そして死は舞い降りる。

 二十四日、僕は学校を終えてすぐに、水川先生に呼び止められた。


「なぁ、最近、四原とは会っているか?」

「今日、寄ろうと思っています。寄るだけです」

 両親は説得したし、彼の家に泊まることは決まっていたが、それをさすがに口に出すことはできなかった。両親にだって、四原の家族が家にいてくれることをちゃんと伝えて、安心させているから、了承を得られたのだ。水川先生は先生の中では、この手の話を分かってくれる先生だと思っていたけれど、それでもこの状況で子どもが出歩くことをよしとはしないだろう。最近は親が迎えに来ることとか、複数の児童で帰ることとか、を推奨しているくらいなのに。しっかり複数で帰っている児童は意外とすくない。迎えだって、親の全員ができるわけでもない。


「そうか……。きょうは特に気を付けろよ。送っていこうか。で、話が終わったら、そこから山岡の家まで」

「大丈夫ですよ。大丈夫」

 実際には泊まるつもりだから、来られたら困る。


「……そうか。この間、プリントを届けに四原の家に行ったんだ」

「そうなんですか」

「四原ひとりしかいなくてな。『これから親が帰ってくるから、大丈夫ですよ』って言われたんだ。でも、四原の親御さん、っていままで一度も見たことがなくて、な。たまに思うんだ。本当に四原に家族はいるんだろうか、って」

 水川先生には似合わない怪談めいた話だ。


「一回も……それ本当ですか。だって一度くらい、先生なんだから、会うことも」

「面談の時も、仕事を理由に断られて。それも電話とかじゃなくて、事前に手紙で。授業参観にも一度も来てくれたことはないし」

「でも四原はちゃんと生活できてるし……」

「そこがおかしくなるから、間違いなくいるんだろうけど、でもすくなくとも、いやこんなことを言っちゃ駄目なのかもしれないが、子どもを大切にする親には見えないんだよな。明日からも気にかけてやってくれ」


 明日、という言葉を水川先生は強調した。

 必ず、四原に明日が来る、と信じたいかのように。

 だったら四原の家にずっといればいいのに、先生も、と僕はそんなことを思った。一、二、三。そして四。どう考えていた、って、次に狙われるのは、四原じゃないか。


 これは今回の件と直接とは関係ないのだが、実は二十四日の夜、水川先生はボランティアのひとたちと一緒に近くをパトロールした後、四原の家の近くに車を停車させて、誰か怪しい人間がいないか、と張り込んでいたらしい、と後で知った。だから僕が下手に玄関から顔を出したりしていれば、水川先生に泊まっていることがばれる未来もあった、ということだ。


 僕は水川先生と話を終えて、四原の家へと向かった。

 もしかしたら、もう死んでいて、とそんな不安が脳裏を掠めるが、


「ありがとう、来てくれて」

 と四原が玄関のドアを開けてくれて、杞憂だったことにほっとする。ドアを開ける時、四原は不安そうだった。そして当然のことのように、四原の家族は見当たらない。


 四原の部屋ではなく、僕たちはリビングで過ごすことになった。リビングの真ん中には丸い焦げ茶色のテーブルがあって、対面するように座る。コーラやウーロン茶、駄菓子やポテチが置いてある。家から外に出たのだろうか、という僕の心配が表情に出ていたのだろう。


 四原が笑った。


「心配しなくても、元々買い込んであった分だよ」

 ひとり用という感じではない。やっぱり四原の家族はちゃんと帰ってきているのだ、と僕は自分に言い聞かせる。


 最初は緊張と不安もあったが、一時間経っても、二時間経っても、何かが起こる気配はない。


 もう大丈夫だろう、と思ったのは、十二時を過ぎた頃だ。もう次の日付に変わっている。僕も四原も、無事だ。普段の寝る時間よりもずっと遅く、そして緊張が緩んだこともあり、急激に睡魔が襲ってきた。


 その夜、僕は夢を見た。

 夢は日常に非日常が平気で混じる世界だ。だからその背景は現実的ではなく、四原の家のリビングとされるものに、僕の部屋の内装と学校の教室の要素が加わったようないびつなものになっていたが、僕は夢の中で、その部屋を四原の家のリビングだ、と判断していた。リビングにひとりの男が入ってくる。大柄な男で、鉈のようなものを持っている。男は四原に覆いかぶさり、手に持っていた鉈を、四原に振り下ろした。頭や、首や、胸や、腹に。何度も、何度も、何度も、何度も。


 僕はただそれを見ているだけだった。怯えて、動けなくなっていたのだ。

 四原は大量の緑色の血を流していた。

 原型を留めていられなくなった四原の死体を見ながら、男は満足したように笑って、僕のほうを見た。


 僕はそこで目を覚ます。現実か夢かの判断もできなくなった脳は、慌てたように、四原の姿を探し、そして横になっている四原を見つける。


 寝息が聞こえて、僕は安心した。

 カーテンの隙間から、朝の光が漏れていた。

 四原は死ぬことなく、翌朝を迎えたのだ。

 死の連鎖はこれで終わりだ。そう思った。


 だけど終わらなかった。


 僕たちの知らないところで、新たな死者が生まれていたのだ。二十四日に。死んだのは、四谷くんという僕たちよりも二学年下の男の子だ。何故、と僕は不思議だった。いや明らかにおかしい、と思った。だっていままでは僕たちの学年だけだったのに、今回は違う学年の子が選ばれた。


 一月二十四日を終えて、四原は学校に登校してくるようになった。

「良かった」とクラスメートのほとんどはほっとしていたはずだ。だけど表立って、「良かったね」と四原に声を掛ける子はいなかった。だって被害者は別に出ていて、この怪事件に終わりの兆しも見えない状況で、気軽に、「良かったね」なんて口にするのは、さすがに不謹慎だ。子どもながらに、みんながそう思っていたのだろう。


 とりあえず、一週間経っても、二週間経っても、事件が解決する雰囲気はなかった。事件がどれだけ陰惨であろうとも、僕たちの日常は続く。事件とは別に、変わったところのない平凡な日々は存在するのだ。二月二十四日までの間に、もし変わったところがあるとしたら、それはバレンタインデーだろう。僕は偶然、六風が四原にチョコを渡しているところを見てしまい、思わず隠れてしまった。それを見て、僕は胸にもやもやとしたものを感じて、その正体が当時は分からずに、ただただ不快だった。嫉妬を自覚して、自分の心と折り合いを付けるのに、僕はまだ幼すぎたのだ。


 そんな、もやもやを抱えたまま迎えた、二月の二十四日。

 登校して、下駄箱を開けると、手紙が入っていた。封筒の裏側に、『五』とだけ書かれた文字を見た瞬間、僕は直感的に、『誰にも見られてはいけない』と思った。だからトイレに駆け込み、個室の中で、手紙を開く。


 書かれてあったのは、たったの一文だ。


『わたしは、後かいなんてしてない。ぜったにそんなこと私はみとめない』

 その文字は震えていた。『わたし』と『私』の表記も揺れている。脱字もある。誰だろう、と考える必要もなく、僕は直感的に誰が書いたものか気付いていた。


 その報せが先生の口から伝えられたのは、正午を過ぎたあたりだった。

 校舎の離れにプレハブ式に建てられた用具倉庫がある。体育館のある場所の近くだ。体育館内にも用具入れの部屋があるので、普段からそこまで使われる場所ではなく、一日一回程度、児童の誰かが、何らかの用で入ることがある。見つけたのは、運の悪い、今回たまたまバスケットボールを取りに来た児童だ。駄目になったボールと替えようと思ったのだろう。


 用具倉庫に、倒れている女子がいた。

 死は、夜、ばかりではない。


 動かなくなっていたその少女は、五代さんだった。

毒を飲んで死んでいたらしい。自殺だそうだ。遺書を抱えながら、毒を飲む。小学校で起こった出来事とは思えないほど、非日常的な感覚に陥ってしまうが、それでも、これは十歳を超えて間もない少女が選んだ道なのだ。


 遺書の中で、五代さんは罪の告白をする。

 これまでに起こった事件の犯人は自分だ、と。どうやって流れたのかは知らないが、その遺書の内容が、とある週刊誌にリークされ、『小五女子の狂気、いかにして少女は殺人鬼となったのか?』という題名で、記事が掲載された。


 本当にそれが真相だったのか、と僕は疑っていたが、その週刊誌の内容を後になって読んだ時、『こうやって書かれてしまうと、真実にしか思えないな』とも感じてしまった。

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