階段下でたむろする、女子が苦手な僕と女子。

カカオオレ

静かなる日々に、ちょっとした綻び

5月。


新しい出会いから約一か月が経ち、教室にもなんとなくグループができてきた時期。

昼休みになれば、女子たちは机を固めてそれぞれで駄弁り、男子たちは楽しそうに騒ぎながら食堂へ向かうのが大半だ。そんな青春真っ只中のクラスメイトたちが校舎に喧騒をもたらす中、僕――文月ふみつき墨は、一人で黙々と昼食を食べていた。

別に、一緒に食べる友達がいないとかではない。絶対に、それだけはない。

実際、男子の半分くらいとはそこそこ話しているし、数人は友達といえる関係性だと思う。

ただ、たまたま席の周りが女子ばかりで、最初に一緒にご飯を食べる友達を決められなかっただけなのだ。

その結果他の男子たちが席の近い同士で昼食を食べるグループを固め、僕はそれに取り残されたというわけだ。

とはいえ頼みさえすればみんな快く輪に入れてくれるはずなので、決してぼっちなわけではないということは知っておいてほしい。

断られた時が怖いので、頼んだことはないが。


ここ秀嶺しゅうれい高校には、一年生の昇降口近くの階段下に、使い道がないために放置されている空き部屋がある。

お世辞にも広いとは言えないが、一人でくつろぐにはむしろ落ち着かせてくれる程度の圧迫感。

一人で昼食を食べる僕にとって、この部屋はまさに秘密の楽園といえる。

さて、今日のお弁当は…。

……ゆるい楕円型の弁当箱の蓋を開けると、美味しそうなオムライスの上にケチャップででかでかとハートが描かれている。

そう、僕がこの階段下を使ってご飯を食べているのは、ただ居心地がいいからだけではない。

妹のゆきなが弁当を作った時には、大体この手の謎の演出が盛り込まれているからなのだ。

学校が始まったばかりのときに、一度弁当箱の中に婚姻届が入っていて、周りからとんでもない視線を感じてから、教室では怖くて弁当箱が開けられなくなった。

誰に見せるわけでもない苦笑いを披露しながら、ハートの真ん中に亀裂を入れるように卵を半分に割ってオムライスを口に運ぶ。

シンプルで素朴な味わいで、なかなか美味しい。

ちなみに僕は冷えたごはんも愛せる派だ。むしろそっちのほうが好きまでいきそうなくらいには。

…ん?

七割ほど食べ終えてオムライスが減ってきたところで、思わず手を止める。

本来弁当箱の底があるはずのところには、ラップを一枚挟んで出生届が入っていた。

…まだ中学生のはずだが、こういうのはどうやって手に入れているのだろうか。

というか、出生届って…まさか変なことはしてないよな…

深く考えると深刻な現実と目を合わせそうになるので、何も考えないことにした。





放課後。クラスメイトは思い思いに部活や家路へ向かっていく。

たまには課題をやってから帰ろうか。

秀嶺高校は県内でも有数の進学校なので、課題もそれなりに難しい。

家でやると時間がもったいないので、学校で、特に授業中に隠れてやる生徒が大半を占めている。

今回は昼休みに終わらせられなかった二問だけだ。授業で習ったばかりのところなので時間はかからないだろう。


…教室には、もう誰もいなくなっていた。

まさかたった一問に30分も奪われるとは思わなかった。

何回計算しなおしても解答と合わないと思ったら、クラスSNSで印刷ミスだと連絡が入っていた。

問題のミスを修正してから解くと、20秒くらいで答えが出た。

僕の時間を返してほしい。


教室を出て廊下の窓を見れば、グラウンドではラグビー部やサッカー部が声を上げながら練習に励んでいる。

それを眺めながら、運動部に入ってもよかったかもとか、運動苦手だからやっぱり入らなくてよかったとか考えながら階段を下りて1階へ降りる。

今日は、例の階段下の棚に置いている、続きが気になっている小説を持って帰って家で読むのだ。

期待からか少しばかりの足の軽さを感じながら階段下の扉を開ける。

「え」

…部屋の中には、大粒の涙をあふれさせて顔を拭っている一人のクラスメイトの姿があった。

僕の声を聞いて、即座に凄い目でこちらを見てくる。

…よし、今日はもう帰ろう。本は明日読めばいい。

ゆっくりと扉を閉めて退散しようとする僕の腕を、彼女がすごい勢いで掴んできた。

「ちょっと待ってよ!」

「ぎゃっ!な、なんですか!?」

「帰ろうとしないでよ、えー…文月君…だよね?」

この人、僕の名前知ってたのか。僕は顔と名前が一致してないのに。

掴まれながらバレないように扉を閉めようとしていると、足を差し込んで扉のストッパーにしてきた。

そのまま彼女は、僕の腕を引っ張って覗き込むように顔を寄せ、潤った瞳を悲しそうに揺らして言った。

「クラスメイトのよしみで、愚痴だけでも聞いてよ、お願い」

流石にその悲しそうな顔をこちらに向けられると、ばつが悪い。

その時、少し離れたところから「別れ話?」と小声で話す声が聞こえ、僕はできるだけ彼女の顔を隠すように部屋に逃げ込む。

変によく知らない人との色恋沙汰の噂を立てられるのはごめんだ。この人も嫌だろうし。

彼女には話し声が聞こえていなかったのか、僕が話を聞くために部屋に入ったと勘違いした様子で、口を尖らせながら愚痴を始めようとしている。

ここまで来て逃げても明日からの生活に差し障りそうで怖いので、仕方なく僕は彼女の話を聞くことにした。

一体何が原因であんなに泣いてたんだろうか。僕が苦手な恋愛関係の話じゃなければいいけど…





はい、恋愛関係でした。

しかも恋愛トーク系でおそらく最難関の、失恋の話。

僕は女子が苦手で恋愛とかしたことないから共感もできないし、恋したことない人に励まされても何様だよってなりそうだし、下手なことは言えない。

しかし、僕だって十数年この世の中を渡り歩いてきた人間だ。

困ったときのための会話デッキくらいは用意している。

とりあえず今は話を聞くとき用デッキの「はぁ」「へぇ」辺りの相槌で話が終わるまで凌ぐ予定だ。

ちなみに、話が始まってから現在までに僕がしゃべったのは、5回の「はぁ」と、12回の「へぇ」だけだ。

一気に話し過ぎたのか、彼女は一息ついてからまた口を開きだした。

「でさ、ひどいと思わない?今日の放課後サトちゃんと卓也くんに呼び出されてさ!二人で付き合うことになったとか言うの」

「は、はぁ…」

「サトちゃんは何か私のことキューピッドみたいに扱ってくるし、卓也くんはちょっと距離置こうとしてくるし」

「え、ええと…」

「ん、どうしたの?」

「佐藤さんと卓也くんとあ…あなたってよく一緒にいますから、佐藤さんが卓也くんのこと好きになるのは別に普通のことなんじゃ」

「まあ、そうかもね。卓也くんかっこいいし」

「で、でしたら、佐藤さんに何もいってなかったなら、卓也くんのこと好きになってても特に責められないんじゃ…」

「だから牽制してたって。さっき言ったでしょ?」

「え、え…?」

「ほら、サトちゃんたちと恋バナしてるときに卓也くんのこと気になってるって言ったんだって」

「それで牽制になるんですか…?」

好きならまだしも、気になってるくらいで自分の恋路を諦めてくれるほどの善人はなかなかいなさそうだけど。

「当たり前だよ。女子の恋バナは邪魔者の芽を潰すための人狼ゲームみたいなもんだよ」

そうだったのか。女子怖すぎる。

より一層女子への苦手意識が増幅した僕の横で、彼女は腰を上げて手ではたく。

「今日は用事あるからもう行くね!ありがとう、なんか色々話してスッキリしたかも」

「あはは…えー…あなた、が満足できたならよかったです」

彼女は人差し指をピンと突き立てて口を尖らせる。

天桃あまおう明日沙あずさだよ。苗字だけでも覚えてね、こんなプライベートな話したんだから」

「す、すいません…」

「そんな畏まらなくていいのに。じゃあ私は友達に呼ばれてるから行ってくるね」

「あっはい、さようなら」

彼女――天桃明日沙は扉に手をかけると、スカートを翻してこちらを振り向いた。

「あ、あと――」



「話聞くときは、はぁ、とかへぇ、以外にも相槌考えといたほうが良いと思うよ?」


…天桃が出ていったあとの部屋で、僕は一人、スマホのメモ帳に加筆を始めた。

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