第4話 研究者と助手、そして……

 アイザックの正体は、黒竜様だった。


 その事実に私が驚いていると、アイザックはこれまでのことを説明してくれます。


 竜の山に数十年ぶりに人間の子供が現れた。

 それが嬉しかった黒竜様はその娘に興味を持ち、同じ人間に化けた。


 そうして一緒に、竜の研究を始めたのだという。


 だから黒竜様はこの十数年、姿を消していたんだ。

 人間のアイザックになって、私の幼馴染となっていたから。



「ずっと君のことが好きだった。でも、俺はドラゴンだ。ルシルのためを想うならと、身を引いていた」



 黒竜様の鱗と同じ、アイザックの黒色の髪が風になびく。

 竜が人に化けると、髪の色素は鱗の影響を受けるんだなと、研究者らしく場違いなことを考えてしまう。

 


「だが、ルシルが処刑されることになって、その考えは誤りだと気がついた。竜の姿で人と関わることは禁じられているから、できることなら人の姿で助けたかったが、ルシルが死ぬことに比べれば俺の正体がバレることは些細なことだ」


「だからアイザックは人の姿のまま、何度も私を助けようとしていたんだ」



 竜になれば、いつでも私を救うことはできたはず。


 でも、人に関わることは禁止されていた。


 そのせいで私だけでなく王太子や衛兵たちに、正体を明かすことができなかったんだね。



「何度も苦労をかけさせてごめんなさい。怪我もさせたかも。痛かったでしょう?」


「あんなの怪我には入らない。それにルシルのことを理解できずに傷つけようとする男にはもう任せられないからな、これからは俺が君を幸せにする!」



 アイザックが私を抱きしめる。

 彼の肌が温かい。


 竜も人間と同じような生き物なんだと、なんだか安心してしまう。



「でも、私なんかでいいの? 竜が好きなことしか取り柄がないのに……」


「むしろ大歓迎だ。君はずっと俺のことを好きだと言ってくれていた。黒竜様は憧れだ。むしろ好き。いつか会いたい、と。やっとこうして君に本当の姿を見せることができて、感激だよ」


 

 まさか黒竜様のへの数々の恋慕の言葉が、本人に聞かれていたなんて……。


 は、恥ずかしすぎるんですけど!



「初めて会った日から、俺はルシルに夢中だったんだ」



 アイザックが私の頬をそっと触りました。

 そして騎士のように片膝をつきながら、私の手の甲に口づけをします。 



「ルシル、君を愛している。俺と結婚してくれ」



 10年前と同じように、アイザックが私に手を差し伸べてきます。


 アイザックの誠実そうな瞳が、私を見つめている。

 彼は黒竜様だったけど、私がよく知っているアイザックだ。

 幼馴染で私の助手の、アイザックだ!


 子供のころは、アイザックのことがずっと好きだった。

 いつか彼と結婚するのだと思っていた。


 けれども、我が家は貧乏貴族。

 王族からの婚約の申し出を、断ることなんでてきなかったのだ。


 だから、あの時の想いが、ついにみのる。



「こんな私で良ければ、喜んで……」



 昔と同じように、アイザックの手を握り返します。


 私は黒竜様が大好き。

 でも、相手がアイザックだから、喜んで受けるのだ。

 けっして黒竜様だからと、無作為に手を握ったわけではない。



「私もアイザックが好き。ずっとこうなりたいと思っていたから……」



 それでも、アイザックが黒竜様だったのは嬉しい誤算です、

 まさか気を許している幼馴染の助手が、私が大好きでしかたない黒竜様だったなんて。


 もしかしてこれからは毎日、憧れの黒竜様の鱗を触ることができるのでは?


 それだけではなく、体中いろいろと調べることも夢ではないかも……?


 なにそれ。

 これ、なんてご褒美なの!

 


「一応聞くが、結婚したら俺のことを研究し放題だとか、思っていないだろうな?」


「……バレちゃいました?」



 二人で目を合わせてから、一緒に笑いました。


 研究中のだらしがない私を受け入れてくれていたアイザックとなら、この先なんだってできる気がする。  



「そうだ、これを返しておこう」


「これ、私の竜の爪!」



 無くなったはずの竜の爪が、私の手の中に握られていました。

 研究室が燃やされてしまったから、もう消失してしまったと思っていたのに。



「俺があいつらよりも先に回収した。もちろんルシルの研究成果も無事だ」


「嬉しい……」



 私の宝物が、返ってきた。


 これがあるから、今の私があるのだ。

 それくらい、大切なものだった。



「その竜の爪はな……実は、俺の爪なんだ」


「え、アイザックの?」



 さっきの巨大なドラゴンの姿にしては、随分と小さな爪だけど。



「俺がまだ小竜の頃に、山で爪を折ったことがある。それをルシルが拾ったんだ」



 これ、やっぱり小竜の爪なんだ。

 まさかアイザックのだとは思わなかったから驚きだよ。



「取り返してくれてありがとう。でも、これからどうする? 私たち、帰るところはなくなったままだよ?」



 私、国に戻ったら処刑されちゃうと思うんだよね。



「竜国に行くのはどうだろう。俺は竜国の王子なんだ」



 大昔、竜国の王は、私の故郷である人間の国と盟約を結んだ。


 竜国の王太子を守護竜として人間の国に送り、100年間そこで守護させる。

 それができて初めて一人前の竜として認められ、竜国の後を継ぐことができるという決まりになっていたらしい。


 守護竜信仰の真実が、竜国との盟約だったなんて知らなかった。

 というか、ドラゴンって伝承通り長生きなのね。



「約束の100年はちょうど終わった。だから俺は竜国の王になる」



 アイザックはただのドラゴンではない。

 竜の王族だったのだ。

 


「ルシルは竜国の王妃になるな」


「……私、人間なんだけど、それでも平気なの?」


「大丈夫だ、竜国は様々な種族が住む多民族国家だから安心してくれ」



 竜国は隣の大陸に存在するという、竜が治める強大な国らしいです。


 私たちが暮らしていた国の数十倍の面積と国力を持っており、隣の大陸の盟主として名を轟かせているとのことでした。



「もしかして竜国には、ほかにもドラゴンがたくさんいるの?」


「ああ、たくさんいるよ」


「ふふ、研究しがいがありますね」



 どうやら竜国では、面白そうなことがたくさん待ち受けているみたいです。


 これから私たちは研究者と助手という関係だけではなく、夫婦という新しい関係性も築くことになる。

 私はアイザックの頬に触れながら、その一歩目を踏み出そうとします。



「でもまずは、アイザック。あなたのことを研究させてください」


「ああ、わかっているとも。これまで騙していた分、ルシルになら体の隅々まで調べてもらってかまわない」



 彼が私を抱き寄せ、唇が重なる。

 

 しばらくの間、どちらもその場から離れようとはしませんでした。

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