幕間:とある日の告解とお茶会

★近・中央

「……よし、今日の施術はこれで終わりだ。今日も協力感謝するよ。……お礼と言ってはなんだが、この後少し時間はあるかい?」


「実は後輩の女の子から洋菓子をいただいてね。ただこれが一人で食べるには些か量が多い。良かったら、一緒に食べてくれないか?」


「……ありがとう。そうしたら、そこのソファに腰を掛けていてくれ。飲み物は……紅茶しかないんだが、それでいいかい? ありがとう。今準備するから、少し待っていてくれ。」


(水道をひねり、水を電気ケトルに入れる音。)

(水道を閉めて、ケトルの蓋を閉める音。数歩室内を歩き、ケトルのスイッチを入れる音)

「さて、お湯が湧くまで少し時間があるね。……少し、話でもしようか。」


「私達は普段、施術の手法や効果、感想以外で、言葉を交わすことは少ない。かといって別に中が悪いわけではない。何故か?」


「答えは私が、言葉を交わす必要性があまり無いと思っていたからだ。人間は極めて高度な生き物で、表情や言葉でコミュニケーションを交わすことの出来る生物であるが、高度すぎる故に、それらを偽る事が出来る。」


「例えば好きなものの話をしているとしよう。会話している相手が『私はトマトが大好きだ』と言った。しかし自分がそれを大嫌いだった場合、果たして正直に『それは嫌い』だと伝えられる人間はどれくらい居る?」


「トマトの部分は何に言い換えても良い。流行りの映画、気になる商品などでも何でもいい。いずれにせよ、相手の好きなものを否定することは、基本、抵抗がある人間が多いはずだ。」


「だがそこで嘘をついたところで何になる? そもそもこの会話は何を目的にしている? 相手の好みを知ったところで、それがいったい何の役に立つ? だからこそ私は、そんな不確かなコミュニケーションなんて、無意味なものとばかり考えていた。」


「そんな考えを持ち、実践していた私は、当然のように1人も友人と言える存在が居なかった。寂しくはなかったさ。幸い、嫌われてる訳でも無かったし、1人の方が読書や学習に集中が出来た。ただ、そのせいで、1人では出来ない問題に対面した時、頼りに出来る人間が誰も居なかった。」


「君に始めて声を掛けたあの日……実は私は、非常に緊張していた。君の前に数人、私の前を通っていったが、怖くて誰にも声をかけることが出来なかった。あの時は、自分のコミュニケーション能力の低さに絶望したよ。私が今まで無駄だと思って排斥してきたものが、どうしようもなく必要な事だったと、始めて気付かされた。」


「そんな中、疲れ切った君が私の前に通りかかった。ひと目見て、君が押しに弱そうだというのが見て取れたし、弱った人間の隙に付け入るのが合理的だと判断し、私は声をかけた。後は、君も知っての通りさ。コミュニケーション能力が壊滅的な私でも、相手の弱みに付け込んだりするのは何故か得意でね。言ってしまえば、君はいいカモだったよ。ふふん。」


「……さて、この話には少し続きがあってね。それから私は、以前より少し自発的に、他者と接触するように努めた。と言っても、挨拶を返したり、簡単な会話をする程度だがね。その成果もあってか、少しずつ、友人と呼んで差し支えない人間も増えてきた。洋菓子をくれた後輩も、その内の1人というわけだ。」


「だから……その……なんだ。こういった意識を変えるきっかけになったのは助手くんだし、なんなら、始めての友人と言える存在も君なわけで……あぁもう、コミュニケーションというのは本当に面倒だな!」


「とにかく、その……君にはとても感謝している。だから……ありがとう。それを、改めて伝えたかったんだ。……なんだ、ニヤニヤして。気味が悪いぞ、助手くん。」


(電気ケトルのお湯が湧いた音)

「あぁ、話している内にお湯が湧いたな。お茶を入れてくる。」


(2つのマグカップにお湯を注ぐ音、ティーバッグを取り出す音)

「はい、これは君の分だ。ティーバッグの安物の紅茶だが、味は悪くないぞ。」


(机の上に2つのマグカップを置く音)

「……さて、コミュニケーションの話に戻るが、結局のところコミュニケーションとは、『相手の事を理解する』ことにあると思われる。すなわち相手に合わせて嘘を付くのも、その性質自体を理解してしまえば、それは意味のあるコミュニケーションであると私は結論づける。故に、どんな会話にも意味はある、というのが私の見解だ。」


「そしてコミュニケーションというのは、一般的に相互に行われるものであると認識している。私の話は以上なのだが……助手くん、私が何を言いたいか、わかるか?」


「……その顔はわかっている顔だね。ふふ、こう言うことがわかるのも、またコミュニケーションの成果だと言えるだろうか。」


「……私は君の事をもっとよく理解したい。だから……お茶でもしながら、今度は、君の話を聞かせてほしいな。まだ私の知らない君のことを、この紅茶と洋菓子が無くなるまでの間、私にたくさん教えてほしい。さぁ、よろしく頼むよ。助手くん。」

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