第6話 四つ葉のクローバー的なヒト

『正義の味方だから』。


 三等分された才能と存在感の一つ。もっと概念っぽい形をしていると思ったけど、まさか人間そのものの姿なんて。


 人間っぽい式彩三色の一部が元に戻るとき、以前の存在感は――人格はどうなってしまうのだろう。統合されて消えるのか、溶けて混ざり合うのか……。


「適当に歩いて住所特定できる奴に勝算なんてあるのか?」


 三等分されてもなお三原色に輝く彼女の才。


 一夜まるまる色集めのことを考えていれば冷静にもなる。


「おやまあ! 亜黒氏じゃないか! 昨日はちゃんと帰れたかな!?」


 ハイテンションな声が右耳から通り抜ける。


 睨むように隣を見ればそこには式彩三色の姿があった。


 僕と契約を結んだ無色の式彩ではなく、昨日家まで送り届けてくれた緑色の式彩である。


「お陰様で。家の近所まで送ってくれてありがとうございます」


「九死に一生ってやつだね」


「違います」


「そだっけ? ここで会ったのも何かの縁だよ。一緒に登校しようじゃないかっ」


「学校行ってるんですか? 分裂してしまってるのにそんな場合じゃない気が……」


「いやいやそんな場合なんだよ。僕たち三人の頭脳を結集してもなお判明しなかった原因不明の現象。分からないまま元に戻ったって再発してしまうかもしれないし、ひとまず経過観察ってことでみんな好きに過ごしてる。これを好機と捉えてる『僕』もいるよ」


 三人……そうか、無色の先輩は誰にも見えないから数に入っていないのか。


「どうかな、一緒に行かない?」


 どうして悩みの種たる人物と共に仲良く登校しなければいけないのか。


 にまにまと目を細める彼女の額にはうっすら汗が滲んでいる。


 断られるとは思っていない表情、僕は自然と首を縦に振った。




「悩みがあればすぐに伝えてくれたまえよ。私は正義の味方、つまるところ君の味方なんだから」


「はあ」


 それって僕を弱者って言ってないか?


「ところで緑色さん、」


「緑色さん?」


 隣を歩く少女の頭上に疑問符が浮かぶ。


「あなた以外にも式彩先輩はいるじゃないですか。言い分けをしておかないと、こんがらがります」


「良い提案だね。して?」


「……緑色さんは事情を知らない人にどう捉えられているんですか。分裂してしまったのに学校で一度もそう言った噂を聞いたことがありません。むしろブームは衰退しています」


「面白いことを聞くねー! 僕たちは正体を明かさない限り式彩三色だと勘付かれることはない。出席名簿的には僕はここ数日休んでることになってるかな」


 確か無色の先輩と初めて出会ったとき、名乗られる前に気付いたような……。


 緑色さんは僕の眉間に人差し指を当てて、


「一つ質問があるんだけど。いいかね?」


「……答えられるものなら」


「いい返事だよ。それで質問なんだが……君は昨晩僕をどの色と間違えたのかな?」


 『無茶苦茶に歩いて運だけで僕の家を特定してしまう』ような人ならば、『八色目の無色は事件解明を待つ前に色をすべて集めようとしている』という結論に辿り着く可能性はないではない。無色だと素直に答える必要はない。


「先輩のことは言えません」


「ふうん……や、悪いことを聞いた。これからも仲よくいきたいからこれ以上詮索しないよ」


「そうして頂けると幸いです」


 緊張を解きほぐすよう溜息を吐こうとして、


「やばっ!? あと五分で遅刻になっちまうぞ亜黒氏! 急げ急げ!」


「また引きずられるんですか!?」


 腕を掴まれ、常人にはあまりにも酷なスピードで坂を駆け上がっていく。


 遅刻したくない生徒たちはそれを見て一斉に焦るように走り出すが、さすがは色彩の肉体、誰も緑色さんに追いつけない。


「ちょっ、もうちょっと……常人に合わせた速度に…………し、してくれませんかねっ!」


「もー! わがままだなあ! かなりスピードは落としてるんだよ!?」


「だ、だったらもう少しだけ……遅くしてくださいっ!」


「無理っ!」


 無理か。そっか。




「セーフっ。 私こっちだから!! 亜黒氏も学園生活をエンジョイするのだよー!!」


 正門を飛び越えた彼女はそれだけ言って、膝をつき息切れまともに前を見れない僕を差し置いて、緑色さんは爆速で自分の教室へと向かっていく。


「し……死ぬ……」


 重い体を引きずるように動かし、這い上がるように校舎へと入った。

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