第12話 幸福の持論

「やったー!私の勝ちぃ!」


 緑色さんはVサインを見せ、大げさに喜ぶ。


 彼女が出した手はチョキで、僕の出した手はパー。


 もしここでグーを出していたらと無駄なタラレバがよぎり、それを吹き飛ばすために頭を振った。彼女が固定しているのは手札ではなく、勝利そのものであり、何を出したところで無比な幸運に塗りつぶされてしまうに違いない。


「ではこれで」


「ちょい待ち! じゃんけんで負けたんだから何か一つ私の望みを叶えて貰おうか」


「はあ? そんな話してなかったでしょう。後出しなんて無効ですよ」


「私に勝てば何でも叶えてあげるのにぃ? そんなの対等じゃないじゃないかっ! まーまー君のレベルに合わせた望みにするからさ」


「いちいち言葉の選択を間違わないと気が済まないんですか?」


「そうだ! 一日ヒーロー活動に付き合ってよっ!!」




 点々と光る街灯は夜闇に曇る。ちょうど緑色さんとの初対面はこんなときだった。


「僕が夜のパトロール活動を行ってるのは知ってるだろう? 今日はそれをします!!」


「知りませんよ」


「迷子の君を見つけられたのはその活動の賜物なんだけどなー」


「……それは多少感謝してますけど」


 田舎とも都会ともどっちつかずな町の道は事件どころか人通りさえまったくない。何事もないのはありがたいが、緑色さんは好ましく思ってないかもしれない。


「むしろ誰とも出会わない方がありがたいよ。僕が会えないならだれも困ってないってことなんだから」


「てっきりあなたは面倒事に巻き込まれたい性質だと思っていました。困ってる人は多ければ良いみたいな」


「確かに追手から逃げる少女を助けたり、空からいわくつきの女の子が降ってきたり、捨て猫みたいな幼女を拾ったり、そういう特別な経験がしたくないって言ったら噓だけどさ」


 ロリと出会いたいだけじゃないか、そう言いたい気持ちをぐっと抑える。


「思い通りのことが起こってしまう幸運って見知らぬ誰かの不運じゃない? むしろ誰かの幸運になれるなら私はどん底の不幸だって構わない」


「でも現にあなたは幸運じゃないですか。もう誰かの不運になってるかもしれませんよ」


「だからパトロールをするんだ。僕の幸運を一人でも多くの人に分ける為に、僕の幸運が大きくなっているのか確認する為に。よく言うだろ? 『運も実力のうち』実力なら成長するかもしれないからね」


「……もし幸運が成長したら、どうするんですか」


「自殺するよ。それがみんなの幸福になるなら」


「…………すみません」


「いいよ、もっともな疑問だ」


 ファミレスでの言葉は本心だったのか。本当に正義の味方になりたいんだ。


「緑色さんって意外と良い人ですね。少し勘違いしてました。でも自殺はしないでくださいよ、もっといい解決策があるはずですから」


 緑色さんは隣でわなわなと震えた。


「嘘……今まで良い人って思われてなかったの……?」


 そこから一時間ほど、日付が変わる直前まで僕らは町を練り歩いた。


 当たり付き自販機を当然のように当てたり、ブランコに乗って一息を着いたり、捨てられたエロ本を拾おうとする緑色をなにがなんでも止めたり――パトロールのはずが楽しむ方向へ変わっていた。


 夜の町は僕の知らない世界ではなくなってきている。




「今日はこれでおしまいかな。また明日もよろしくね」


「まるで明日も僕がじゃんけんで負けるような口ぶりですね」


「幸運という土俵で僕に勝てるわけがないじゃないか」


 相変わらず癇に障る物言いだ。緑色さんと勝負する理由はネガティブとポジティブ一つずつある。なあなあで続けるつもりはさらさらない。


「僕はあなたに勝ってクッキーを食べます。いつかと言わず、明日にでも」


 「クッキー?」彼女は首を傾げた。言及もなく興味無さげに手を振って、緑色の髪は遠ざかっていった。




「さて……」


 もし緑色さんの幸運が、神がかったそれであったなら僕たちに勝ち目はなかった。しかし上限があるならば別だ。拾い集めた情報を頭の中で丁寧に紡いで、先輩に電話を掛ける。


「もしもし、一つお願いがあるのですが」

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