【掌編】砂粒を抱いて眠る────魔法使いは謳われない

こどー@鏡の森

砂粒を抱いて眠る────魔法使いは謳われない



 来訪者が部屋へ足を踏み入れるのを待って振り返ると、そこには予想どおりの人物がいた。


 ダヴィード・ポロムラクス、同い年のはとこだ。声をかける前に振り向かれたことに驚くそぶりもなく、ダヴィードは柔和な面差しに笑みを浮かべた。


「食事がまだだって聞いて。付き合ってくれる?」


 昼食には遅すぎ、夕食には早すぎる時間だ。少なくとも午前中からは城内にいて、ずっと気にかけてくれていたのだろう。


「あまり食欲がないの。でも、少しだけなら」


「そう? それなら」


 ダヴィードが入り口方向を振り返ると、近くに控えていた使用人がさっと通路側に引っ込み、すぐに戻ってきた。食事はすでに用意してあったらしい。


「領地に帰った友達が送ってくれたんだ。珍しいものだから、ユナにも勧めたくて」


 配膳された皿の中央には、なるほど見慣れない食材が盛りつけられている。周辺には香草を練り込んだ乾酪、彩りよく盛り付けた煮野菜と茸の和え物。主菜として盛りつけられた初見の食材の下には虹色の光沢を持った皿が敷かれていた。


「友達って、マリエダの方だったかしら」


「そうだよ。なんだと思う? 当ててみて」


 問われて、ユナは少々考え込んだ。


 数ヶ月前、ポロムラクス家に東方の大領地マリエダからの客人があったことは聞き及んでいる。ここオースデンの魔法技術に関心があって、小旅行を兼ねて来ていたという話だった。


 西方を大山脈に接し、山裾に栄えた央都グルティカとの違いと言えば、海だ。


「海のもの──魚でも海藻でもなさそうだから、貝かしら」


「うん。正解」


「干物ならいただいたことがあるけど……。初めてだわ」


 口に含むと食べ慣れた香草の香りに混じって、こくのある塩味が広がった。ほどよい弾力のある身を噛めば独特の甘みも広がって、複雑な旨味の饗宴に思わず目を丸くする。


 その様子を見ていたダヴィードは、ふふ、と満足そうに笑った。


「美味しいでしょ。ずいぶん試行錯誤したんだ、氷で鮮度を維持しようにも運べる距離には限度があるから」


 それもそのはず、マリエダから央都までの間には、よほどの早馬を走らせるのではない限り三日ほどの距離がある。


「どうやって運んだの?」


「今回は海水ごと、生きたままで運んだよ。向こうもいろいろ試しているんだ、輸送用に専属の魔法使いを雇うんじゃ高くつくし。あちらでも内陸に運ぶ時は干物にしたり、身を叩いて発酵させたりしているようだよ」


 ダヴィードの友達だという相手は、なかなかに商魂のたくましい人物のようだ。


「それと、これは僕も驚いたんだけど──」


 指先の汚れを布巾で落とし、ダヴィードは懐から小さな箱を取り出した。


「見て、これ」


 ユナの目の前に差し出すように開かれた小箱の中には、まろやかな白みの石が鎮座している。


「……真珠?」


「うん。二枚貝では養殖もされているけど、今回のは巻き貝なんだ。何万分の一の確率で取れることがあると聞いてはいたけど──」


 偶然にしたってできすぎているんじゃないか、と料理人も驚き、扱いに困ってしまったらしい。


「形は少しいびつだけど、加工して装飾品にどうかな。あ──父上には伝わらないよう、口止めしてあるから安心して」


「ヴィダ、そんな──。だって、とても高価なんじゃない」


「多分ね」


 ダヴィードは肩をすくめて笑った。


「ま、でも、城の料理人を勝手に借りたしね? 僕がそばにいたのは、調理方法に口を出したかったからだよ。だからこれは、最初から君のものなんだ」


 言葉は穏やかながら、まったく引く気はなさそうだ。


 それに、贈りものをしておきたい事情には心当たりがあった。とまどいながらもユナはうなずき、差し出された小箱を両手で受け取る。


「……マリエダに留学するんですってね」


 ダヴィードはほんの一瞬、表情から笑みを手放した。


「……うん。やっぱりもう聞いてたんだね。内科学を本格的に勉強したくて、やっと許してもらったんだ」


「そう……」


 ユナの父親であり、この大領地オースデンを治める大領主ジェレミア・アシュレイとダヴィードの父親、ルテイエ・ポロムラクスはいとこの関係にある。ルテイエは大領主に継ぐ強権を持つ総務省の長を務めており、五人の子があるが、男子はダヴィードただ一人だった。後継者として手元に置いておきたいのが本音だろう。


 父ルテイエからは相応の反対があったはずだ。ユナと同じ十三歳にして希望を貫いたダヴィードの姿は、ユナの目にはキラキラと輝いて見えた。


「二年の予定なんだ。冬前に発つよ」


 開いたままの小箱に鎮座する乳白色に目を落とし、ユナは小さくうなずく。


「皆すごいのね。そうやってやりたいことを自分で決めて……。わたしは駄目ね、考え込むばかりで何もできないの」


「ユナ。真珠ってね、芯になっているのは外から入り込んだ異物なんだよ。たいていは砂粒とか」


 小箱から視線を上げると、真正面からユナを見据えるダヴィードと目が合った。その口調はいつもと変わらず、穏やかで優しい。


「吐き出しきれなかった砂粒を貝殻の成分で囲って、やがてこんなに美しく育て上げるんだ。……時間は問題じゃないよ、何事も」


 凛としたダヴィードの顔から再び小箱へと視線を落とし、ユナは一度きゅっと唇を結んだ後、ゆっくりとうなずいた。


「……寂しくなるわ。でも、帰りを待ってる。真珠は大切に飾っておくわ」


「うん。改めて正式な挨拶には来るけど、ゆっくり話せるのは今日が最後かな。この後の予定は?」


「何もないわ。気がすむまでいてちょうだい」


 真に予定がなかったわけではない──城内で行われている魔法研究にはユナも参加していて、ダヴィードの来訪がなければ今頃はそちらに加わっていたかもしれなかったし、気落ちした気分を慰めるためにうたた寝をしていたかもしれなかった。だが、今は何よりもダヴィードとの時間を優先したかった。


「ぼくもねぇ。できることならこっちで外科を学びたかったんだよ。だけど、これも聞いてるでしょ? 僕にはとことん向かないらしくて」


「知ってる。リュンカが言ってた」


「あぁ、やっぱり。別に隠してるわけじゃないからいいんだけどさ……」


 頻繁に顔を合わせるわけではなくとも関係の近しい間柄のこと、話題には事欠かない。日が外れ、空色がすっかり沈んでも雑談の種は尽きず、滞在は結局ユナの就寝間際まで伸びた。


 ダヴィードの父、ルテイエ・ポロムラクスが大領主に対して反旗を上げる、およそ二年前の出来事であった。

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