心当たりしか無かった


『友だちに頼まれて、バレー部の大会に出たよ! 結果は残念だったけど、やっぱり汗をかくっていい!』

 そのつぶやきとともに貼り付けられている1枚の写真。

 数人の女子がピースをして写っている。背景は体育館の天井。


 

 ……これ、うちの高校じゃねえの?


 気になって、写真を拡大する。

 

 うん、やっぱりそうだ。特徴のある天井ってわけじゃないけど、隅っこに挟まっているバレーのボールの模様が一致している。今日も体育の授業で見たんだから間違いない。


 そして確かに、先週の土日はうちの高校の体育館でバレーの地区大会があったはずだ。

 つぶやきの日付は、先週の日曜日。


 

 ということは、まいひなさんは先週の日曜日にうちの高校にいたということになる。

 しかも選手として大会に出たのだから、このあたりの高校の生徒ということだ。



 おいおい、これは急展開だぞ。

 下手したら、俺の生活範囲の圏内にまいひなさんはいるということになる。最低でも同県。



 さて、一度気になるとやめられないのがオタクの性みたいなところだ。

 俺はさらにつぶやきをさかのぼって、何かヒントがないかと……


『今日はバスケ部の練習試合に参加してきました! 大変だったけど見事勝利!』

 探そうとする前に、すぐヒントがやってきた。

 そのつぶやきの日付は先々週の日曜日で、添付されている自撮り写真の背景は……


 

 ……おいおいおいおい。またあるぞ、隅っこに挟まったバレーのボール。


 どうなってんだよこれ。


 なんでそんな二週連続でうちの高校の体育館にいるんだよ。



 俺はバスケ部男子の友人にメッセージを送る。


『先々週の日曜日って、女子バスケ部練習試合してた? うちの高校で』


 タイミングよく、すぐに返事が来た。

『なんでお前知ってんだよ。確かにその日はうちの体育館で男女とも練習試合だったけど』

『そうか、ありがと』


 こんなことで嘘をつく友人ではない。

 そしてまいひなさんも、こんなことで嘘はつかないだろう。つく理由がない。


 つまり、まいひなさんは先々週の日曜日はバスケ部員としてうちの高校で練習試合を行い、先週はバレー部員としてうちの高校で大会に出ていたことになる。


 そんな芸当、可能なのか――?




 ――待て。ちょっと待て。


 そんな芸当している人間に、1人心当たりがある。




 俺はもう一度バスケ部男子にメッセージを送る。

『なあ、その先々週の練習試合って、菊川さんいた?』


『ああ、いたよ。なんかレギュラーの先輩が急に法事で来られなくなったらしくて、1年女子が連れてきたんだ。そしたら大活躍で、男子の先輩もみんなぽかんよ』

『それは想像が容易だな』

『誰だあの子、バスケ部に入れろってなってさ。俺が菊川さんは誘っても駄目です、って言ってもなかなか聞いてくれなかったよ。ってか菊川さんがどうかしたん?』

『いや、こっちの話』



 返信して、一旦スマホを置く。


 無意識のうちに、大きく息を吐いていた。



 ――間違いない。


 あちこちの運動部の大会や練習試合に頼まれて参加する、高校1年生。

 それもうちの高校。

 絵に描いたような陽キャ。空手をやっている。



 

 まいひなさんは、菊川さんだ。



 ***



 翌日の1時間目は英語。


 だけど、手につくはずもなく。


 俺はちらちらと隣の席に視線を送る。


 

 俺がいるのは教室の一番後ろ。

 その右隣に、菊川さんが座っている。

 

 教科書とノートを広げ、時折板書を取る。

 ぼんやりと黒板や、手元を眺める目。すっと通った顔のライン。若干耳にかかった髪と、それらをまとめた後ろのポニーテール。

 その横顔は、学年でも上位の可愛さだろう。



「?」


 ふっと横を向いた菊川さんと一瞬目が合って、俺は反射的に目をそらす。



 ――本当に、この菊川さんがまいひなさん?


 見ていると、改めて疑問が湧き上がる。

 だってあまりにも信じがたい。


 今日も菊川さんは、クラスの女子たちの中心にいて、昨日見たドラマの話をしていた。


 いつも彼女の周りには人がいる。

 先生からも気に入られている。


 男女問わず人気の高い子であり、どちらかというと根暗な俺なんかとは、住む世界が違うといっても過言ではない。



 そんな人が星の数ほどあるWeb小説の中から、俺の作品を読んでいる、どころか二次創作夢小説を書いてほしいと頼み込むまでにハマっている。

 いやいや、本当になんで?



 我慢しきれず、俺はこっそりとスマホを取り出す。

 立てた教科書の影に置いて、メッセージ欄を開いて文章を打ち込む。



『あの、どうしてリュウといちゃいちゃしたいのですか? もちろん魅力を持っていただけるのは嬉しいのですが、作品のキャラと自分がいちゃいちゃしたいというのは、面白い感想だなと思ったのですが……』


 送信ボタンを押す。



 その次の瞬間、俺は見た。


 隣の菊川さんが、先生の目を盗んで制服の胸ポケットからスマホを取り出し、嬉しそうな顔でタッチするのを。

 買ったままの何もしてない黒い俺のやつとは違い、鮮やかな赤の、背面に写真が貼り付けられて、小さなキーホルダーがついたスマホ。



 ……いやいや待て。まだ別に俺のメッセージに返事したと決まったわけじゃない。

 そうだ、たまたまの可能性だってまだある。


 俺同様、先生に見えない教科書の影に置いたスマホの上を、忙しく指を滑らす菊川さん。

 その顔は、給食が好きなメニューだったときの小学生のように輝いている。

 

 うんうん、きっと何か良いことがあったのだ。

 電子配信で読んでたマンガが更新したとか、推しの新しいつぶやきがあったとか。


 いや、陽キャはそんなんじゃ喜ばないか?

 じゃあ、友だちから遊びのお誘い?



 そんなことを考えていると、菊川さんの指の動きが止まった。

 そして同時に、俺のスマホのメッセージ欄に映し出されるまいひなさんからのメッセージ。


『それはもちろん、リュウのすべてが好きだからです! 今すぐリュウが小説の画面から出てきてほしいと思ってますし、この手で触れて感じてみたいと思ってます! 三日野人先生も、好きな小説やアニメのキャラクターが現実に出てきてほしい、とか思ったことありません?』



 横を見ると、すぐわかった。

 菊川さんの顔から、わくわくという効果音が出ているかのようだった。まず授業中にする顔じゃない。


 

 まじか……と思いつつ、俺はもう少し返事を続けてみる。

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