ここから死の連鎖は、はじまった。
結論から言うと、僕は一川くんのお姉さんと話したことを一川くんに伝えることはできなかったし、そもそも仲直りをすることもできなかった。
現在を知っている僕からすると、彼の名前と順番を考えると、当たり前のようにさえ思えてしまうのだが、あの時の僕はひどく驚き、うろたえてしまった。だって何も知らなかったのだから。
一川くんは死んでしまった。
川に浮かんで、水死体として見つかったらしい。
殺された、という話なのだが、犯人は捕まった様子もない。時を同じくして、一川くんのお姉さんの死体も見つかったそうだ。その死は繋がっている、とクラスでそんな噂も流れていたが、僕たちはそれが間違いだ、と知っている。だって僕たちは一川くんのお姉さんから、死の真相を聞いているからだ。
だけど……、いや、だからこそ、と言うべきか、僕は一川くんのお姉さんの死に違和感を覚えてしまっている。見つかったのがS山の山中ではなく、雑居ビルの中で、比較的新しい死体として見つかったからだ。とは言っても、マスコミから出ていた情報ではなく、流れてきた噂が耳に入ってきただけだから、噂が変わって僕の耳に届いただけかもしれない、と最初は思ったのだが、どうやらそんなことはなさそうだ。四原に聞いても、「間違いない」と言っていたからだ。
ふたたび四原の家を訪れたのは、一川くんの葬式が終わった三日後のことだった。
「死んじゃったね……」
ひとの死についての話だったにも関わらず、口から出たのは軽い言葉だった。それは一川くんのことをどうでもいい、と思っていたわけではなく、彼との喧嘩が尾を引いていたからでもない。たぶん誰が死んでいたとしても、僕はこんな口調で話していたはずだ。遠くにあると思っていた死が、急に近寄ってくる感覚に、どうしていいか分からなくなっていたのだ。
「あぁ、そうだな。偶然、なのかな」
四原は僕の軽くなってしまった口調を咎めようとはしなかった。そして四原は四原で、あまり一川くんの死に落ち込んでいる様子はなかった。ふたりとほとんど関わりがなかったからだろう。自分のことを棚に上げて、こんなことを思うのは気が引けるけれど、もうちょっと悲しめよ、とは感じた。
それよりも四原は、その死の背景が気になっているようだった。
「偶然?」
「あぁ、一川くんとお姉さんの死は、本当に何も関係なかったのかな、って思って」
「全然関係ない、と思うけど。だって、一川くんのお姉さんは、彼氏に殺された、って言ってたじゃないか」
「うん、そうだ。『自分でそう言っていた』ただ、それだけなんだ。それ以外に、僕たちはお姉さんのことも、お姉さんの彼氏のことも、何も知らない。話していたことをそのまま真実として捉えてしまった。本当にそれでいいんだろうか」
「本当は違う、ってこと?」
「もう聞ける相手がいないから分からない。実は昨日と一昨日と、僕は彼の家近く、あの日、一川くんのお姉さんと会った場所に行ったんだ。もしかしたら会えるかもしれない。そしたら僕の疑問に答えてくれるかもしれない、って」
「会えたの?」
「会えなかったよ。『最後に話せる相手』って一川くんのお姉さんが言ってたよね」
「成仏したんじゃないか」
「僕もそう思ってた。あれはそういう意味じゃなかったんじゃないかな、って僕はそういう気がして」
四原は真剣な表情をしていた。宇宙人の話をする時の四原もいつも真剣な表情をしているが、それとは別種の感情がそこにはあるような気がした。どちらも真剣ではあるのだが、都市伝説や宇宙人の話をする時の四原は相手が信じてくれなくてもいい、と思っているような態度に見えるのだが、その時の四原は僕に信じて欲しい、と願っているように見えた。
「そういう意味じゃなかった?」
「なぁ、山岡。僕は思ってしまったんだ。これは思っただけだ。だから正しいかどうかなんて分からない。でも思ってしまった以上、僕はこれが真実のような気がして仕方ないんだ。一川くんのお姉さんは本当に死んでたのかな」
「だって死体が……」
「見つかる前の……つまりは僕たちが一川くんのお姉さんと会ってた時の話だよ。生きていたんじゃないか」
「そんなわけ……ないだろ……」
震えた僕の声は自信なさげなものとして、きっと四原の耳に届いていたはずだ。否定の言葉を、僕自身が信じていなかった。
「俺の想像だけど、言ってもいいかな」僕の返事も待たずに、四原は語りはじめた。彼自身、言わずにはいられなかったのかもしれない。「一川くんのお姉さんが、彼氏を殺したんじゃないかな」
「なんだよ、それ……」
「突発的に殺してしまって……。父親のトランクに乗せて、って言ってたけど、あれ、一川くんのお姉さんのほうの話だったんじゃないかな。彼氏を殺してしまって、慌てた彼女が助けを求めた相手が自分のお父さんかお母さんか、もしかしたらその両方だったのかもしれないけど。で、家族も共犯になってしまった。死体を捨てて、そのあとどうなったのかは分からないけど、親子で仲違いになったのか、それとも迷惑をかけたくない、って思ったのか、一川くんのお姉さんは逃げて逃げて逃げ回って、もう無理だ、と考えて、ここに戻ってきたんだ。死ぬ前に、最後にもう一度、家族に」
まるでその場で見てきたかのように、四原が言った。
「それ、想像だろ」
「うん。真実かどうかも分からない、ただの想像だよ」
「もしそれが真実だとしても、一川くんが死ぬのは意味が分からない」
「そうだな……。でも急に行方不明になったお姉さんがいきなり帰ってきて、それでいままでまったく知らなかった真相をお姉さんから聞かされたとしたら、一川くんも平常心ではいられないかもしれない。それで自分で命を……」
「もうやめよう」
僕は無理やり言葉をさえぎった。怖くなって。
「ひとの死を想像するなんて良くない、って水川先生ならそう言うよ、きっと」
「ごめん。そうだな。ただの想像だし、実際は全然違うかもしれない」
言っている本人自身がそれを信じていないような口振りだった。それでも話をやめてくれたのは、僕を気遣ってくれたのだろう。
四原の家を出た後、僕は一川くんのお姉さんと出会った場所に向かった。
別に会えると思っていたわけではないし、会えないだろう、とも感じていた。そもそも会ったところで自分が何を聞きたいのかも分かっていなかった。
一川くんのお姉さんがいた。
薄くぼやけていて、あの日のようにはっきりとはしていない。
僕は声を掛けようとして、何も言えなかった。
一川くんのお姉さんは僕がそばにいるのに、まったく気付く様子もなく、僕を通り過ぎていく。これこそが本当の幽霊だったのだろう。
だとしたら四原の想像は――。
これが僕たちの関わるようになったきっかけの、不可思議な出来事だ。
そしてここからはあの時の出来事から三ヶ月近く経った、終わりのはじまりの出来事の話になっていく。
「僕はもうすぐ死ぬかもしれない」
四原が僕にそう言ったのは、一月のなかば頃だった。それは僕も不安に感じていたことではあったけれど、まさか彼の口から聞かされるとは思っていなかった。
毎月二十四日に学校の児童の誰かが死ぬ。スタートは一川くんだった。次は二階堂くん。そして三上くん。だから名前に、四、の付く児童が次に死ぬ可能性がある、と思ってしまうのは、自然な感情だった。だけど四原は性格的に、そんなことは口にしないのではないか、と思っていた。どちらかと言えば、「次は誰なんだろう」とそんなふうに堂々と口にする失礼な四原のほうが想像しやすかったのだ。
というよりも、僕が見たくなかっただけなのかもしれない。そんな四原の姿を。
「怖いんだ……」
と恐れを口にする四原の姿を。
だけどあの日、一月二十四日のことを思い出す前に、まずはその直前に起こった事件について考えなければならないだろう。あれは間違いなく地続きにあったものだからだ。
ひとりの少女が起こした事件について。
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