第10話 青い悪魔とじゃんけん
「僕はね、青い悪魔を避けるためにあそこを一刻も早く去りたかったのだよ」
ハンバーグを頬張りながら、緑色さんはくぐもらない声でそう言った。
「青い悪魔?」
ファミリーレストランの窓側の席に向かい合って座っている。緑色さん側には無数の料理が並び、僕はドリンクバーのジュースだけ。
「その反応を見るに、君の『先輩』は何も言ってなかったみたいだね。もしくは君の言う『先輩』が青い悪魔だから言う必要が無かったのか……おいおいそんな睨むなよ。僕は正義の味方で、君の味方だ。亜黒氏が不利になるようなことは死んでもしないさ」
肩を竦め、ようやくカラトリーたちを皿の上に置いた。
「軽食も終わったことだし」
「あの量が軽食?」
「青い悪魔って言うのはね、察してるとは思うけど、僕たちの一つだよ」
無視された。
「悪魔と呼ばれる所以はその悪性にある。式彩三色は超善性の女の子だけど人間善いだけじゃ成り立たない。死刑判決された極悪人にも愛する家族がいる、逆も然りってことさ」
「自分でよく超善性の女の子なんて言えますね」
「おや、君には僕が極悪人に見えるときたか」
「あなたの善性は認めた上で、自称できるその自信を指摘したんです」
「『自信たっぷりで誠実な最高の女の子』だって? この褒め上手め」
「耳腐ってんですか」
僕の言葉を「ともかく」と遮る。話のペースを強引に奪うタイプらしい、少し苦手だ。
「あれは式彩七色の一色。そして数少ない悪性を引き受けた張本人。事件を好み、解決を得意とする冷淡な奴だよ。僕が正義の味方であるように、あいつは探偵を自称している」
「悪性を引き受けてる割に随分と正しそうな役職を名乗っているんですね」
「やってること自体は正しいんだよねぇ。あんな生き様はほとほと軽蔑するけど」
緑色さんは忌み嫌うよう吐き捨てる。
青色さんの能力は問題解決能力だったか、探偵にはうってつけだな。
「あれは事件中毒者(クリミナルジャンキー)でしかない。快楽の為に面前の事件を解決するのみ。あれには共感力が欠如しているから、目を付けられないよう気を付けなよ」
悲しそうにも馬鹿馬鹿しそうにも見える笑みをたたえて、緑色さんはまだ運ばれてくるデザートに手を付けた。
「では、本題。君の言いたいことってなに?」
どう伝えるべきか迷っていた……赤上は『誠実に一度会って言え』と助言してくれた、今は絶好のシチュエーションじゃないか。
「…………単刀直入に申し上げます。緑色さん、元に戻ってください」
「はあ?」
圧のある声。はっとしたように両手を振って、
「違う違う! 僕は君の味方だから、拒絶するつもりは一切ないよ。その先輩何某が君を使って言伝をしたのが気に入らないんだ、一度僕たちで一度決着をつけた話題でもあるし」
「先輩は苦しんでいます。どうしても元に戻りたいと僕を頼ってきました。あの式彩三色が、ですよ。こんな一大事、いち後輩として見過ごすことなんてできません」
「……最高の自己犠牲だね。全く君はどうしてそんなに僕好みの返答ができてしまうんだい? 運が良いだけじゃ済まされないトーク力だ」
「自己犠牲でもトーク力でもなく、ひとえに僕の人情です」
緑色さんはぽかんとして――気楽に噴き出した。
「あはははははははは!!! きっ、君が人情!? おいおい冗談まで上手いのか!? まさに私の目指すヒーロー像!! 利他主義ぶった偽善者サイコー!!!」
「不愉快です。僕は真剣に話しているのに、僕の何を知ってるんですか」
「ひーっひーっ……はー笑った……いやあごめんよ、ちょっと待ってね…………嘘の上手い人は好きだが、自分にまで嘘をついちゃいけないって僕は思うね。君はちっとも真剣じゃない。本心なんて一つもありはしない。まるでモチベーションなきボランティアだ」
図星だった。
今まで関係無かった先輩に協力する理由を僕は探しあぐねていた。白黒には荷が重いのだ。あの日振り返って話を聞いたことを何度も後悔していた。
緑色さんは他人事と図星に歪む僕を見て控えめに笑っている。それはもう気楽に。
「あはは! てっきり今日はそっちを話すつもりなんだと思っていたよ! 『手助けにモチベが湧かないんだけど、どうすればいい?』ってね!」
「是非とも聞きたいですね。正義の味方とやらが凡人を納得させられるとは思えませんが」
「良い方法なら知ってるよ。例の噂を追いかけていた生徒たちみたく、私たちと関わること自体をモチベーションにしてはどうかな? ほら、普段なら絶対に関わらない訳だし特別感があるだろう?」
僕は席を立った。握り拳の内側では強く爪を食い込ませて、理性をやっと保つ。
机やソファを跳び越えて目の前に立ちふさがる緑色さん。
「どいてくれますか?」
「じゃんけんしよう」
「とうとう会話が成立しなくなりましたね。僕はあなたが生理的に受け付けないのですぐに帰りたいんです」
「君の先輩が使いっ走りに君を使ってるのは気に入らないが君の為にはなりたい。だから勝負をしよう。もしじゃんけんに勝てば、私の幸運をもってして好きな望みを叶えてあげる。一日一回ね」
「そういうところが嫌いなんです。さようなら」
隣を通り過ぎる間際、
「ついでに勝てば元に戻ってあげるよ」
視線だけ横にずらすと緑色さんと目が合ってしまって、くすりと笑われる。
ああもう本当にむかつくな。
彼女は右手をグーの形で構えた。
「さいしょはぐー!」
むかつくが勝負に乗らない手はない。
それに今の僕のモチベーションは先ほどよりずっと高かった。
「じゃんけん!」
なんとしてでもこいつを負かしてやりたい。
口だけのこいつを、幸運というこいつの畑で完膚なきまでボコボコにしたい。
「ぽんっ!」
幸運の女神が大爆笑している緑色さんとの初戦の結果は、言わずもがなだった。
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