report.2:座位での首・肩への有効的なアプローチについて

(二人で廊下を歩いている音、しばらくして止まる)

★近・中央

「着いたよ。この部屋だ。今鍵を開ける。」


(鍵の開く音、続いてスライド式の扉が開く音)

「……開いたな。さぁ、入ってくれたまえ」


(部屋の中に入り、足音が止まる)

「ふふん、多少埃臭いが、いい部屋だろう。ふかふかのソファもあるし、安物だが横になれるベッドもある。施術をするために最低限必要なものは揃えているんだ。」


「……この部屋が気になるかい?なに、使われなくなった部室の一つを、先生方と交渉して鍵をいただいただけさ。椅子もベッドも、学校で使っていたお古を譲ってもらった。まぁ色々根回しはしたが……まぁ、そんなことはどうでもいいだろう?」


「立ち話もなんだ。さっそくそこのソファに腰を下ろし給え。」


(ソファに座る音)

★近・右

「今日は初回だから、ある程度簡単に出来るもので様子を見ることにしよう。そうだな……斜角筋。首の横から、前にかけて伸びている筋肉だな。首を支えたり肋骨を持ち上げたりしている筋肉で、これが悪化すると肩こりや、その他の関連痛を引き起こす。最近だと、スマホの利用が増えたことによって、この斜角筋に問題を抱えてる人が増えていると聞く。」


「まずはこの筋肉とその付近。簡単に言うと、首や肩の辺りをほぐしていこうと思う。……だが、まずは君の緊張を解くところからかな。」


★近・中央

「君は、筋弛緩法というものを知っているかい。ざっくり説明すると……体の一部にぐぅ~っと力を入れて、一気に力を抜く。それを繰り返すことで、自然とその部位がリラックスした状態になるという方法だ。存外、これがよく効いてね。私も普段、寝付きが悪い時によくやっている。では、さっそくやってみようか。」


「まず深く息を吸いながら、両肩をぐい〜っと上げるんだ。……そう、そのまま肩を後ろに回して……肩甲骨がくっつくくらい、ぐっ〜っとだ。いいぞ。そうしたら、力を一気に抜いて、ストン。と、肩を落とすんだ。力を抜く時に息を吐くようにするとより良くなる。」


「……ふむ、いい感じだな。もう一回やろう。深く息を吸って……肩をぐい〜っと引き上げて……後ろにぐっと回してー……ストン。よし、もう一度。息を吸って……肩を上げて……後ろに回して……ストン。……どうだ、多少緊張はほぐれたか?」


「……いい感じだな。では、本格的に施術に入っていこう。……肩に触るぞ。」


★密着・中央

「まずは首の横側の辺りを、左右から親指でぐっと圧をかけて……ふっ……そのまま、首を通って、鎖骨の辺りまで圧をかけながら指を通して……ふうっ、まずは一回。もう一度、同じように…ぐっと圧をかけながら、ゆっくり指を滑らせて……鎖骨の近くまで指を通して……よし、ひとまず2セット完了だ。」


「続いて指を少し、首の後ろ側にずらして……先ほどと同じように、圧をかけていく。ふっ、ぐっ……というのも、斜角筋は主に前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋の3つからなる筋肉でな。最初に行ったのが前斜角筋へのアプローチで、今行っているのが、中斜角筋へのアプローチとなっている。それぞれ違う筋肉だから、このようにアプローチも別々にかける必要がある。……と、話に夢中になってしまったな。もう一度……指でぐーっと圧をかけて……ぐいーっ……鎖骨の辺りまで……よし、OK。」


「最後に後斜角筋だ。指を少し首の後ろ側にずらして……ん、どこだ?触ったときの感触で、筋肉の箇所を特定して、それに沿って圧をかけていくんだが……」


(ペタペタと首元を何度も触る音)


(主人公、とっさに身を引く)

★近・中央

「うおっ、急にどうした君。……なに、くすぐったい?」


「……あぁ、すまない。夢中になって首を触りすぎていたか。首は敏感な器官だからな、配慮できずに申し訳ない。……次は気をつけるから、また、触るぞ……」


★密着・中央

「んっ……先程の反省を活かして、触りすぎないように……首の表面をゆっくりと、皮膚の奥の筋肉を探るように、少しだけ圧をかけて……あった。ここだな。では、同じように圧をかけていく。ぐっと指に力を込めて……んっ……鎖骨近くまで動かして……よし。もう一度。ぐいーっと圧をかけて……んー、ふっ……ぐぅーっと……よし、いったん一区切りだ。」


「少し、自分で軽く首や肩を回してみてくれ。施術前より、幾分か軽くなった気がしないかい。……ふむ、効果は出ているか……ありがとう。貴重な意見だよ。今度は肩をほぐしていこう。」


「今回は親指と人差指を使って、肩の筋肉を揉みほぐしていく。これは二指圧迫法という手法で……あぁすまない、また話が長くなってしまった。要するに、よくあるシンプルな肩揉みだ。」


「では、触るぞ。まずは肩の付け根の辺りから……んっ、ふっ……徐々に肩先の方へ……。ふむ……先程の施術のおかげか、緊張は解れているな……。んっ……ただ、それとは別に……君、何か定期的に重いものでも運んでるのか? あるいは同じ姿勢でずっと動いてないとか……まさかこんなに凝っているとはな……ふぅ、一苦労だな、これは……」


「よし、同じ流れでもう一度……あぁ、忘れていた。施術を受けている感想はどんな感じかな? 痛かったり、嫌なところは? ……そうか、気持ちいい、か……良かった。……なんせ、人にやるのは初めてだからな……私も少し不安だったんだ。上手く出来ているなら、私も嬉しいよ。」


「次は少しアプローチを変えてみよう。ただ揉みほぐすだけではなく、親指と四指でしっかり筋肉を掴んで……前後に振るわせる。ぐいーっ、ぐいーっと……痛くはないかい? こうすることで、ただ揉みほぐすだけと違った効果があるんだが、人や状態によっては痛みや不快感がある場合がある。何かあったら、すぐに言ってくれたまえ。」


「今のところは大丈夫そうかな。では少し位置をずらして、もう一度……ぐいーっ、ぐいーっ……ふぅ、流石に少し、指が疲れてきたな。本来は腹臥位……うつ伏せの状態になってもらって、体重を利用して圧迫するのが良いんだが……その、あのベッドは普段、私が使っていてだな……今度、ちゃんとシーツなどを洗ったり干したりしてから、そっちの施術はさせてくれ。……なんだその意外そうな顔は。私にも、人並みの恥じらいくらいはあるさ。まったく……ふぅ。とりあえずこんなものかな。」


★近・中央

「よし、最後に首のストレッチをしよう。これは一人でも出来るから、首がつかれたと思ったら普段からやってみるといい。」


「まずは首の横からだ。自分の右手を、上から左の側頭部に回して……そのまま右手で引っ張るようにして頭を倒し、首の横が伸びるようにするんだ。……上手く出来ているかい?」


「今度は反対側だ。同じように左手で右側の側頭部に手を当てて……ぐいーっと、頭を倒す。無理に力を込める必要はない。なんとなく、伸びているのがわかるくらいでいいぞ。」


「次は前だ。まずは両手の四指を組んで、それぞれの親指を鎖骨のくぼみに置くようにする。その状態で上を向きつつ、前に顎を次出すようにして、首の前の筋肉が伸びるのを感じる。余裕があればその状態で顎先を左右に振って、首の左右の筋肉も少し伸びるようにすると、より効果がある。」


「最後に首の後ろだな。これは簡単で、両手を組んで後頭部に回して、頭を前にぐいーっと倒すだけだ。あまり力を掛ける必要はない。頭の重さと腕の重さを利用して、首の筋肉が伸びるのを感じられればOKだ。」


「よし、これで1セット完了だ。各工程で伸ばす時間の目安は、概ね15秒から30秒。余裕があれば2~3セット行ってもいいが、1セットだけでも十分に効果がある。ぜひ今度から試してみてくれたまえ。慢性的な頭痛に悩んでいたら、これだけで解決する可能性もあるぞ。」


「さて、本日の施術は以上だ。軽く肩や首を動かしてみてくれ。気分はどうだい? ……ふむ、来たときよりはだいぶ良さそうだね。心なしか、表情も少し和らいだように見える。」


「今日はこのまま家に帰って、たっぷり睡眠をとってくれ。普段の睡眠と変わったことや、体調の変化などがあれば、私に細かく報告するように。体調の変化は鮮度が命だからな。……あぁ、そうだ。そのためにも、私の連絡先を教えておこう。何かあればそこにすぐに連絡を。また、明日以降の施術の予定を私から伝えるときにも利用するから、とりあえず今メッセージを送ってくれるかい?」


(ポン、というスマホの通知音)

「……よし、ありがとう。では今度から連絡はこちらで行おう。……ふふっ。あぁいや、何でもない。では、改めて……明日以降もよろしく頼むよ、助手くん。」

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