幽霊になった姉の語る恋の顛末は。

 私が影野くんと出会ったのは、高校に入ってすぐだった。

 って言っても、別に劇的な出会いとかそんなんじゃないよ。私も年頃の女の子だから、そんな出会いに憧れてみちゃったこともあるけど、ね。残念ながら、そんな出会いは私の人生にはないまま終わっちゃった。あっ、話が逸れそうだね。うん。彼は高校一年生の時、同じクラスになった男の子だったんだ。黒髪の長髪で、すこし冷たい雰囲気が印象的で、ね。周りに馴染まないのか、馴染めないのか、は分からないけれど、他人と歩調を合わせようとしない姿が気になって、気付けば、私は彼によく話しかけるようになっていた。


 まぁでも、最初は邪険にされたけどね。


 嫌じゃなかったのか、って?

 もちろん最初は嫌だったけど、私、興味のある相手には、ぐいぐい話しかけることができる人間だったから。嫌われたって、食らいついていけるんだ。まぁ私を嫌いなひとからすれば、すごい迷惑だろうけど。


 何度も何度も話しかけてると、最初は嫌がっていても、最後には心を許してくれるひと、って多いんだ。最後まで許してくれないひとには、これ以上ないほど、迷惑なひとなんだけど、ね。


 影野くんもそうだった。

 出会ってから半年くらい経って、私たちは付き合うようになったんだ。付き合った、って言っても、どっちかが告白して、みたいなのはなくて、なんとなく一緒にいるから、まぁ私たちは付き合ってるんだろうなぁ、ってそんな感じ。


 どこにでもある、ありふれた恋って感じかなぁ。

 でも平凡な恋もこうやって表現してみると、ドラマみたいにも思えるから不思議だよね。


 影野くんは中学の時は野球部に入ってたみたいなんだけど、高校では帰宅部だった。先輩後輩の縦社会がどうも馴染まなくて、あと中学から一緒の嫌いな先輩が部にいたとかで入らなかったんだって。


 教室では一匹狼な感じの姿が印象的だったんだけど、彼は学校を離れれば、暴走族未満みたいなちょっとした不良グループとつるんでいるみたいだった。私がそれを知ったのは、彼と付き合ってからのこと。二年生になる前の、雪が降るような時期だったかな。確か。


 もしもそのことを先に知っていたら、私、たぶん彼と付き合わなかったような気もするな。


 それだけが理由ではないんだけど、彼の孤独さ、周りと関われないような拗ねた雰囲気に惹かれたところがあったのは事実だから。なんかちょっとがっかりしちゃったんだ。あと中途半端な不良っていうのも嫌だったな。私、あんまりそういうのが好きじゃなかったから。


 彼のいたグループが詐欺や犯罪に手を染めはじめた、というのを知ったのは、さらにもうちょっと後の、夏くらいだったかな。蝉時雨が降っていたのを覚えているから。彼がどこか怯えたような、青白い顔を時折、浮かべるようになったから。それでいて平然とした振りができているつもりになっていたみたいだから、滑稽だよね。


 平穏に慣れたグループはたったひとりのカリスマ的な存在が現れると、過激に向きはじめて、歯止めが利かなくなってくる。


 誰だったか、そんなことを書いていたのを覚えてる。

 影野くんのいたグループもいたらしいよ。何度か影野くんから聞かされたことがあったから。私は名前も知らないんだけど、ね。大体、犯罪の計画はそのひとが立てるらしくて、影野くん自身、グループのその現状に違和感を覚えてたみたい。だけど口に出すことはできなかった。たぶん影野くんは本当の意味で、悪党にも小悪党にもなれないひとで、ただ適当にすこし遊ぶだけのためのものとして、そのグループは存在していたんだ、と思う。すくなくとも影野くんにとっては。


 反発する勇気も、抜け出す度胸もなかった。

 情けないよね。仕方ないのかもしれないけどね。人間だから。でもやっぱり情けない、嫌だな、って思った相手と関係を続けることが、私にはできなかった。


 彼がそういう状況に置かれるようになってから、彼はよくいらついて、私に当たるようになったから。暴力まで振るわれることはないけど、ひどい言葉は何度も投げ付けられたかな。ねぇそういう青春って普通なの。青春ってさ、もっと爽やかなものなんじゃないの。


 どんな犯罪に手を染めてたか、って?

 詳しいことは知らないけど、標的を見つけて恐喝とかしてたみたい。誰かひとりが因縁を付けて、そのあと正義の味方の振りした別の連中が助けに来て、「助けてやったんだから、金よこせ」みたいなやり口は一度聞いたことがあったなぁ。


「本当はこんなことやりたくないんだよ。でも仕方ないだろ。抜けたら、俺、殺されるかもしれないんだから」


 そんなふうにぼやいてたこともあったな。

 ねぇきみは例えば自分が同じ状況にいたとして、抜け出せる?

 分からない?


 そっか、そうだよね。当然だ、と思う。ここで簡単に抜け出せるなんて言うひとを、私は信じない。他人事だからそうやって正義ぶっていられるだけだ、と思うから。というか普通はそもそも抜け出せないよ。


 じゃあなんでこんなにも私が幻滅するか、って言ったら、最初の彼への評価が高すぎたから。彼はそうではない一握り、って。勝手に幻想を抱いて、その幻想を自分で勝手に崩しているだけ。彼が自分でそう言ったわけでもないのに、ね。


 そしてあの日が訪れたんだ。

 その日、私が彼の家に行くと、彼の様子は明らかにおかしかった。影野くん、ぶるぶる震えちゃって。幽霊を見たって、あんなに怯えないよ。ほら、ちょっと前に出た小説で、『リング』ってあるでしょ。呪いのビデオテープの。知らない? まぁそっか知らないよね。すごく怖い小説なんだ。まぁでもあれぐらい怖くて、怖いのが苦手なひとだったとしても、あんなには怖がらないよ。


 とりあえず話を聞かせてくれた。というか普通に話しちゃいけない内容だと思うんだけどね。たぶん私なら警察には言わないって踏んだんだろうね。いや実際はなんにも考えずに言っただけかもしれないね。


 強盗の計画だった。


「それ、行かないといけないの?」

「断れるわけないだろ。そんなことしたら、何されるか」

「じゃあ捕まってもいいんだ? たぶんそんな杜撰な計画で何かやっても、捕まるだけだよ」

「嫌だけど、でも……」


 私が何を言っても煮え切らない返事の堂々めぐりで、なんだか腹が立ってきちゃって。情けなくて。それは彼に対しても思っていたし、こんな奴を選んだ私自身に対しても。


「怖いんだね……」

 つい私、ため息をついて、こんなことを言っちゃったんだ。それが彼のプライドを刺激したんだと思う。私、思いっ切り、首を絞められて。別に彼も殺そうと思って、私にそんなことをしたわけじゃないはず。別に彼を信じてるから言ってるわけじゃなくて、明確に殺意を持って、相手を殺せる覚悟があるなら、その悪友連中に対しても、もっと腹を据えた行動が取れると思うもん。なんとなくね。


 あぁ情けない、本当に情けない。

 私は呆気なく死んじゃって、私の死体の上から、私が、私の死体を見おろしていたんだ。私の手元に武器があったら、逆に私が影野くんのこと殺してたのに、ね。あぁ悔しい。本当に悔しいなぁ。体格差でこんなにも情けない奴に負けちゃうなんて。


 私の死体を見ながら、影野くん、うろたえてた。


「お、おい。おい!」

 って。私の身体を揺するけれど、私の肉体は何も反応できなかったから。泣きそうな、間抜けな顔だったよ。あはは、いまでも笑っちゃいそう。あっ、笑ってるか。


 だから彼は、彼らの強盗計画には参加できなかった。私の死体を隠すほうで、頭がいっぱいだったから。望み通りになったんだから、彼にとっては良かったんじゃないかな。


 で、強盗計画なんだけど、新聞とかテレビとかでも報道されていたよ。

 なんとそんな杜撰な計画なのに、彼の悪友たちは強盗に成功しちゃったの。まぁ時効が成立しているわけでもないから、いつまで続くかなんて、まったく分からないけどね。


 えっ、なんで死んだ私がそんなことを知っているか、って?

 うふふ。死者は誰にも知られずに、色んなことを知ることができるから。


 まぁ私が幽霊になったきっかけはこんなところかな。ねっ、口裂け女なんて何も関係ないでしょ。あんなのは誰かが勝手に広めた作り話、いちいち信じるようなもんではないし、私のような清く正しい幽霊を信じなさいな。


 幽霊になってから、私がどうなったか、って?

 影野くん、自分の父親を頼ったみたいで、ね。お父さんは息子がやっぱり可愛かったんでしょうね。父親の車のトランクに私を詰めて、ふたりはS山の山中に私を埋めたの。あっ、白骨死体が出た、っていうニュースと関係があるのか、って思ったでしょ? あれはなんにも関係ないよ。あの辺に私は埋められて、私の肉体はまだ誰にも見つかっていない。肉体、って言っても、もう肉は残ってもないでしょうけどね。ふふ。


 あぁそんなに怖がらないで。怖がらせるつもりはなかったんだ。

 ねぇ、呪い殺してやりたい。父子揃って、本当に憎たらしい。


 それから肉体を失った私は、もうこの辺をふらふらしてるだけ。たまに近くに住んでいるから、家族にも会いたくなるんだけど、でも話す方法がないから。みんな私の姿が見えないみたいで。あなたたちみたいに、見えるひとたちだったら良かったのに、ね。


 寂しいな。なんかすごく寂しい。

 ごめんね。話、やっぱり長くなっちゃったね。弟に会ったら伝えておいて、大好きだったよ、って。……あぁそんなこと言ったら、また喧嘩になっちゃうね。


 いやぁ、でも最後に話せる相手がいて良かった。楽しかったよ。

 なんで最後か、って。


 まぁいいじゃない。そんなこと。

 ははは。

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