放課後、二人きりで。

瞼が鉛のように重い。

昨日は結局気になってなかなか寝付けず、4時間ほどしか眠れなかった。

ゆきなに呼ばれて、ふらつきながらリビングへ向かう。

「おはよー、お兄ちゃん。今日は鮭の塩焼きだよー」

髪を後ろに束ねた少女が元気そうにこちらを振り向く。

文月ゆきな。中学三年生の、僕の義理の妹。僕が小学二年生のころに僕の両親に連れられてうちに来たけど、詳しい事情は両親が特に話さなかったので分からない。

ちなみに今は両親とも海外で働いているので、ゆきなと二人暮らしだ。

「おー…美味しそ…」

我ながらひどく無愛想だと思う。

眠気でほとんどゾンビみたいな挙動の僕をさすがに心配した様子で、妹は食卓につく。

「大丈夫?寝れなかったなら言ってくれたら添い寝したのに」

「いや…大丈夫だから…ちょっといろいろあっただけ…」

いつも通りのお兄ちゃんっ子ぶりに少し呆れながら、僕も食卓につく。

そのままスマホを卓上に取り出し、おそるおそる画面をつける。

通知欄に表示されたメッセージは―


『わかった』

『楽しみにしてるね』


思わず小さくガッツポーズをする。

これで、まず第一の関門は突破だ。あとは交渉して入部してもらえるかどうか。

放課後どう話を切り出すか思案していると、ゆきなが僕のスマホの画面を覗き込んでいることに気づく。

ゆきなのほうに視線を向けたその瞬間―

「え、女子とメッセしてんの?」

心底魂消たまげたような様子でこちらを見てくる。

若干失礼な気がするが、僕が今まで同い年の女子とほとんど関わってなかったことを考えると当然の反応だ。

「あずさ…って誰?私知らない人だよね?学校の人?」

「う、うん…」

ゆきなはスマホを食卓からひったくると、目を輝かせてこちらを見てくる。

「写真!写真ないの!?顔見てみたいんだけど!!」

「な、ないから…スマホ返して、ね?」

「あ、クラスグループに集合写真あるじゃん!!どれ!?どの人!?」

「ちょ、ちょっと…あ…この人…」

「え、めっちゃかわいいじゃん!こんな人落とすとか流石だねーお兄ちゃん」

ゆきなはすごいテンションでスマホを両手でぶんぶん動かしながら写真を眺めている。

「いや、その人とはそういうんじゃないから…」

第一、天桃さんは失恋したばかりで、まだ恋をするような段階じゃないだろう。

僕も女子に恋なんて縁遠い話だ。

「ふーん。でも、お兄ちゃん女子に人気ありそうだし、ワンチャンあるかもね」

天桃さんの事情はつゆ知らず、にやけ面でスマホを返すゆきなに苦笑いを向けながら、僕は箸を手に取った。





二時限目と三時限目の間の休み時間になった。

放課後のイメージトレーニングをしながら、目で天桃さんを探す。

彼女は僕の視線に気が付くと、昨日と同じようにへにゃりとした笑顔を―

…向けることなく、一瞬真顔になってすぐに視線を逸らした。

あれ。

僕何かしたかな。

やっぱり、急に連絡されるのは迷惑だったのだろうか。

でも、返事的には別に嫌だったわけでもなさそうだし…。

彼女はすでに、何事もなかったかのように友達との雑談に花を咲かせている。

胸の中に霧がかかる。

無意識に目線を机に落とし、頭の中で今までの天桃さんとのやり取りを反芻する。

…もしかして、昨日帰りに挨拶されたときにびっくりして返事できなかったからかな…?

それとも、昨日笑いかけられた時にびびってすぐ顔逸らしちゃったから…?

はっきりとした原因が分からないまま、曇る気持ちを抑えるように、僕はせこせこと教科書を引き出しにしまった。





放課後。吹奏楽の音が重く響き、まばらに校舎を包みだす。

僕は胸に手を当ててもやもやした気持ちを抑えつつ、頭の中で今日の話のための原稿をもう一度唱えた。

緊張で乾いた唇を舐め、冷たいドアノブを握る。

無意識に猫背になりながらゆっくりとドアを開けると、既に彼女は部屋の中にいた。

机の天板に腰をかけ、毛先を指でくるくるといじりながら、僕に話しかけてくる。

「お、文月くん来た。座りなよ」

僕は軽く頭を下げて、隣の机に腰かけて天桃さんを見る。

窓から差し込んだ西日が彼女を朱色に染める。

キラキラと光を反射して宝石のように輝く髪の先は、指に弾かれてサラサラと形を変え続ける。

…さっきから毛先をいじりすぎじゃないだろうか。

落ち着きのない彼女の様子を訝しむ僕の視線に気づいたのか、彼女はこちらを向いた。

髪を弄んでいた手を机につくと、わずかに唇を噛んでから、口を開く。

「それで、話って何かな」

彼女の笑顔はどこかぎこちなく見える。

「ぁ…あの、お願いがあって…」

「…うん」

休み時間の素っ気ない対応が忘れられず、考えていた言葉はいつの間にかどこかへ消えていた。

静かに息を吸う。

顔を上げ、彼女の目をまっすぐに見つめる。

お腹に力を込めて、僕は口を開いた。


「部、部活!に、入って、ほ、ほしくて…」


最初は良かったのに、ものすごい勢いで声量が落ちていった。

しゃべっている最中に俯いていた視線を彼女の顔に戻す。

彼女の反応は――


「………え!?話ってそれ!?」


目算が外れたと言わんばかりに目を見開いて、僕を見つめていた。

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階段下でたむろする、女子が苦手な僕と女子。 カカオオレ @02kare

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