お悩み相談部の希望、天桃明日沙
次の日。
担任の気の抜けた挨拶で終礼が終わり、続々と生徒が教室を出ていく。
今日は朝から、天桃さんから話しかけられたりするかと思って身構えていたが、特に僕の生活に変わりはなかった。
違いといえば、授業の間の休み時間に天桃さんと目が合うと何故かへにゃりと笑ってくるくらいだ。
それと、天桃さんは佐藤さんや卓也くんとは別のグループにも話しかけることが多くなった。
多分あの二人に絡むのは少し気まずかったり嫌だったりするのだろう。
元々陽気で誰とでも話すタイプなので、佐藤さんたちとの関係の変化に感づいた人はいないみたいだ。
部活へと急ぐ集団に習って、僕も部室へと歩く。
本来文化部は、特別な教室を使うもの以外は文化部棟に固まっている。
しかし、僕がいる部活は他の文化部とは少し事情が異なるのだ。
癖毛を気にしながら廊下を歩いていると、いつの間にか部室の前についていた。
扉の横のホワイトボードにでかでかと書かれた文字に目をやる。
――「お悩み相談部」。それが、僕の所属している部活の名前である。
ふざけた名前のようだが、これでも活動自体は割とまじめだ。
部活でのルールや活動報告をまとめてあるノートには、この部活の活動内容は、
「生徒や部活の相談に乗り、それを解決できるよう尽力する」と書かれている。
…しかしながら、実際のところ相談に来ることなんてほとんどない。
恐らくその原因は、そもそもこの部活の認知度が低いことと、部室がほぼ使うことのない特別教室ばかりのフロアにあることだろう。
そういうことで活動はほとんどないので、基本的には部室で時間を潰すだけの部活動になっている。
部室の扉を開けると、中には椅子に腰かけた男子生徒の姿が見える。
「おー、文月。おつかれ」
部長、桐谷先輩だ。この部活を立ち上げた張本人で、僕を除いたただ一人の部員である。
「あ、お疲れ様です、部長。今日は当番じゃないですよね?」
「当番じゃないけど、部長だしな。もしかしたら今日は相談がくるかもしれないだろ?」
自分で作っただけあって、部活への熱量はなかなかのものだ。これなら今日は僕は帰ってもいいかな。いいよね。
「えっと、すいません。部長がいるなら、僕帰っても―」
「文月!」
「はっ!はいっ!」
急に大声で名前を呼ばれて、思わず体が跳ねる。さすがに部長の目の前でサボり宣言はまずかったか。
「…唯一の部員として、お前に大切な相談があるんだ」
部長はあごの下で手を組ませ、深刻そうに呟いた。
良かった、怒らせたわけではなかったみたいだ。
しかし、どうやら今日は簡単には帰れそうにない。
安堵と若干の落胆を感じながら、僕は部長の向かいの席に座った。
〇
「…単刀直入に言う。このままだと、この部活は廃部だ」
部長は神妙な面持ちでこちらをまっすぐ見据えながら告げる。
…シリアスな感じになっているが、そりゃそうだって感じだ。
活動はほとんどしてないし、部員は二人だし、顧問もいない。
逆になんで部として認められているのかがわからない。
「今この部を救うには、まず何より部員が必要なんだ。さすがに二人っていうのは余りに少なすぎると生徒会からお達しがあってな」
「まあ、たしかにそうですよね。何人くらいいればいいんですか?」
「一応最低三人だから、あと一人来てくれればいいんだ。いいんだが…」
部長は苦虫を噛み潰したような顔で俯く。いわれなくても分かる。当てがないのだろう。
僕がこの部に入ったのも、体験入部の期間に歩いていたら急に捕まって、断れなかったからだ。
碌な活動もなくただ部室で時間を潰すだけの部活なんて、普通は入らないだろう。
実際僕も、部活動の二時間を一人で駄洒落を考えて終えた時に、結構ちゃんと後悔した。
そして、僕が仲のいい人たちも、みんな運動部に入っている。
うちはほとんどの運動部が兼部禁止なので、この部活に入ってもらうことはできない。
「文月。誰かいないか?女子でもいいぞ」
「……あ」
その時、頭にあのまぶしい笑顔が浮かんだ。
天桃明日沙。昨日の放課後に好きな人と友達が付き合いだして、その愚痴を話したこともない僕に吐きつけてきた女。
彼女は確か、部活には所属していなかったはずだ。
…もしかしたら、来てくれるかもしれない。
一縷の望みを見つけた僕が漏らした声を、部長は聞き逃さなかった。
「候補がいるのか!?女子か!?女子なのか!?」
部長は手で机を叩いて上半身を乗り上げてくる。
女子かどうかそんなに大事だろうか。
部長結構人に好かれそうな見た目してるしそういうの困ってなさそうだけど。
「ま、まあ…ダメ元ですよ?多分忙しいので断られますし…」
部長が落ち込まないように保険に保険を重ねておく。
「全然大丈夫だ!とにかく明日にでも聞いてみてくれ!俺いろいろ準備しとくから!」
断られるって言ってるのに準備しちゃうんだ…。
期待を隠しきれていない部長に、謝るときのイメージを固めながら、僕はスマートフォンを取り出した。
〇
…さすがにそろそろ送るか…。
部長からの相談に乗ったあと、部室でクラスSNSから天桃さんへのDMを開くまではスムーズだった。
しかし、その後結局どんなメッセージを送ればいいか考え付かず、気づけば夜の10時。
僕はベッドで転がりながら、文章を打っては消してを繰り返していた。
ネットで調べた情報によると、メッセージではなく、直接頼んだほうが断られにくいらしい。
なので、明日の放課後に話すための約束を取り付けるメッセージを送る。それだけの話なのだが…。
如何せん、異性と話をするのは慣れない。本来なら、自分からクラスで人気の女子にメッセージなんてあり得ない話だ。
……よし、これにしよう。
およそ二百回の試行錯誤の末、推敲デスゲームの勝者が決まった。
『大事な話があるので、明日、放課後に階段下の部屋に来てください』
2回ほど深呼吸をして、指を微かに震わせながら画面をタップする。
…送った。送ってしまった。
画面が気になって仕方がないので、すぐに画面を布団に伏せる。
今日は寝よう。明日見よう明日。
色んな感情が頭の中を跳ね回る中、それを振り払うように僕は毛布を頭まで被った。
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