第15話 巨人が星

「そぉい」


 ずどぉんっ!


「ほい」


 ぼごぉんっ!!


「よいしょお」


 がごぉぉんっっ!!!


 今、俺の目の前で繰り広げられているのは、我が女神こと花ちゃんによるホームランコンテストである。


 身の丈5メートルはあろうかという巨人の皆さんが、女神の気の抜けた掛け声が聞こえる度に、天高く、それはもう高く遠くへ吹き飛ばされてお星さまになっていく。


「……今日も異世界の空は青いなぁ」

「だぁー」

「……巨人てあんなに飛ぶんだねぇ」

「あぁー」

「……ほら、最後の一人が飛んでったよいっちゃん。ママナイスバッティンだねぇ」

「あうー」


 花ちゃんによって、まるでスマブラのホームランコンテストのように次から次へと勢いよく遠くへと飛ばされていく巨人達を眺めながら、俺といっちゃんはお昼ご飯を食べている。


「よっと、ただいまぁ。もうすっかり手加減にも慣れてきたよ~」

「あ、おかえり。……手加減? 彼ら手足千切れながら吹き飛ばされてたけど、あれで手加減?」

「そうだよ、あれでも手加減したんだよ! 思ったより柔らかくてこっちがビックリしちゃった」

「……そっか、頑張ったね」

「そ! あいつら確か巨人族でしょ? だったら再生能力あるみたいだし手足の一本や二本無くてもへーきへーき、すぐ治るし」


 運動したらお腹空いちゃったぁ、とお昼ご飯の続きを食べ始める花ちゃん。

 今日のお昼は地牛のお肉を使ったハンバーガーだ。

 中々上手に出来たと自分でも思う。

 たんとお食べなさい。


「あの巨人達、何だったんだろうね? 森の奥から凄い勢いで走ってきたと思ったら、急にはじめちゃんを食べようとするんだからビックリしちゃった」

「突然出てきたと思ったら捕まってあーんだったからなぁ。俺も心臓を捧げることになりそうで怖かったよ。助けてくれてありがとうまじで」


 少し前、三人で森の中を歩いていたところ、ぽっかりとそこだけ木々が生えていない大きく開けた場所を見つけた。


 そこで少し遅めの昼食を取っていた時の事。

 森の奥から突然巨人達数名が進撃してきて、意味不明な言葉を喋りながらこちらに襲いかかってきた。


 いきなりの事で動揺しハンバーガー片手に動けずにいた俺は、案の定すぐに捕まり抵抗する間もなくあーんされる寸前で花ちゃんの右フックに助けられた。


「はじめちゃんはアドリブに弱いからねぇ。判断が遅い、だよ! ねぇ、いっちゃんもそう思うよねぇ」

「面目無いっす」

「だっ!」


 二人とも、俺が気づく前に巨人達に気付いてたもんね。

 一人でハンバーガーうめぇな、て夢中になってたらこれですものね。すんません。


 いっちゃんにパシパシと肩を叩かれながら一人反省をする。


「あっちの奥の方から来たよね……。なんか正気を失ってたみたいだったけど、奥に何かあるのかな?」

「チョコちゃんが言ってたけど、巨人族は知性がある心優しい種族で、確か菜食主義者だったはず。出会って五秒でを食べようとしたし、普通じゃないかも」

「ふーん、そっか。……よし、じゃあお昼も食べたし、行こっか!」

「うん。うん? 行くの? また? これで何度目?」

「いやぁ冒険してるねぇ!エンジョイ異世界!レッツらゴーっ!」

「あぅー」


 家を出てから一週間。

 ここに来るまでにもう何回こうやって寄り道しただろうか。

 最初はイベントが起きる度に異世界あるあるだ!とテンションも上がったが、こう何度も何度もイベントが立て続けに起きるとちょっと待てと言いたくなる。


「引きニートが言っていたのはこれか……」


 家を出る時、チョコちゃんの中の人こと四郎さんが俺に忠告してきたのだ。




 ▽▽▽一週間前、出立時▽▽▽



「はじめ、ちょっといいか」

「あれ、四郎さん?」


 いよいよ異世界観光の旅へ出ることとなり、必要な物資や荷物を一人で纏めていると四郎さんが声をかけてきた。


「今日は四郎さんの日なんですね」

「あぁ、ちょっとお前に話したいことがあってな。チョコには悪いが変わってもらった」


 チョコちゃんと四郎さんは一つの身体に二つの魂が混在している元日本人の転生者だ。

 普段はチョコちゃんの魂が表に出ており、二足歩行をする柴犬というなんともファンタジーな獣人の姿を取っている。


 しかし、時々こうして四郎さんが表に出てくるときもある。

 四郎さんが表に出てくるのは稀で、俺もちゃんと相対したのは一ヶ月で一、二回程度しかない。

 ちなみに、四郎さんが表に出ている時の姿は、犬耳犬尻尾を着けた白髪の声が渋い見た目だけはイケオジである。


「俺に話? って改まって何ですか?」

「あぁ。花ちゃんの事だ」


 こいつ花ちゃんに何かあるのか?

 てかこいついつの間にちゃん付けで呼んでるんだ人の妻を。馴れ馴れしくない?


 まさか好意を持ってるんじゃないのか?

 まぁその気持ちは分からんでもない。

 花ちゃんは女神だからな。

 今日もいつにもまして可愛かった。

 返り血で染まった姿がまたなんとも言えない雰囲気で……


「花ちゃん? ……なるほど、惚れた、んですね? 分かります分かります花ちゃんは女神ですからね、いくら歴戦の戦士であるとはいえ四郎さんも男、女神の美しさには敵わなかったと。はは、いや、しょうがないですよ彼女はまさに女神。でも残念でした、女神は私の妻なのでしたぁ。女神の名に相応しいあの慈愛にm「違うっ!!」」

「……え? 違う? 花ちゃんが女神じゃないとでも? ……は? ニートが……処すぞ?」

「……はぁ。お前、前から思っていたが花ちゃんの事になると頭がおかしくなるのはなんなんだ……物凄いベタ惚れしてるのは分かってたが、女神って……なぁ、お前まさか俺達みたいに魂が二つとかないよな?」


 花ちゃんが女神じゃないとかこいつ目が腐ってるのだろうか。

 花ちゃんは出会った時から既に女神だ。

 俺なんかと結婚してくれたんだ、女神に決まっている。

 あとお前らみたいな残念ニコイチと同じにすんな。


「何言ってるんですか四郎さん、頭大丈夫ですか? で、話ってなんですか?」

「……はぁ、もういい。それで話なんだが、花ちゃんな、あれ主人公だから気を付けろよと言いたかったんだ」


 主人公。主人公?花ちゃんが?

 何を言ってるんだこのニートは偉そうに。

 知ってるんだぞ、お前が夜な夜な表に出てきて俺の秘蔵のお菓子を食べているのを。


「花ちゃんが主人公って、そんなの当たり前じゃないですか!」

「な、いや、知ってたのか?」

「出会ったときから知ってますがなにか?」

「あぁ、違うわ、そういうんじゃない、この世界での役割ロールを……」

「もういいですか? 俺は忙しいんですよ、誰かと違って。日々何もしないで食っちゃ寝食っちゃ寝してる人とは違って。あぁ、忙しいなぁニートとは違って!」

「ぐっ! ……だってしょうがないじゃあないか! 久しぶりの、何十年ぶりの日本食だぞ?! ゲームだぞ!? 日本家屋だぞ、ふかふかのソファだぞ?! ちょっとくらい休憩したっていいじゃない! 人間だもの!」


 お前は犬だろうが。

 こいつ、最初に出てきた時はいかにも歴戦の戦士っぽい雰囲気をだしてた癖に、日が経つにつれどんどん糞ニート感が増してきてる。今も俺のジャージ着てるし。


 日々何もしないで、そう、本当に何もしないで食っちゃ寝食っちゃ寝してゲームやっちゃ寝て漫画読んじゃ寝てリビングでゴロゴロゴロゴロしてる。


 イケオジの無駄使いだ。

 チョコちゃんも最初はお世話になっているからと、家事やら狩りやら子守りやら手伝ってくれていたが、こいつに拐かされたのか段々とやらなくなっていき遂には二足歩行もしなくなり只の柴犬と化した。


 二足歩行も言葉を話すのも実は魔力を使うらしく、それすらも怠いとやらなくなった。

 こいつら魔力は共有だからな、少しでも力を使いたくないのだろう。死ねばいいのに。


「で、冗談はさておき、主人公ってなんなんですか?」

「ん、あぁ、主人公ってのはな、そのまんま物語の主人公なんだよ花ちゃんは。主人公ってのは話を進める為に色々と良くも悪くもイベントを起こすだろ? 要はトラブルメーカーってことだな」

「何を言っているのかさっぱりなんですが」

「俺も神に聞いた話だから詳しくは分からん。だがこの世界の生き物にはそれぞれ役割ロールが与えられてるらしい。俺もお前も花ちゃんも、もちろんいっちゃんにもな。この話をした神にも、だ」


 役割ロール……。

 ゲームとかのキャラ設定の話だろうか。

 つまり、この世界は何かのゲームの世界とでも言うのだろうか。


「神様なのに、与えられてる、なんですね。普通そういうのって神様が与えるんじゃないんですか? 私が作った世界だーとか言って」

「いや、そいつが言うには、最初は自分達がこの世界を作った本当の意味での神的なものだとずっと思っていたらしい。実際に転生者とかにスキルやギフトを与えていたしな。だが、ある日唐突に正気に戻ったというか気付いたそうだ」

「はぁ」

「「あ、私、神じゃないやん」とな」

「はぁ」


 ……なんか面倒臭いこと言い出したなこのおっさん。

 どうせこれあれだろ、マトリックス的なやつだろ。

 それともNPCが自分はNPCだって気付いちゃうやつか?

 確かそんな映画あったな、自由な男だった。


 この世界は誰か上位存在的な者が作ったプログラミングされた世界ってのもあるし、水槽の脳味噌とか五分前仮説とか色々とあるけど、


「気付いたところで別にどうでも良くないですか? 気付いてもどうしようもないわけだし。それに俺達はこの世界の人間じゃないのに、なんでその役割とやらを与えられてるんです?」

「……わからん!」

「わからんて、あんた……」

「俺が何を言いたいかというとだな、花ちゃんは主人公だから色々とイベントに遭遇するから気を付けろよ、ということだ! 俺もそうだったから間違いない! 今は元がつくけどな!」

「……えぇ」


 こいつ自分を主人公って言ってるよ。

 いやまぁ活躍だけ見れば主人公なんだが。


 イベントに遭遇と言われてもなぁ。

 仮に花ちゃんが主人公だとして、花ちゃんの初期設定は、


 ・愛する愛する最愛の夫とかわいいきゃわいい最愛の娘と一緒に謎の異世界転移

 ・実はチート級の魔力を持っていて私つえぇ

 ・かわいい

 ・師匠枠は元主人公の獣人の英雄

 ・夫は自分よりはるかに弱いが、娘は乳児なのに魔王並みに強い

 ・かわいい


 こんな感じか。

 これでどうやって物語が展開していくんだ?

 一番ありそうなのが、


「つまり、四郎さんが死ぬ、又は殺される……か」

「いや、勝手に殺さないでくれるか? それを言うならお前の方が死ぬだろ! 自分より弱い夫が自分を庇って……みたいな! 愛する者の死を乗り越えて強くなる、みたいな!」

「いやいや、最初から肉体も精神も女神で強いのに今さら成長要素要らなくない? 夫死ぬ必要なくない? それなら元主人公が死ぬ方がよっぽどありえるね!」

「いやいやいや、それなら……」



 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 ……あの後、取っ組み合いのマジ喧嘩になったのはいい思い出だ。二人とも花ちゃんにブッ飛ばされたが。


 家を出て一週間でそれっぽいイベントに遭遇すること二十数回。

 流石に多すぎんか?

 それともこの世界ってこれが普通なのか?


 盗賊団のアジト何個潰した?

 ゴブリンの巣何個蹂躙した?

 助けた貴族や商人は数知れず。

 突然襲ってきたワイバーン。ゾンビに悪魔と来て、今度は巨人だ。


 エンカウント率高過ぎだろ。クソゲーかよ。

 これが糞ニートが言ってた主人公補正と言うやつなのか。

 とにかく何かイベント起こさなきゃ気が済まないのか世界は。

 暇かよ。


 糞ニートが言うには、冒険の最初はチュートリアルだからたくさん起きるよ、とのことだからしばらく続くのだろうなぁ。


 キラキラ楽しそうな花ちゃんを見るのは最高なんだがなぁ。

 イベントの起点に俺が必ず襲われるのは勘弁してほしい、精神的にきつい。


「やっぱり俺の役割ロールは、主人公の目の前で殺される夫、なのかねぇ。それにしても襲われ方が雑すぎんか」


 はぁ、とため息をついて、異世界を満喫している暫定主人公の後を追う俺だった。









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