第4話 似合うと言われれば似合う廃墟
街灯の光と地図アプリを頼りに暗い夜道を歩く。
普段通学で使う道を辿っているとはいえ、時間帯が変われば景色も変わる。
半袖で外に出たことに若干の後悔を帯びながら、思考は回想から妄想へ――数日前の邂逅から、彼女の容態について移り変わる。『私、透明人間になっちゃったみたいなんですよね』透明人間になったのなら、どうして僕は見ることができる?
思考を頭の中で繰り返しているうちに目的地へと辿り着いた。
学園の近くにある廃墟は学生の間では名物肝試しスポットとなっているらしい。
らしい、というのは噂として聞いたくらいで確信が持てないから。
三階建て。塗装か板でも張り付けていたのか、もうほとんどそれらは剥がれ落ちてコンクリートがむき出しになっていた。本当にお化けでも出てきそうな、
「来ましたね白墨君」
「ぎゃあああああああああっ!?」
目の前から唐突に白髪の少女が現れ、僕の頭にこつんと冷たい何かを当てた。
「驚かし甲斐はありますけど、もう少しボリュームを下げてほしいです」
よく見るとそれは缶の炭酸飲料であり、白髪の少女は式彩先輩だった。
「せっかく御馳走を買ったのに無駄になるかと思ってました。いかにも断りそうでしたし」
先輩はコンビニチェーンの大きなレジ袋を二つ抱えている。店頭で売られているようなからあげを一つつまんでかじった。
「……なにしてるんですか?」
「ご馳走を食べてます」
「これがご馳走? どこでも買えるホットスナックが?」
「いかにも。家で暮らしていたときは、こういうもの食べられませんでしたので!」
金持ちからすれば入手難易度以外に貴重かどうかを測るモノサシはないのか。
恨めしい視線を送ると、小首を傾げて食べかけのからあげを差し出す。大丈夫です。
「まあ立ち話も何ですし、上がってください」
「……まさか!? 本当に!?」
『KEEP OUT』のテープを無視して乗り越え、廃墟の中へ入っていった。
「よっこいしょっと。ほら、
廃ビルの中は外観ほど悪くなく、人が住める程度には整えられていた。
窓は段ボールで塞がれ、床にはカーペットが敷かれ、寝袋やラジオも奥には見える。
おそらく不法投棄されていたであろうボロボロのソファに腰掛けた彼女は、ポンとクッションを投げ渡してくる。くたくたで、もうほとんど綿が入っていないそれ。
「お尻に敷いちゃってくださいね」
先輩は一つ一つ丁寧に、目の前のテーブルにコンビニ食を置いていく。
ボロい卓上に次々に並んでいく食べ物たちは世界の終わりのような雰囲気があった。
「むふふー」
僕の感想とは相反して、先輩の目は不思議なくらい輝いている。
「さーさ。好きなものを好きなだけ食べなさい。遠慮はいりませんよ?」
「……僕がここに来た理由をお忘れですか?」
「わ、忘れてるわけないでしょう。ちょおっとご馳走を優先したいというかそんな気持ちがあるだけで! ……ごほん! では、状況整理から始めますね」
アメリカンドックのマスタードがついた指を舐めて語る。
「私は大変困っています。この悩みを解決させるべくあなたには手伝って頂きたい。手伝うかどうかは判断を委ねますが、もし断った場合そこそこ恨みます。また、何で困っているのかを外部に漏らされても困るので事前に手伝う意思があるのかどうか確認をしておきたい――それが契約です」
何度聞いても僕に不利過ぎるなこの契約。公正取引委員会とかが動くべきだろう。
「本題に入るのなら、契約をしなくちゃいけません。いいですか?」
「なんのためにここまで来たと思ってるんですか」
斜に構えた言葉に先輩は嬉しそうな表情を浮かべた。
浮かべるどころか、安心するようにソファに寝そべってしまう。
「あの、なにしてるんで、」
「良かったあああああああああ……」
顔をうずめ、くぐもった声で彼女は零す。
ずびずびと鼻水をすする音と嗚咽が聞こえてくる。思い切り持ち上げられた顔。目は赤く腫れて、少し鼻水が垂れている。
「すみません、大丈夫です……ただ嬉しくて、安心したらなんかこうなっちゃって」
そう言葉を紡ぎながらも恥ずかしそうに顔をそむけた。
ようやく波が収まって、「すみませんでした」と謝り、赤く腫れた目を細める。
「ではお話を。私にも原因は分かっていないので、起こったことだけをお伝えします」
「私がこうなってしまったのは数日前のことです。見ての通り、髪は漂白されたように色が抜け落ちてしまいました。加えて二つ、抜けた落ちたものがあります」
「一つは、存在感が抜け落ちました。『透明人間』のように、誰にも観測されない存在になってしまったんです」
「一つは……自分で言うのもなんですが、才能が抜け落ちました。あらゆる才能を。いろいろと試しましたが、すべていつもよりも劣った成績しか出せません。それどころか、普通以下――ただの落第生に成り下がっています」
「ち、ちょっと待ってください。存在感と才能が抜け落ちた? 僕の目にはあなたがはっきり見えていますし、スランプにしたって一時的な物でしょう? 僕が一般人だからってからかわないでください」
「いいえ、私はあなた以外に見えていません。 図書館で私の存在に気付いた人は白墨君、あなただけです。自分で言うのもなんですが、人目につくところに行けば人だかりができるのが私です。加えて、才能の漂白は一時的ではありません。半永久的とも言えます」
先輩のことを知らない生徒は学園に存在しない。こそこそできるとは……いや、例の噂で尻尾を掴めなかったという隠密行動への反証があるし正直微妙だ。
半永久的に才能を失うと言うのも……それこそ物理的な損害を伴わなければ起こらないハプニングだろう。見たところ彼女に事故事件の被害に遭った形跡はない。
「あ、信じてない顔してますね。ではあなたの知る式彩三色は、人を頼りますか? 敬語でしたか? 容姿は白かったですか?」
それらは僕が彼女を見た瞬間に感じた違和感。だから透明人間。
「……分かりました。理屈抜きに自分の感覚を信じます」
「そこは私の言葉を信じてほしかったですが……いいでしょう。それで私は才能も、存在感も、取り戻したい。原因は分かっていませんが、取り戻し方には目途が立っています」
先輩はソファから立ち上がる。
「私を探してください」
図書館でも聞いた台詞。
「私の、才能と存在感。それらは三等分され、自我をもって各地に散らばってしまいました。彼女らは私と変わらぬ容姿で、私と全く違う能力で日々を過ごしています。彼らを探して、説得して、仲間にしてほしいんです」
「…………一旦先輩の言い分を飲み込みます。つまり式彩三色が他に三人いると。先輩は元通りになりたいから僕に手伝ってほしいんですね」
「概ねその通りです」
「自分ですればいいじゃないですか。なんで僕が、」
「彼らにも私が見えないからです。それがあなたを頼った理由でもあります。見えない私は誰かを介してアプローチをする必要があるんです」
その誰かがたまたま僕だったと。
何故僕が先輩を観測できるのか、思い当たる節が一つある。
自他共に認める
「そ、そんなに悲観的にならなくても良いと思いますよ。せいぜい外れくじを引いた程度に考えた方がましです」
代替案も十分悲観的だ。にしても面倒な……。
「面倒でもやってもらいます。その為の契約ですから」
ほとんど脅しだよあれ。
三色の才能を持つ彼女の迫害なんて受けたら生きていける気が……えっと?
「先輩って存在感も才能もないんですよね? どうやって僕を脅迫するんですか?」
「脅迫なんてしませんよ!? あなたが恨まれるのが嫌だからって契約を受けてくれただけじゃないですか!」
つまり僕は勝手に勘違いして、勝手に怯えて契約を結んでしまったのか?
「今更ナシは無しですよ……? いや本当に白墨君が嫌なら別に断ったっていいですけど」
僕の知る式彩三色は大きく違う押しの弱さを見せる。話せば話す程、彼女の言い分に信ぴょう性が増してしまう。
「ずっと気になってたんですけど、僕の名前、いつ知ったんですか?」
一度会った相手は一生忘れないと名高い人だけれど、先輩と直接のかかわりはない。
それなのに僕の名前を――
何を言っているのかと言いたげにまた先輩はきょとんとして、
「そりゃあ何度も会ったことがあるので」
「実は幼少期に婚約の約束をした相手とか言い出しませんよね」
先輩は少し考えるようにして、指折り数え始める。僕の冗談は無視ですか。
「まず入学式で会いましたよね。あと全校集会でも何度か、正確には計四回です」
「別の人と勘違いしてませんか?」
「……やっぱり普通じゃないですよね。最近思うんです、今までの普通は普通じゃなかったんだって」
「確かに僕の普通ではありませんね。けれど、それがあなたの普通なら取り返さなくちゃいけない」
「それって……手伝ってくれるんですか!?」
「え、ええ。まあ」
先輩はその言葉を手伝うことへの意思表明と受け取り、表情をぱあっと明るくする。
対して僕はとても後悔していた。
あーあ。マジでどうすんだこれ。
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