第3話 推しの黒竜に認知されていた件

 私が幽閉されてから、どれくらい経ったのでしょうか。


 あれから何日も監禁され、ついに処刑当日になりました。

 どうやら私は、ギロチンで処刑されるらしいです。



「ルシル、最後に言い残すことはあるか?」



 クラウス殿下が私に声をかけてくれました。

 


「私の研究成果の中に、竜の山の伝承をまとめた書類があります。それを読んでくだされば、あの山で起きている異変のことがわかるはずです」


「お前の研究室は、昨日燃やした。だからもうこの世にはない」



 ──そ、そんなあ。


 私の10年の結晶が……。



 うなだれる私は、そのまま断頭台だんとうだいに縛られました。


 私の人生のすべてと一緒に、研究室に保管していた竜の爪も失った。

 宝物はこの世から消えた。


 もう、私には何も残っていない。



 ああ、このまま私、殺されるのか。

 もっと竜の研究、したかったなあ。


 叶うなら、一度で良いから、この目で本物の竜を見て、触ってみたかった……。



「ルシル、いま助けるぞ!!」



 広場に異変が起きます。

 処刑を見物に来た群衆をかき分けながら、誰かが近づいて来たのです。



「アイザック!」



 彼だ。

 私の研究助手だ!


 良かった、無事だったんだね。

 捕まっていなかったのなら安心したよ。

 

 でも、見ていて胸が苦しくなります。

 だってアイザックは、どう見ても私を助けようとしてくれているから。



「あれはアイザックか。釈放しゃくほうしてやったのにこりないやつだ」



 クラウス殿下が、衛兵たちにアイザックを取り押さえるよう命じます。



「や、やめてください! アイザックは無関係です!」



 私の言葉は王太子にも衛兵にも届くことはなく、アイザックは再び衛兵たちに取り押さえられてしまいます。


 アイザックはただの研究助手。


 戦闘経験なんてないはず。だから無理だよ!


 私は断頭台から、彼が傷つけられるのを見守ることしかできませんでした。


 

「アイザック……!」



 最後に、彼と目が合った気がする。


 断頭台からそれなりの距離があるから、ただの私の気のせいかもしれない。

 けれども、彼の想いが私には伝わった。


 最後には抵抗もむなしく、アイザックは衛兵たちに連行され、広場から消えていきました。



「こんな私のために、ありがとう……」



 死ぬ前に、彼をひと目でも見れて良かった。


 思い残すことはたくさんあるけど、もういい。

 アイザックにこれほど想われていたという事実だけで、もう満足。


 これで本当に、悔いはない。



「ごめんねアイザック。私はここまでみたい」



 これまで私のわがままに付き合ってくれてありがとう。

 ダメな主だったと思う。ごめんね。


 アイザックは私のことなんか忘れて、自由に生きて欲しい。

 でもこれは私の願望だけど、もしも私の竜研究を引き継いでくれたら、嬉しいな……。



「もういいだろう。ルシルを処刑せよ」



 クラウス殿下が、衛兵に命令を下します。

 ギロチンの小さなレバーに、手がかけられました。


 ついに最後の瞬間です。


 いまさらだけど、痛いのはイヤだな。

 できれば痛みを感じずに命を散らしたい。


 目をつむって、歯を食いしばります。



 ──その時でした。



 突如、広場の向こうから大きな爆発音が聞こえたのです。


 アイザックが連れていかれた方角のはず。

 続けて、広場の誰かが叫びます。



「なんだあれは!?」



 観衆が空を見上げながら指を差しました。


 続けて、広場に大きな影ができます。



「ドラゴン……?」



 バサリと風が舞う。


 空に巨大な竜が飛んでいたのです。



「ルシル、助けに来たぞ!」



 黒色の巨大な竜が私の名前を呼びながら、こちらに突っ込んできました。

 ギロチン周辺の衛兵を尻尾でなぎ倒しながら、大きなあごで断頭台を噛み砕きます。



「まさか、黒竜様ですか?」


「いかにも。我が名は黒竜アインザインティグルム!」



 それは、我が国の守護竜の名前でした。

 

 なぜ黒竜様が私を助けてくれるのか。

 気になるけど、いまはそれどころではありません。


 ──ほ、本物の竜だぁあああ!!


 生まれて初めて目にする竜の姿に、私は目を奪われてしまいます。

 処刑されかけていたことがどうても良くなるくらい、見入ってしまった。


 だってずっと夢見てきた存在ですよ?


 推しの竜なんですよ?


 ああ、幸せ。冥途の土産に良いものが見れました。

 なんだったら、もう今度こそ悔いはないです。


 でも、一つだけ気になることがあるんですよね。



「助けてくださりありがとうございます。でも、なぜ黒竜様が私の名前をご存知なのですか?」


「ルシルのことは小さい頃からずっと見てきた。だから知っているのは当たり前だ」



 え、私、推しに認知されてる!?


 幸せなんですけど!! 


 やっぱり私が竜研究をしているから、黒竜様もそれで知ったのかな。

 私の竜研究も無駄ではなかったのね!



「さてと、人間ども。この娘、我がもらい受ける!」



  竜の襲来というアクシデントが起きましたが、それでも私の処刑は止まってはいませんでした。


 私を殺そうと、衛兵たちが私の元へと群がってきます。

 けれどもそれを阻止するように、黒竜様の尻尾によって衛兵たちが吹き飛ばされました。



「人間よ、ルシルは殺させない。なにがあっても俺が守ると決めたからな」  


「お前たちなにをしている! 早くこの邪竜を退治しろ!」



 クラウス殿下の怒号が響きます。

 広場に、王都に駐留している魔法兵団が集結していました。


 王国最強の部隊です。

 彼らは各々、黒竜様へ魔法を放ちました。



「フンッ、痛くも痒くもない。人間の魔法が我らドラゴンに通じるものか」



 黒竜様の硬いうろこによって、すべての魔法が弾かれてしまいます。

 それどころか攻撃魔法が鱗に反射されて、魔法を放った本人たちに襲い掛かったのです。

 瞬く間に、我が国最強であるはずの魔法兵団が壊滅してしまいました。 

 

 こうなったらもう黒竜様を恐れて、誰一人として近寄ることはしません。



「さあルシル、こんな物騒なところからは早く出てしまおう」



 黒竜様は私を手の上に乗せると、空に飛び上がります。


 王太子が下の方で何か叫んでいる。

 でも、それもすぐに聞こえなくなってしまいました。


 どうやら私、助かったみたい。




「君が幼い頃、一人で竜の山に来たことがあっただろう。人間が俺の住処に来たのは80年ぶりだった。しかも子供がひとりで来たのは初めてだ」



 黒竜様は、隠れて私のことを見ていたんだ。

 私の行動はずっと昔から黒竜様に知られていた。

 

 そのことが、たまらなく嬉しかった。



「だから俺は人の姿になって、君を見守ろうと決めた」


「人の、姿に……?」



 王都の外れの崖の上に、黒竜様は私をそっと下ろします。

 そして黒竜様の姿が、小さく縮んでいきました。



「え、アイザック……?」


 

 黒竜様が立っていた場所にいたのは、私の助手のアイザックでした。


 何が起きたのかは理解できる。

 だけどこんなこと、信じられない。



「驚かしてすまない……実は俺は、人間ではないんだ」


「アイザックは、黒竜様だったんだね……」

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