二章 音楽プロデューサー 若葉

 人っこ一人いない真夜中。鳥が鳴く音しか聞こえない。私はそんな道を歩いていた。仕事終わりの帰り道。残業ばかりで最近中々寝る時間も取れなくて眠気が襲ってくる。

 仕事は小さい頃から好きだった音楽のプロデューサー。だからこそ頑張りたいと思ったがそう上手くいかなかった。

 アーティストの人の曲を聴いて改善点を見つけたり色々。中々大変なことだった。

 暗い、歩き慣れた道を歩いていく。そうすると、ここ何年でも見たことがない不思議な雰囲気を纏っている神社を見つけた。私は無意識にその神社に入っていた。

 境内は暗かった。そんな暗闇で、二つの小さな光を見つけた。恐る恐る近づくと、動物の目のようなものだと分かった。私はその光をなんとか目を凝らして見てみると、そこにいたのは猫だった。そっか、猫って夜行性だったっけ。そんなことを考えていると、猫の方から声がした。

「お前は何か悩んでいるのか。」

と。どうやら猫が話したようだ。猫ってたまに話す子もいるって聞くけど、こんなに身近にいるなんて。というかこんなにはっきりと話すものなのか。

 とりあえず、今の悩みを猫に話した。仕事がうまくいかない事、自分の時間が取れない事。とか。

 ちゃんと意思はあるのだろう。猫がまた話し始めた。

「そうか。じゃあ一つ提案をしよう。」

「提案?」

 興味深いので聞いてみた。

「私がお前の近くに丸一日ついて歩く。安心しろ、周りには見えていない。」

とかなんとか。色々聞いたが未だ少し頭が追いついてないけど。

 とりあえず、猫―龍に一日いてもらうことにした。それにしても、猫なのに名前は龍なんだ。いつまで経っても不思議な子だな。

 翌日の朝、いつもなら静かな家の中だが、

「おはよう。」

と声がする。そうだ、今日は龍がいるんだ。忘れていた。

そして、一応私も

「おはよう、龍。」

と返した。なんだか変。

 今日は大事な日。なんてったって、有名なシンガーソングライターの人との契約がもらえるかもしれないのだ。失敗なんてしたらこの先ないだろうと思った私は、いつもより気合いを入れて家を出た。もちろん、龍と一緒に。

車の座席には、ちょこんと龍が座っていた。こう見ると、案外普通の猫なのかもしれない。

 色々考えているうちに着いてしまった。でも、不安はあまりない。なぜだろうか。龍がいるから?分からないが、とりあえず部屋に向かった。

 今日は自信があると思ったのは間違いだったのか。いつもと変わらない契約の会議。

緊張してしまって言葉がうまく出てこない。というか、相手に呆れられているような。

 結局のところ、契約は見送りになった。なんで。なんでなの。今日が一番大事だったのに。龍は何でもない猫なの?その時の鬱憤を押し付けるかのように、龍のせいにしてしまった。

 家に帰ってすぐに

「何がうまくいくかも、なの?なんにも変わらない、いつも通りだったじゃん。」

かなり当たり強く龍に言ってしまった。だけど、言い返すこともせず、

「未来は何があるか分からないからな。私は疲れたからもう寝るぞ。お前も早めに寝た方がいい。」

と言い残し、眠りについた。その日の夜は気分が良くなかった。

 次の日の朝。龍に謝ろうとしたけど、姿は見当たらなかった。もしかして、怒って神社に帰ってしまったのかと思い、行ってみてもそこには龍どころか神社のある気配すら感じられなかった。

 言わなきゃよかったと後悔していると、電話が掛かってきた。昨日会議をした会社から。内容はまさかだった。あの有名人と契約が取れたのだ。夢かと思ったが夢じゃなかった。喜びと同時に、龍に対しての申し訳なさが一気に込み上げてきて、人気のない道路で、ただ一人、私は涙を流した。

 あれからというもの、嘘のように契約が取れるようになり、今までの私じゃ到底考えられない、新しい自分になれたのだ。

 そんな私には、日課が増えた。毎日ある言葉を言うのだ。

『ありがとう。龍。』

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篠山神社の不思議な話 音雲 夏空 @negumo_sora

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