第14話 九死に一生ってやつ?(正解)

「あっ」


 緑色さんは声を漏らした。


 僕の手はグーで、彼女の手はチョキだった。


 即ち、僕の勝ち。


「やった……」


「嘘、なんで。僕が負けるなんて有り得ない。あっさり負けるなんてあっていいはずがない。い、イカサマ?そうだイカサマ! 君はズルしたんだ! ズルするなんてズルい!!」




「あらららららららららぁ?」


 緑色さんは聞こえてくる淡々とした声に萎縮し、次の瞬間には不快感をにじませる。


「犯人が現場に戻ってきているではないですか。セオリー無視の探偵としてセオリー通りに動かれるのは多少遺憾ではありますけど何であれ事件が解決したことは変わりありません。いまさら実況見分は必要ないでしょう、ご同行願えますか? 緑色い『私』」


「なんで探偵様がこんなところにいるのだね。君如きの体力じゃここまで来るのはつらかっただろう。日の当たる屋上なんて場所にいるのはさらにつらいに違いない。さ、回れ右して帰ったらどうかな。別に君が日陰者だからっていう嫌味じゃないがね」


「丁寧な御挨拶ありがとうござます『私』。いや正義の味方でしたっけ?ともかく楽しいおしゃべりでしたよ。先一カ月はあなたの顔を見たくないくらいには」


 長く、青い、深海のような髪を日にかざしながら、その少女は淡々と言葉を紡いだ。まるで推理パートに入ったように。


 髪は長く、鹿撃ち帽を深々と被り、表情も冷淡である。式彩三色の一色に違いない。


「あららららららららららぁ! そちらは白墨亜黒さんですね。七色さんとのご歓談を邪魔しちゃったかしら。悪く思わないでくださいね、彼女はあのドアを蹴破った犯人ですので。熱意ある探偵なら犯人に責任追及する際にお口が悪くなることだってあるでしょう?」


 青色は丁寧なお辞儀の後に、ぎこちなく笑った。


 口角を多少上げて大きな目は僕から離れない。まるでロボットだ。


「あなた方は当然のように僕の名前を把握してるんですね」


「ええ。それが式彩七色という生き物ですから。私は青色、淡々とした冷淡な探偵。ご存知の通り事件解決がもっぱらの能力です」


 僕は一言も青色さんについて知っているとは言っていない。ノータイムの推理力によって『知ってる用』の自己紹介が行われた。


「悪いけど! 君のご同行とやらには従えないね! 僕は亜黒氏に聞かなくちゃいけないことがあるんだよ!」


「……あなた、自分の土俵で負けてごねてたんですね。情けない、本当に『私』ですか?」


「推理力をんなことに使うな気持ち悪い!! あと情けなくないし!!」


「ですが私も多少興味があります。どうやって『私』を出し抜いたのか……それは私がここに来た理由でもあるのですかね。ここで能力を使うなんて無粋な真似はしませんよ、是非ともあなたの口から披露して頂きたい」


「披露すると言うほど複雑なタネでもないですよ。みんな揃ってから話しましょうか」


「「みんな?」」


 屋上の出入り口に視線を向け、釣られて二人も振り返る。


「あのう! 勝負はどうなったんですか!? このナイフはそろそろ捨てちゃっても大丈夫なのでしょうか!!」


 青ざめた顔で現れた先輩は果物ナイフを両手で握っている。


「もう大丈夫ですよ。僕たちの勝利です」


「ほっ本当ですか!? 本当に本当に勝てたんですか!? やったーっやったーーーっ!!! すごいですすごいです白墨君はすごいです!!!」


 ナイフを投げ捨て、彼女は僕に向かって走り出した。


「ぐおっ!?」


 視界が一瞬空を向き、尻をコンクリートへと打ち付ける。


 猪突猛進に腹部へ頭をぶつけるとそのままぐりぐりと擦り付け――僅かにすすり泣く声が聞こえる。


「先輩のおかげでもあります。よくがんばりました」


 真っ白な髪が腹の下で震えていて、思わず指を髪にくぐらせた。


「なにそれ、新手のパントマイム?」


「馬鹿だとは思っていましたがここまでとは残念です。これでみんなが揃ったのでしょう」


「なにおう!? ってか、え? 全然見えないけど、まさか透明人間……分かった。僕が廊下でぶつかった人が、というか『僕』がそこにいるんだ」


 首肯する。


 どうせいつかはバレると思っていたし、この際だからはっきりさせておこう。


 どの式彩三色が僕の先輩なのかを。


「僕の先輩は三原色ではなく、無色――透明人間なんです」


 鼻水と涙でべしょべしょになった先輩は顔を上げて、


「え? ええっ!? 言っちゃうんですかっ!? せっかくのアドバンテージですよ!?」


「どうせいつかバレてましたよ。その『いつか』のタイミングをこちらで設定できた方が、都合が良いと判断したまでです」


 相手依存の不確定要素は削るに越したことは無い。


「ではご説明します。緑色さんに勝つための作戦を」


「もしもし? 一つお願いがあるのですが」


「……むにゃあ、あと五分……」


「モーニングコールではありません。作戦を立てたので協力してほしいのです」


 大きなあくびがスマホの向こうから聞こえる。時間も時間だし無理もない。


 僕は緑色さんと別れた後、先輩に電話をかけていた。


「単刀直入に申し上げますが、先輩には緑色さんを殺してほしいのです」


「…………え?」


「できれば刃物でお願いします。高所から突き落とすことも考えましたが、あの人のことだから着地できてしまうかもしれない。運要素はできるだけ排除しないと」


「いっ、いやいやいや!! なに言ってるんですかっ!? 私は私を集めたいのであって殺したいわけではないのですよ!?」


「分かってます。明日のじゃんけんで緑色さんが勝ってしまったら殺してほしいんです」


「分かりません、全然分かりませんよ!? あの『私』は幸運を司り、じゃんけんなんてちょちょいっと勝ってしまうんです! 確定で死んじゃうじゃないですかっ!!」


「幸運を司るのに、ですか?」


「…………」


「じゃんけんに負ければ元の式彩三色に戻るだけですが、もし勝ってしまえば先輩に殺されてしまう。この勝負に不運にも勝ってしまうと?」


「……じゃんけん以上に大きな勝負を暗に仕掛けると言いたいんですか」


「負けた方が幸せなこともある。このデメリットに緑色さんの幸運は負けを選ぶはずです」


「しかしですね? 『私』の幸運によって、それすら察知して勝負に乗ってこないかもしれないし、ナイフが全く当たらないかもしれませんよ?」


「幸運には上限があるそうです。そこまで都合良くことが動くとは考えにくい。それに先輩は緑色さんを傷つけた実績がありますし、ナイフで殺すくらいわけないでしょう」


「記憶にないんですけど。いつ私が傷つけたんです?」


「一度緑色さんにぶつかったじゃないですか。人混みもすいすい抜けられる彼女に傷をつけた。先輩の不可視性は彼女の幸運を凌駕するということです」


「……なんというか全体的に都合の良い解釈ですね。上手くいくんですか?」


「これで上手くいかなければもう諦めるしかありませんね」


「ううっ、分かりましたっ! いいですよ!? ぶっ殺してあげようじゃないですか!」





「九死に一生ってやつだね」


 腹の底に納得が落ちる声色で緑色さんは溜息をつく。


「一つ質問をば。説明には私について出てきませんでしたが、青色の――探偵の能力はどこにお使いになられたのですか」


「僕は殺人幇助をしました。先輩は殺人未遂か殺人かの罪を犯す予定でした。学校で起きるにはあまりに大きな事件、青色さんは絶対に来ると思っていたんです。もしうっかり緑色さんを殺してしまったとき、僕たちを捕まえるセーフティが欲しかった」


 青色さんはくつくつと笑みを零し、緑色さんは口をぽかんと広げた。


「愉快です白墨さん。あなたはとても私に似ている」


「どこが面白いんだが……素晴らしいとは思うけど。僕の理想のヒーローだ」


 両者は睨み合う。


「「ああん?」」


「ま、まあまあ僕は探偵でもヒーローでもないので。とにかく僕たちの勝利です。緑色さんには仲間になってもらいます」


「うん、いいよ。ズルっていうか作戦勝ちだし、君の先輩が君を介しないとアプローチできない理由も分かったし……っとと、忘れてた。何を叶えてほしい?」


 叶える……ああ、僕たちが勝ったら何か一つ願いを叶えてくれるんだっけ。


 皮算用する暇なんてなかったからぱっと思いつかない。


「そうですね。では宝くじの二等を当ててください」


 一呼吸置いて、


「あはははははははっ!! そいつはいいね!! よしっ、なんとかしよう!!!」


 強いて欲しいものと言えば、理想を打ち砕かれた緑色さんの曇った表情だった。


 僕は底意地の悪い白黒人間なのに勝手にヒーロー像とやらに仕立て上げる彼女の意表を突きたかった。なのに緑色さんは不気味でもなんでもない爽やかで気楽な笑みを浮かべて。


 消えていった。

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