第15話 夏休み前昼
「うふふふふふふふふふっ。私、あなたを気に入っちゃいました。とっても、とおおおおおおってもです。今度はセーフティなどではなく、宿敵として扱ってくださいね」
青色さんは消えた――もとい先輩に戻っていった緑色さんに感慨を示すことなく、淡々として、階段を下って行った。
宿敵。決して気に入られてはならないと言われた相手に気に入られてしまった。
残り二色を集めるには当然青色さんの説得が不可欠だが、
「話し合いでどうにかできる手合いじゃないよなあ」
しかし手札がない訳ではない。緑色さんの存在感と才能を手に入れた今、いくらでもやりようは、
「っ…………ああああっ!」
「先輩!?」
頭を押さえてコンクリート床に転がる彼女の表情は苦悶に満ちている。
口を閉じることすら難しいらしく涎が制服にシミを作った。
「あっ、あたまが」
「喋らないでください! すぐに保健室に! いや見えないのか!? すぐ廃墟に連れて行きますね!!」
緑色さんが元に戻ったことが原因だろう。
腕を僕の首に巻き付け、無理矢理背負う。必死にこらえてもなお漏れる呻き声が痛ましい。未だ緩まることのない日差しを浴びて屋上から地上階に戻る階段へ。
「あ、亜黒君いたあ。って何その体勢、腰痛いの?」
「赤上!?」
息を弾ませ、鮮やかな赤髪を揺らす同級生がちょうど階段から上がってきていた。
「今大変なんだよ、って聞いてる?」
「ごめん。今時間ない…………先輩?」
先輩の声が聞こえない。鈍い汗を額に浮かべて首をひねると、
「すぅ……すぅ……」
「寝てるのか?」
瞼を閉じて寝息を立てる姿は安らかで、先の苦しみなどすっかり忘れてしまったよう。
ひとまず安心なのか?
「たった今時間できた」
「はあ? まいいけど、いま亜黒君が謎の美少女と付き合ってるんじゃないかってクラスで話題になっててさ」
「な、謎の美少女? 誰だそんな噂でっち上げたの」
「意味深な会話して、さっき連れて行かれてたじゃん」
緑色さんのことかぁ……。
「あの人とはそういう関係じゃないから。あのタイプが一番苦手だから」
「やっぱそうよね! そうだと思ってた!」
やけに声色が弾んでいる。僕が恋愛できない奴だと思って浮かれてるのか?
「クラスのみんなには絶対違うって言ってきたから。はい、これ」
赤上は肩にかけていた通学鞄を手に持たせた。これは僕のものだ。
「うちの学校噂立ちやすいでしょ? 絶対面倒になるからもう帰っちゃいなさい。先生には私から話つけておくし」
「心の友よ!! 僕はお前と言う委員長にこれほど感謝した日はないっ!!」
「もっと普通に喜びなさいよ気持ち悪い…………そ、それで、あなたはこれで私に借りができたよね?」
「金なら貸せるぞ」
「か、貸せるんだ」
「宝くじが当たる予定があるからな」
「皮算用じゃない……って、そうじゃなくってね! その、夏休みに神社で夏祭りあるでしょ? 一緒に、行かない?」
顔を髪と同じくらい赤く染めて、瞳を潤ませる。緊張気味に言葉を紡ぐ様はまるで――い、いやいややない。そんなわけない。僕にそういうことが起こる訳がない。思春期特有のなんでも『そういうこと』に結びつけてしまうへんな思考回路のせいだ。
きっとそういう悪戯だ。ここは変に意識せずきちんを受け答えを、
「いっ、いいぞぉ?」
裏返ったぁ……声が……。
「じゃあ約束ね!絶対忘れないでよっ!!」
ぱあっと表情を明るくして階段を駆け下りていく。
残された僕はずり落ちかけた先輩を背負い直して、彼女の重みに潰されそうになりながら学校を出た。
式彩三色は残り二人。
夏休みが始まる。
式彩三色は四人いる! うざいあず @azu16
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