味だけど、それでも凄く立派だ。陽が差している窓に、ジェイデンさんは寄りつかない。

 部屋のドアの前の、日の当たっていない少ないスペースを歩いている。カーテン閉めればいいのに。


「あの……カーテン閉めますか」

「いい」

「でも……日差しは」

「そのままでいい」

「分かりました」


 僕たちの中に会話がなく、僕の部屋に案内された。中に入ると、僕たちの家ぐらいの広さだった。

 ジェイデンさんに頭を下げて、僕は部屋の中に入った。僕が入ったことを確認すると、何処かへ行ってしまった。


「はあ……」


 僕はため息をついて、ベッドに横たわって丸まった。その瞬間、涙が頬を伝ってしまう。


 ――――怖い。


 家族のために来たけど、それでも怖い。ジェイデンさんは、何を考えているのか分からない。

 僕も血を吸われてしまうのかな……。痛いよね……だけど、人間の僕にできることなんて他にない。


「どうなってしまうのかな」


 誰にも、相談することのできない恐怖。怖くて怖くて、どうしたらいいのか分からない。

 ジェイデンさんはいい人だと思う。少し不器用で、言葉が足らない時がある。

 そう思っていても、何処か怖いと感じてしまう。他の吸血鬼の僕を見る目が、獲物を見る目だった。


「ジェイデンさんも……僕のこと、只の食事だって思ってるのかな」


 震えてしまって、言い表せない恐怖が全身を支配する。父さんが、夢で言っていたことを思い出す。


 ――――自分の決めた通りに、生きなさい。


 僕のことなんて、どうでもいいんだ。母さんとアメリアが、元気に暮らすことができれば。

 どんなことがあっても、この契約を反故にされないようにしないと。そこで、違う不安が押し寄せてくる。


「あくまでも、口約束だし……守られるのかな」

「それは大丈夫だ」

「ジェイデンさん……」


 いつの間にか、僕の寝ているベッドの横に来ていた。ベッドの縁に座って、僕の髪を触っていた。


 その手の感触が、とても心地よくて気持ちよくなった。この手の感触、何処かで身に覚えがある。

 それだけじゃない……この部屋の内装も、この屋敷のことも何処か既視感がある。


「大丈夫だ。絶対に今度こそ、間違えない」


 その言葉の意味は分からない。だけど、不思議と信じることが出来た。

 気がつくと、寝てしまっていたようだ。隣にはジェイデンさんの姿はなかった。


 僕はお腹が空いてしまって、屋敷の中を彷徨いていた。何故か、知らないはずの初めて来た場所だ。

 なのに、食堂の位置が分かった。それだけじゃなく、全ての部屋の位置も手に取るように分かった。

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