第1章 奇跡の出会い

第1話 エメラルド

 僕はヨーロッパのとある田舎街に、体の弱い母親と幼い妹のアメリアと暮らしている。

 父親はアメリアが生まれて間もない頃、病気でこの世を去ってしまった。流行病に罹ってしまって、何もすることができなかった。


「父さん……ぼ、く」

「泣くな。母さんとアメリアを守ることができるのは、ルークだけだ。二人を頼んだ」

「まだ、父さんといたいっ」

「泣くな。この宝石は、特別なものだ。絶対に、お前たちを守ってくれる」

「分かった。もう泣かない」


 その時に、形見であるエメラルドのブローチを受け取った。少しずつ冷たくなっていく、父親の手を握って僕は誓った。


「父さん……母さんとアメリアは、僕が命に変えても守るから。安心してね」


 それから数年後。僕は十六歳になって、農業をしながら三人で仲良く暮らしていた。


「はあ……寒いな」


 今にも雪が降ってきそうで、僕は両手に息を吐いて温めている。息が白くなっていて、これから益々寒くなっていくんだろうな。

 茶髪に、珍しくサファイアの瞳をしている。昔から幼く見えてしまうらしく、どうしても年相応に見られない。


「おーい、ルーク。これ、お袋から」

「フラッシュ、いつもありがとう」

「気にすんな。俺らは、家族同然だろ」


 僕たち家族に農作物を少し分けてくれて、いつも気にかけてくれている。

 今話しているのは、幼なじみのフラッシュだ。金髪碧眼で、男の僕から見てもかなりのイケメンだと言える。


 背の小さい僕とは違って、タッパがあって筋肉質だ。同じく農業をしているはずなのに、僕はいつになっても筋肉がつきそうにない。


「いいよね。フラッシュは、筋肉質で」

「ルークは、そのままがいいんだよ」

「そうかな?」


 照れくさそうに頬を掻いて、赤く染めている。何故か、フラッシュっていつも顔が赤いよね。

 そんな感じで世間話をしつつ、僕たちは今日も農業をしている。僕たちが住んでいる地域は、雪は積もらない。


 でもかなり冷えるから、冷え性の僕には辛い。利点としては、この気候のおかげで一年中作物が収穫できることだ。

 雪ではなく、雨がポツリポツリと降ってきた。これから、本降りになりそうだ。


「そろそろ帰るか」

「そうだね」


 これはかなり、冷えるだろうな。暗くなってきたから、僕たちは帰路についた。

 家の前に行くと、そこには吸血鬼が倒れていた。この世界は、吸血鬼と人間が共存して暮らしている。


 だからと言って、特に仲がいいわけではない。近年は少なくなってきているが、吸血鬼に襲われることも少なくない。

 そのため、人間である僕たちは夜に出歩くことが中々できないでいる。


「でも、無視はできないよね」


 僕はやっとの思いで、家の中に吸血鬼を入れた。驚いているアメリアと、母さんに軽く事情を説明した。


「それは心配ね……いいわよ。寝かしてあげて」

「わああ! お人形さんみたい!」

「ありがとう」


 庶民である僕たちの家のベッドは硬い。そのため、アメリアに手伝ってもらって牧草を敷き詰めた。

 そこに吸血鬼を寝かせる。熱があるようで、ほんのりと汗をかいている。


 綺麗なモノクルを付けている。漆黒の綺麗な髪。背中まで伸びていて、それを毛先で結っている。


 雨で濡れていて、服を脱がさないと危ない。そう思ったから、僕は慣れない手つきでボタンを取っていった。

 骨格がしっかりしていて、誰が見ても絶世の美男子だ。つい僕は見惚れてしまって、服を脱がせるのを躊躇ってしまう。


「お兄ちゃん?」

「あっ……ここはいいから、母さんの手伝いしてきて」

「はあ〜い」


 アメリアに声をかけられなければ、見つめてしまっていただろう。今まで感じたことのないような感情が、湧き上がってくる。

 汗をかいているのなら、拭かなくちゃいけない。心臓が煩く高鳴っていて、自分でも驚くくらいにドキドキしている。


 シャツを脱がすと、筋肉質な胸板が見えてくる。僕は服を脱がして、布を巻いた。

 下半身も見てしまって、恥ずかしくなってしまう。その間も、心臓はずっと鳴りっぱなしだった。


 いきなり腕を掴まれて、顔が近づいた。僕を見つめるエメラルドの瞳が、綺麗だった。


 少し切長で、目つきが鋭く感じた。それでも、綺麗な人だなと思わず見蕩れてしまう。


「アイザック……ん……お前は」

「あっ……僕は、ルークです」

「ここ……は」

「ぼ……くの家です。倒れていたので、お連れしました」


 僕の言葉に少し考えた後。優しく微笑んでいて、体の熱が上がったのが分かった。

 僕は直視できずに、目を逸らして答える。すると吸血鬼は、そうか……と呟いて、目を閉じた。


 僕はひとしきり体を拭いてから、父親の服を着せた。サイズも、ピッタリだったようだ。

 母さんが準備した白湯を、飲ませた。吸血鬼は、人間の食べ物は口にできない。


「すまない……」

「大丈夫ですよ。困った時は、お互い様です」

「んっ……そうか」


 僕がニコリと微笑むと、吸血鬼の顔が赤くなっていく。白くて透き通った肌が、赤くなっていく。

 その様子を、ずっと見つめていたいと感じた。そこで、僕は名前が気になってしまった。


「あの……差し支えなければ、名前を」

「……イデン」

「えっ……」

「ジェイデン・ロードナイトだ」


 僕を真っ直ぐに見つめる瞳が、カッコよくて更に体の熱が高まっていく。

 ジェイデンさんに左手を握られて、暖かくて心地いい。吸血鬼って、怖いってイメージしかなかった。


 でもジェイデンさんに出逢って、僕らと変わらないのだと安心した。それと同時に、この感情の意味を知りたいと思った。

 夜通し看病をすると、顔色が良くなっていった。僕は安心して、ベッドの横に座って顔を見つめていた。


 気がつくと寝てしまったようで、ベッドにはジェイデンさんの姿はなかった。僕はいつの間にか、ベッドで寝てしまったようだ。


「帰ったのかな」


 昨日のことは夢か、幻のように感じた。それでも左手に残っている温もりが、現実だと教えてくれる。


「ルーク。ご飯にするわよ」

「お兄ちゃん! 早く!」

「分かった!」


 母さんとアメリアに言われて、返事をする。僕がテーブルに座ると同時に、玄関に人が来たようだ。

 母さんが応対してくれているから、僕とアメリアは食事を始める。モグモグと食べていると、声をかけられた。


「ルーク、迎えに来た」

「えっ……」


 顔を上げると、ジェイデンさんがいた。大量のバラの花束を持っていて、とてつもなく綺麗に見えた。


 ――――バラは綺麗だし、匂いも好きなんだよね。


 周りには他の吸血鬼もいるらしく、嫌な目つきで見られる。そのことで一気に、現実に戻された。


 僕は突然のことで、驚いてしまう。手に持っていたライ麦パンを、落としそうになった。

 間一髪のところで、落とさずに食器の上に置いた。僕が呆然としていると、ジェイデンさんが僕の前に跪いた。

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