隠れオタクを見つけたら
『なるほど……その気持ち、わからなくはないです。ただ、自分はフィクションのキャラはフィクションのまま楽しみたいタイプなので、現実に出てきたとしても、自分がそこに絡みたいかというと、それはまた別の話で。だから自分とキャラが話せるか、話したいかというと、あっ、確かに聞いてみたいことは無くはないですが、傍観者になりたいタイプです……』
そして、送信ボタンを押した次の瞬間に後悔する俺。
いや何書いてるんだよ俺。
オタクの悪い癖、つい長文で主張をしてしまいがち。
これを菊川さんが読んでいるらしいんだぞ。
引くだろ。
「わかる、わかる……」
その時、隣の席から聞こえる含み笑い。
「菊川さん……?」
そう言いかけた俺の声は消える。
授業中だよ、と言おうとして、俺は目の前の事実に耐えられなくなった。
菊川さんの顔が、はっきりと笑っていた。
しかもあれだ。テレビを見て芸人のギャグに爆笑してるとかそういう笑い方じゃないのだ。
じわじわと込み上げる笑い、とでもいえば良いのだろうか。
SNS上でよく知らない人が自分と全く同じ意見を言っていて、同志だ!!!となるあれ、あれに近い。
あるいは、アニメを見ていて作中に仕込まれた小ネタを見つけてにやりとする、とか。
陽キャの代表みたいな菊川さんも、あんな表情をするというのか……ってか可愛いなおい。
こんなの俺みたいなオタクがしたら気持ち悪い表情の代表格なんだが。
そして楽しそうな表情で忙しく指を動かす菊川さん。
シャーペンなんてもう持ってない。きっと彼女の意識は、スマホの中に吸い込まれている。
案の定、菊川さんの指が止まるとともに、こっちのスマホにメッセージが届く。
『わたしもわかります! リュウに聞きたいこととか、めちゃくちゃあります。どうしてあのときああいう行動を取ったのかとか、好きな食べ物は何なのか、逆に嫌いな食べ物は無いのかとか、実際のところ転生前の世界に未練はないのか、とか……で、でも、そこまで来たらもう立派に絡んでると言っていいのでは? そしてそれだけ話したのなら、もうすっかり親密な関係になって、リュウと一緒に内緒の話したりとか、そういうのをしたいんです!』
――え?
菊川さんってもしかして、めちゃくちゃオタクだったりするの?
学校では1ミリもそんな風見せてないのだけど。絡んでいる男子も運動部のスポーツできるやつばっかで、どちらかというと俺みたいな文化部男子を下に見ているイメージさえ勝手にあったけど。
それとも俺が知らないだけで、こういう長文レスが実は今密かに流行っているのか?
女子は、相手が自分をどの程度大事に思っているかをレスの速さで判断する、とかいう恐ろしい話を聞いたことがあるけど、今はレスの長さでそれを判断する時代なのか?
しかし本当にそうなら、俺としても精一杯の長文レスで応じなければなるまい。
『すごいですね……そういう発想は自分には全く無いので新鮮です。まいひなさんがリュウのことをそれだけよく思っていただいているというのは、作者としてとても嬉しいです。でも、実際リュウが目の前に出てきたら、緊張して何も話せなくなりそうですが……まいひなさんは、なんて言いたいんです?』
送信ボタンを押した瞬間、菊川さんの顔がわくわくから楽しいに変わる。
やべえ、ちょっとこっちまで楽しくなってきたぞ。
俺も顔が思わずにやけないように注意しないと。
もし好きな作品の作家の正体がクラスの取るに足らないような根暗男子だと発覚したら、菊川さんだって良い気はしまい。
「ねえ知ってる? 春野ってインターネットで小説書いてるんだよ〜!」
とか周りに言い出したら最悪だ。本気でこの教室に居場所がなくなる。
小説を書いてることを家族含め一切他人に口外してないのも、肯定的な反応が返ってくる気が特にしないからだ。
それこそ書籍化でもして、ある程度作品が認められていればまた違うんだろうけど、俺みたいなド素人では変に面白がられるぐらいがせいぜいである。だからリアルで俺のことを知ってる人には言っていない。
まあ、いつまでも隠しっぱなしはきついんじゃないか、と考えなくはないけれど。
そんなことを考えていたら、また返信が来た。
『それはもう、『好きです!わたしと付き合ってください!』って言いますよ! それでリュウは、『ちょっと考えさせて』って言って少し悩むんですけど、最終的には『君を必ず幸せにする』って言ってくれるんです! それでわたしが勢いでリュウをベッドの上に誘って、そういう状況にして、リュウのパワーにわたしは身を任せるんです! わたし、強い男性に手取り足取りしてもらいたいタイプなので!』
菊川さん、それ本心?
それともあなた、多重人格?
俺は頭を抱える。もう先生の言葉が頭に入ってこない。
脳内に浮かぶのは、よくあるRPGの宿屋のベッドの上で、リュウと菊川さんが服を脱いで……
『リュウの服はいつの間にかはだけていた。服の上から見ただけでは想像もつかないような巨大な筋肉の鎧が、リュウの身体を守るのみ。しかし、その鎧は、リュウ自身の少しの心の動きによって、鎧としての機能を失う』
そこまで書いたところで、俺はすんでのところでメッセージ欄から文面を消した。
待て待てえ! 毒されてるぞ、俺。
あと下着姿の菊川さんを勝手に脳内補完してイメージするな。胸はない方、スポブラ、シンプルな白い下着、いや意外とクマさんパンツとかだったら良いな、って変態か俺は!
「すー……はー……はー……」
俺は以前頂いた、崖の上でかっこよくポーズを決めるリュウ(服は着ている)のファンアートを画像フォルダから引っ張り出して心を落ち着ける。
ありがとう、このファンアートを描いてくださった(ハンドルネーム)カスタネアさん。あなたのおかげで、俺は何かあったときもこうして落ち着けています。
『そうですか、わかりました。まいひなさん、本当にありがとうございます。あなたのおかげで、自分は今リュウについて新たな理解を得ている、気がします』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます