忍び込んだ校舎で僕たちは真実を知る。

 深夜の学校を前にして、僕の心の中を占めていたのは、不安だった。


 慣れない夜のちいさな冒険に対する不安もあったが、それ以上に僕の心を怯えさせたのは、誰かに見つかって怒られてしまうことで、小学生が深夜の学校に忍び込んでいたなんて、もしもばれてしまったら、どれだけ怒られることか。本質的に、僕は気弱で、悪目立ちしたくない人間だった。


 不安がる僕に対して、四原は泰然とした態度を取っていて、悔しい気持ちになったのを覚えている。


 四原の後ろを付き従うように、僕は歩く。僕も四原も、もちろん懐中電灯は持っている。ふたつとも四原の家にあった、四原の私物で、明かりをつけると暗闇の中で、頼りない光が伸びていく。


「本当に大丈夫なのかな」

「大丈夫だよ」と四原から即座に答えが返ってくる。

「もし見つかったら」

「見つかったら、僕に無理やり言われた、ってみんなには言いなよ。そうすればきみは何も言われないから」

「そんなこと……言えないよ」

 たとえそれが真実だったとしても。


「別に気にしなくてもいいのに。きみは変なところで真面目だね」

 四原が笑う。


 家族には、四原の家に泊まると伝えてある。

 実際、深夜になるまでは、四原の家にいたのだから、嘘はついていない、と僕は自分に言い聞かせた。


『向こうの親御さんに迷惑になるんじゃないか』と母は言っていた。ちゃんとOKしてくれたよ、と母には伝えたが、こっちに関してはまったくの嘘で、僕は四原の家族に了承など取っていない。そもそも会っていないのだ。


 僕はいままでにも何度か、四原の家に行ったことがあった。だけど何度行っても、不思議なことに、四原以外、家族は誰もいない。いまはたまたまいないんだ、と四原は言うけど、もちろん偶然なわけがないことなど、子どもの僕でも分かった。何故いないのか。仕事の関係でいないのか。あるいは別の理由なのか。そしてどのくらいの頻度で、四原の家族は家に帰っているのか。そもそも四原の家族構成はどういうものなのか。気になることはいくつもあったが、聞くことはできなかった。はっきりと、「聞くな」と四原に言われたわけではないが、そういう雰囲気は醸し出していて、聞いてはいけないような気がしたからだ。


 四原の家族については、とにかく謎めいていた。それこそ都市伝説くらいに。ただそういう状況にあったからこそ、こんな深夜の冒険ができたことも事実だ。怖いし、不安だ。だけど同時に、わくわくするような気持ちもあった。僕も男の子らしく、それなりに好奇心はあったのだ。


 学校に着いた時、時刻は深夜の二時をすこし過ぎた頃だった。正門ではなく回り込むようにして、主に先生たちが使う駐車場を通って、校舎の裏側へと向かう。「校舎に忍び込む」と言った四原の言葉につられて僕はここまで来たわけだけど、どうやって忍び込むかまでは教えてもらってなかった。


 聞いても、

「来れば分かるから」

 という言葉しか返ってこなかった。いつだって四原は説明足らずで、僕は振り回されてばかりだった。そんな日々も、楽しくはあったのだけれど。


 ひとつの窓を前にして、四原が足を止める。


「ここ、かな」

「えっ」

 すると四原が窓を開ける。本来ならすべての窓の鍵は閉まっているはずだ。首を傾げる僕に、四原が言った。


「閉め忘れがあったんだろうね、きっと」

「それは分かるけど」

 僕が気になっていたのは、なんで四原がそれを知っているのか、ということだった。僕の疑問に気付いたのだろう。四原が笑う。


「ほら、花村先生が言ってたじゃないか。鍵の閉め忘れがあるかもしれない、って」

「うん」

「あれが、ヒントだよ。花村先生からの」

「そうだったの?」


 確かに、『深夜三時に学校に忍び込むなんて。そりゃあ、鍵を閉め忘れられてしまう場所もあるだろうけど、ね』と花村先生は言っていた。


「あれを聞いて何も思わなかった?」

「えっ、別になんにも」

「駄目だなぁ。そんなんじゃ、もっと相手の言葉の裏を読むようにならないと。素直になりすぎたら、都市伝説に、異星から侵略に来た奴らに、喰い殺されてしまうよ」

 と四原が辛辣で、怖いことを言う。四原にはたまにこういう時があり、かちん、とは来るけれど、言い返せず、悔しくなったことは何度もある。


「そんな言い方しなくても……」

「あれは僕たちに、こっそり鍵が開いている場所があることを教えてくれたんだよ。どこかまで教えてくれなかったのは、先生なりの矜持なんだと思う」矜持、がどういう意味か、当時は分からなかったけれど、話の腰を折ることができず、聞くことはできなかった。「あの話をしてくれた日から、先生はこの窓の鍵を開けてくれていたんだ。あとは僕たちが見つけてくれるのを待つだけ」

「でも、さ」

「うん?」

「当番の先生が、鍵を閉めるだろ。最後に」

「あぁ、きっとここの窓は盲点なんだ。普段あまり使われない教室だし、鍵が閉まっていて当たり前の場所だから、見回りの時に忘れられがちになる。そういう場所、って知ってたから、花村先生はここを選んだんだ。この一週間、探し回って、大変だったよ」


 熱が冷めてしまったわけじゃなく、やることが分かっていたから、静かに行動をはじめていたのか。想像以上の熱意に、僕は感心するよりも前に呆れてしまった。


「なんで、花村先生はこんなことを」

「さぁ、そこまでは僕には分からないけど……。見て欲しいんじゃないかな。僕たちに」

「見て欲しい?」

「花子さんを。それがいわゆる僕たちの知っている花子さんなのか、花村先生の娘さんなのかは分からないけど。どっちにしろ、僕たちはこれから会えるんだから、それで分かることになるよ」


 僕たちは窓から教室に忍び込む。

 自習室だった。元々は普通の教室として使われていたのだが、生徒数の減少により、クラスがすくなくなったことで、自習室、として使われるようになった場所だ。使われる頻度がすくないから、鍵の閉め忘れもよく起こるのだろう。


 夜の学校に、僕たちの靴音が響く。土足のまま入って、教室や廊下に土が残ってしまうと、怪しまれるかもしれない。僕たちは靴を手に持って、靴下のまま行動することにした。


 自習室から廊下に出て、一年生の教室を通り過ぎたところにある階段をのぼっていく。夜で視界が限定されているせいか、目的の三階トイレまでの距離はいつもよりもずっと遠く感じられた。闇色の染まった廊下が、僕の距離感を狂わせたのだろう。毎日見る光景が初めて見る光景に変わるかのように。


 三階の女子トイレの前に立つ。

 絶対にいる、と僕は思った。たぶんあの時に見た、泣いていた少女が。

 根拠なんてひとつ何もない。だけど確信に近いものがあった。


 僕は気付けば、四原よりも先に女子トイレに足を踏み入れていて、後ろから、「あっ、お、おい」という声が聞こえた。ためらう声は、僕がいままで聞いたことのないもので、いつもなら逆になる僕の積極的な行動に、四原は驚いてしまったのだろう。


 僕は個室のドアをノックする。三回。トン、トン、トン。

 三回じゃなくてもいいような気もした。だって彼女は花子さんでもなんでもないのだから。


「花村先生の娘さんですよね」

 僕は自信を持って、ドア越しに声を掛ける。


 すると個室のドアが開き、そこにはショートカットの少女がいた。中学生にしては大人びているが、どこかあどけない顔の少女だ。


「また、お母さん、こんなこと。自分のところの児童がどうなってもいいのかな、まったく」

 その死者の霊は、僕たちが会いにきたことに驚いた様子もなかった。


「花子さんじゃないんだよね?」

 と聞いたのは、僕の後ろに立つ四原だ。


「もちろん。だって私が死ぬ前から、花子さんの話はあったわけだから、そうすると、矛盾しちゃうじゃない。私は花子さんじゃない。まぁ悪い霊ではあるかもしれないけど。あぁ大丈夫大丈夫。別に殺したりはしないから」


 本当なら僕たちはもっと怖がるべきなんだ、と思う。だけど友達みたいに、屈託のない笑顔で話す少女の姿を怖がることは、どうしてもできなかった。彼女が言うように、『悪い霊』には見えない。すくなくとも僕には。


「花子さんはこのトイレにはいないよ、たぶん。ずっと私はここにいるけど、会ったことないから。せっかく幽霊になったんだから、一度くらい会ってみたいけどね」

「なんだ、テレポート地点じゃなかったのか」

 とすこし残念そうな口調で、四原が言った。


「テレポート? 何それ」

 首を傾げる少女に、四原は自分の珍説を披露して、それを聞いて、少女はお腹のあたりに手を当てて、笑っていた。


「へぇ、面白いこと考えるんだね」

「そういう奴なんです」と僕が答える。

「あっ、お前までそんなこと」と四原は不満げだ。

「ごめんね。花子さんじゃなくて。でもせっかく幽霊に会ったんだから、もっと怖がれば」

「いや、思ったよりも元気そうだったから」


 幽霊に、元気そう、というのもおかしい話だ、と思ったが、それ以外の良い表現が、当時の僕には見つからなかった。いや、仮にいまの話だとしても、僕は適切な言葉を見つけられない気がする。楽しげで元気な、幽霊だ。僕も死んだらこんな幽霊になりたい。僕がいつ死ぬかなんて、まだ分からないけれど……。


「そうね。確かに」

「なんで自殺したんですか? 自殺しそうな感じじゃ」

 と四原が言ったことに、僕は慌てて、


「あっ、おい。馬鹿。それは失礼すぎる」

 と四原を止めようとした。子どもながらに、それは聞いてはいけないことだ、と思ったからだ。四原には、本当にこういうところがある。


「あぁ、いいのいいの。別に気にしないで。……私、実は元々、こんな明るい性格じゃなかったから。まぁ自分で明るい性格、なんて言うのも微妙だね。でも実際、生きていた頃の私は静かで、周りとは距離を置く性格だった。友達もいなかったし、ね。……あっ、別にいじめられてたわけじゃないよ。ただ必要以上に自分から関わりにいこうとしないだけで、相手から話しかけてくれば、もちろん話すし、それなりにうまくやってた、と思う。私がうまくやれなかった相手は、お母さんだけ。お母さんはちょっと……特殊だったから。いや私たちの関係が特殊だった、と言うべきか」


「花村先生のこと?」

「前にここに来た女の子にも聞いたことがあるんだけど、いまのお母さん、ってどんな感じ?」

「えっ、優しくて、人気のある先生ですよ」と、これは僕。

「私には、それが信じられない。むかしはもう、酷かったんだから」と少女は笑う。「もう厳しくて、娘を管理したがる嫌な親」

「あんまり想像できない……、あの?」と、これは四原だ。

「何?」

「さっきから、また、とか、前に、とか言ってるけど、深夜にここに忍び込んだの、って僕たちだけじゃないんですか?」

「あぁ、うん。何年かに一度は来るよ。お母さんの仕業。私に会わせたいんだろうね。そして確認したいんだ、と思う」

「確認?」


「うーん、これは私じゃなくて、お母さんに聞いたほうがいいんじゃないかな。私のこと、花子さん、って言われて来たんでしょ。その意味もきっと分かるからはずだから」少女はこのことについて、一切話す気はないようだった。「……あぁ話が逸れちゃったね。私が自殺した理由の話。お母さんが嫌いだったからかな。私はこの深夜のトイレ周辺しか行き来できないけど、何人かの子から話を聞いて知ってるよ。私がこのトイレで自殺したのは、母親への復讐だって。当たり。私の人生を決めようとしてきて、大喧嘩になって、突発的に、ね。喧嘩の理由なんて、なんだそんなことで、って思うような感じなんだけど、あの頃の私にとっては、『なんだそんなことで』が何よりも大事なことだったの。馬鹿みたいでしょ。馬鹿みたいだけど、あの時の私は必死だったんだよ。これでもね」


「別にそんなことって思わないよ」となんて返して良いのか分からないながらも、僕はそう答える。

「……ありがとう。ねぇ、きみたちは自殺したいと思ったことある?」

「ないです」と答えた僕と違って、四原は無言だった。

「もうすこし年齢を重ねたら、そういう悩みも出てくるかもしれないけど、絶対にしないほうがいいよ。こんなことしたって虚しいだけだから。特に復讐で、なんて。経験者が言うんだから、説得力あるでしょ。復讐するのに、なんで自分を傷付けたかなぁ私、っていつも思うんだ」

「あの……いまでも恨んでるんですか、花村先生のこと?」

「どうかな、多少は、ね。でもたぶん殺したいほど憎んでるとかじゃないかな。お母さんがトイレに来た時、憑いて殺すことできないかな、って一瞬思ったけど、結局、試さなかったから」

「そっか」

 と僕はすこしだけほっとする。


「まぁでも、一個だけ、ちいさな復讐はしようかな、って」

「ちいさな復讐?」

「それもお母さんに聞いたら分かる。あなたたちが私に会いに来れるように、お母さんが仕組んだのも、この復讐があったから。もうやめてもいいんだけど、ね」


 少女の表情が、その時だけ、寂し気になった。


「あの――」

「さて、この話はもう終わり。あなたたちは帰りなさい。いまのお母さんは優しいのかもしれないけど、先生としてやってることは、なんにも正しくないわけだから。こんな夜中に学校に忍び込んではいけません」


 少女の先生めいた言い方に、花村先生の面影が重なる。


 そう言って、少女は消えてしまった。

 それ以上、どうすることもできず、僕たちは校舎を出た。暗い夜道を、四原とふたり並んで歩く。お互い無言だ。四原の家へと向かう途中にある、ゆるやかな勾配の坂道を歩いている途中、僕は聞いた。


「さっきの話だけど」と僕が口火を切る。

「何?」

「『自殺したいと思ったことある?』ってやつ」

「言ってたな」

「あの時、なんで何も言わなかったの。もしかして死にたいとか思ってる?」

「……思ってないよ」


 四原の答えを聞いた時、僕は直感的に嘘だと思った。なんでそんな嘘をついたのか、僕には分からなかった。僕に心配を掛けたくない、と思ったなんて可能性もあるが、四原の性格を考えれば、似合わない答えだ。まったく別の理由だとしたら、それは……。頭の中で考えがぐるぐるとめぐったが、それらしい答えは何も見つからなかった。四原の家族がいつも家にいないことも関係しているのかもしれない、とは考えたが、だからこそ余計に、深く詮索することができなかった。


 こんな時に、僕が遠慮なく相手の心に積極的に踏み込んでいける人間だったなら、また違った未来を、僕たちは歩んでいたのだろうか。そんなことを考えてしまう時もあるが、人生をやり直せない限り、仮定は仮定のまま、変わることはない。


 その会話のあと、四原の家に着くまで、僕たちはまたお互いにしゃべることなく、沈黙のままになった。


「きょうは帰るよ」と僕は言った。

「泊まっていきなよ。もうこんな時間なんだから」


 なんで断ったのか、自分でもあまりよく分かってなかった。重たい空気に耐えられなかっただけかもしれないし、彼が、『死にたい』と思ったことがあることが嫌だったのかもしれないし、僕に対しても詳しく自分のことを話してくれない彼に怒っていたのかもしれない。考えは色々浮かぶが、何よりもしっくりと来るものがあるとすれば、


 予感だったのかもしれない。

 この時にはまだ知らない、これから起こる悲劇についての。

 暗い予感に対するぼんやりとした不安から、無意識に彼を遠ざけようとしたのかもしれない。


 僕が深夜に帰ると、家族は驚いていた。言い訳として用意しておいた、『四原の家でちょっとトラブルがあったみたいで、まぁ親子喧嘩なんだけど、だから勝手に帰ってきた』という言葉を信じたかは分からないが、両親は深く聞こうとはしなかった。


 翌日、僕は花村先生に会いに行った。

 ひとりで。


 四原を誘おうか迷ったが、結局、誘わなかった。僕も四原から誘われることはなかったので、四原もひとりで花村先生に会いに行ったのかもしれないが、四原とこの話はそれ以降していないので、分からない。


「あら、どうしたの。きょうはひとり?」

「花子さんに会いに行ってきました。それでその話をしたくて……。花子さんの正体は、先生の娘さんだったんですね」

「そっか。会ってきたのね」


 花村先生は驚いた表情ひとつ浮かべず、優しくほほ笑んでいた。その笑みはいつもと変わらないはずなのに、僕は、怖い、と思った。花村先生に恐怖を感じたのは、これが初めてのことだ。


 先生に、彼女と話した内容を聞かせる。


「そんなことを娘が……」

「分からないことがあるんです。先生が、僕たちと花子さん……先生の娘さんを会わせようとした理由です。先生に聞くように言われました。その理由、って――」

「私には見えないの、娘が、ね」

 僕の言葉をさえぎるように、花村先生が言った。


「『花子さん』の噂が最初に広がったのは、私がきっかけ。前も話したと思うけど、これは本当。でもひとつ嘘があって、たまたま残っていたわけじゃないの。私よりも前に、後輩の先生で、深夜に女性の幽霊を見た、って言ってるひとがいてね。私が直接聞いたわけじゃないし、その幽霊が娘なのかどうかも分からなかったけど、直感的に、あぁこれは私の娘に違いない、ってなって。だって三階の、娘が死んだトイレなんだから。だから私は娘に会うために、わざと学校に残って、深夜三時、あのトイレに行ったの」

「それで……」

「会えなかった。トイレにいたのは、オカッパ頭の女の子。どこからどう見ても、トイレの花子さんにしか見えない女の子が、何ひとつしゃべらずに、私をじっと見ているの。さっき娘が、私に復讐してる、って言ったでしょ。これよ。娘は絶対に私の前に姿を現さない。代わりに、花子さんを用意するの。娘が化けているんだと思うけどね」

「復讐……」

「むかし、ね。娘が小学校の頃だったかな。私に言ったの。『お母さん、花子さん、って知ってる?』って。私、その時、何くだらないこと言ってるんだろう、って思って、冷たく無視したんだ。もしかしたらそのことを娘も覚えていたのかもしれない。……ごめんね」

「えっ」

 花村先生がいきなり謝ってきて、僕は思わず驚きの声を上げてしまった。


「あなたたちを経由することでしか、私は娘と関われないの」

「はい……」

「あなたたちを危険な目に遭わせた、としても、私は娘と会いたくて。だから後悔はないんだけど、一応、謝っておきたくて。もし良かったら、また」

「会ってどうするんですか?」

「どうしようかな。勝手に死んで、私にくだらない復讐をする娘に……、私はどうしたいのかな」


 その目はどこか虚ろだった。


「失礼しました!」

 僕はぶった切るようにして、会話を終わらせた記憶がある。それから僕は花村先生から距離を取ることを心掛けた。以降、僕は花村先生を避けて過ごし、小学校生活を終えた。幸運だったのは、僕の担任になることがなかったことだ。


 これでトイレの花子さんの話は終わりだ。

 ただこの一件と直接関係はないのだが、この花村先生と会話した三日後、ひとつの事件が起こった。


 隣のクラスに、二階堂くんという男の子がいた。過去形なのは、もう死んでしまったからだ。僕と花村先生の間で会話があった三日後の二十四日に。特別、仲の良かった子ではない。だけどその名前を聞いて、僕は真っ先にその前にすでに起こっていた事件と繋げて考えてしまっていた。たぶんこれは僕だけではないだろう。小学生にとって身近ではない、死、が立て続けに起こってしまったのだから。


 二階堂くんは放課後の教室の窓から転落して、倒れているところを先生が発見したそうだ。救急車で病院に搬送されている途中に、息を引き取ったと聞いている。事故だと言われているが、自殺じゃないか、と生徒たちの間で噂になったのを覚えている。


 はじめてその話を知った時、

 本当にこれで終わるのだろうか、と思った。

 もしかしたらその次には、そしてその次には……。

 そんなふうに考えて、怖くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る