第11話 ぬるいカフェオレ

「頼まれていた飲み物です。遠慮なさらずに飲んでください」


「ありがとうございます」


「どうですか?」


「ぬるいですね」


「ほかに言うことは?」


 僕は地面に額を擦りつける勢いで頭を下げた。


「すみませんでした」


「急に一人ぼっちにされた人の痛みを知りなさいっ! 本当に怖かったんですからね!?」


 先輩は声を震わせながら、不慣れっぽく𠮟りつける。

 



 廃墟の中。もう外は暗い。


 ファミレスから出た後、置き去りにしていることを思い出し、やっとのことで見つけた先輩はふくれっ面で封の切っていないペットボトルを抱えていた。


「言い訳をさせていただけないでしょうか」


「許します」


 胸をなでおろし、事の顛末を緑色さんへの嫌悪感たっぷりに説明した。


「あんなノンデリカシーな人初めて会いましたよ。自分の才能に酔ってちっとも他者に歩み寄ることを知らないエゴイスト。ボッコボコにしないと気が済まないです!!」


「か、彼女も私なのでそこまで嫌われると傷付くんですけど。ちょっとこれから気を付けますね……?」


「先輩が悪いとは言ってませんよ。ただあの側面だけは受け付けないというだけです」


「ぐふう……元に戻ったら絶対に気を付けます……ええ本当に、もっと他の人に配慮の出来るようにします」


 先輩は自分事として頭を抱えている。


「にしても、よくそんな不利な賭けに乗りましたね、幸運相手にじゃんけんで勝つなんて、」


「後悔はしていませんよ。あいつの得意分野で負かさないとスッキリできそうにないので……ふふふ、今に見てろよぎゃふんと言わせてやる」


「普段使ってない語彙が溢れていますね。なんで私はどれもこう変なんでしょうか。自分で言うのもなんですが少し嫌になってしまいます」


「……どれも? 赤色さんや青色さんも似たような感じなんですか?」


「赤色はまだマシですね。でも青色には気を付けて、できるだけ慎重に接触してください」


「青色の悪魔でしたっけ。悪性の塊とかなんとか、僕に言わせてもらえば緑色さんを越える不愉快な存在は現れませんよ」


「ししし知ってるんですか!? もしかしてもう接触してるとか!?」


 今までにない慌てっぷりで両肩に手を伸ばす。僕の方が身長は高いから指先が掛かる程度だが、心配していることは十分伝わる。


「緑色さんから聞かされただけです。そもそも僕が屋上から逃げたのは青色さんの到来を緑色さんが察知したからですし」


「ははーん、合点がいきました。もう一人の私は緑色だったんですか」


 先輩は一人納得して膝を打つ。


「もう一人?」


「残念ながら式彩三色には四人目がいるということを青色に少し勘付かれたようです。彼女はセオリー無視の探偵ですから、『探偵らしく』裏を取る真似はしません。まだ確信には変わってないとは思いますが、あと一回認識されればきっと確信してしまうでしょう」


 それは透明人間という先輩唯一のアイデンティティでありアドバンテージが消えてしまうということ。


「青色さんには要注意だな」


 僕は軽く意識に留めるだけ。


「私は勝てるのでしょうか。『私』の圧倒的で理不尽で高慢な能力に」


 先輩は身体を縮こませて震えていた。才能も存在感も手放して搾りかすとなった彼女にとって、ネガティブな要素である透明人間でさえ存在証明には不可欠なのかもしれない。


 これ以上奪われるかもしれない恐怖――僕はそれを味わったことがない。


 緑色さんの的を射た不愉快な台詞がフラッシュバックする。


 『利他主義ぶった偽善者』『モチベーションなきボランティア』。


 言い返せなかった。納得したから。それが一番、腹が立った。


「……僕らは負けませんよ。全部ひっくり返してやりましょう、才能の有無で決着がつくほど世の中は甘くないって緑色さんに思い知らせてやるんです」


「こんなに戦力差があるのに、ですか?」


「ぶっちゃけ無理な話です。けど僕はそう言うしかない。先輩だってそうだ、勝てると思わなくちゃいけない。僕らに味方はいません。二人で仲良く傷舐め合うしかない。けど傷付かなくては舐めるものが苦渋くらいになってしまう」


「ポエミーですね」


「茶化さない。そのくらいの気概でやってやろうってことですよ」


 先輩は顔を上げてにへらと笑った。


 それに合わせて慣れない笑顔をしてみる。


 先輩はそれを見て余計に笑った。


「先輩。僕は正直あなたを手伝うモチベーションがありません。まだ巻き込まれただけと思ってる節があります。何か、僕を奮起させるようなことってありませんか」


「おぉふ……包み隠さず全部言っちゃいましたね」


「お願いします」


「……自分で言うのもなんですが美味しい焼き菓子が作れます。趣味なんです。何もかも終わったら二人でお茶会するというのは、どうでしょう?」


「…………」


「や、やっぱり今の無しで! 物で釣るのって良くないですよね! それも手作りのお菓子が対価って子供じゃないんだから。あははは、はあ」


「クッキーがいいです」


「へ?」


「プレーンの、優しい甘さのクッキーが食べたいです。コーヒーは得意じゃないので甘いやつを……なんですかその顔、子供舌だって思ってるでしょ」


「そうではなく! 程度によりますが大抵のことはしてあげられるんですよ? 本当にお茶会でいいんですか?」


「十分過ぎるくらいです。クッキー、楽しみにしていますね」


 誰かと一緒に何かを食べるのは正直、嫌いじゃない。


 笑いかけて、別れを告げて、廃墟を後にする。


 僕にはこれから予定があった。しっかり充電したスマホを頼りに目的地へ向かう。




「絶対に来ないと思ってたよ! それじゃあ行こうかっ、レッツパトロールっ!!」

 緑色い敵は不気味な笑みを零す。

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